手の平返し
「えっと、この依頼を・・・」
今までは一気に駆け上がっていくカレンに嫉妬の視線を向けてくる者もいたが、概ね好意的であったギルドの雰囲気が、今はまるで違う。
カレンがギルドに入ってきても誰も声を掛けてくるものはおらず、冷たい視線がその身体に突き刺さってくるばかり。
そんな針の筵といった状態の中、カレンは何とか受付にまで辿り着くと、握りしめた依頼書をカウンターの向こう側へと差し出していた。
「はぁ?この依頼は、エクスプローラー級以上が対象なんですけど?」
「あっ!?そ、そうだった・・・えっと、じゃあこれを―――」
その依頼書へとチラリと目をやった赤毛の受付嬢、エステルは不機嫌そうに声を荒げると、それを受ける資格はカレンにはないと突っぱねていた。
エステルの冷たい態度に面食らったカレンではあったが、その言っている内容には反論の余地はない。
彼女はつい最近二階級降格して、今は新人と同じピープル級の冒険者なのだ。
以前と同じ感覚で、依頼を受けられる訳がない。
それを思い出したカレンは、近くの壁に張り出された新人用の依頼書へと手を伸ばす。
「はいはいー、ちょっと退いてくださいねー!あー、この依頼は期限切れですねー!こっちはもう達成済みの奴ー!ピーター君?これ剥がしといてっていったよねー?」
そんな彼女の目の前にエステルは急に割り込んでくると、次々と壁に張り出された依頼書を剥ぎ取っていってしまう。
「えっ!?で、でもそれ、まだ期限が残って・・・」
「あぁ、これはミスですね。後で修正しとくんで、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでしたー」
エステルのいきなりの振る舞いに呆気に取られていたカレンも、それを見過ごす訳にいかないと彼女が剥ぎ取った依頼書の期限について指摘している。
しかしそんな指摘にもエステルは悪びれもせずにただのミスだと口にすると、カレンに対して軽く頭を下げてはカウンターの向こうへと帰っていってしまっていた。
「そ、そんな・・・そんなのって、ないよ・・・」
エステルの見え透いた嘘は、だからこそそれがカレンに依頼を受けさせないためだけの行動なのだと分かってしまう。
その事実に、カレンは衝撃を受けたように立ち尽くす。
「お客様?後ろの方の御迷惑になりますので、御用がないのでしたらお帰り願いますか?」
そんなカレンに対して、エステルはあくまでも事務的な言葉を並べていた。
しかしそれは、彼女に対してさっさとここからいなくなれと告げているものであった。
「っ!?エステルの・・・エステルの馬鹿ーーー!!!」
エステルのその言葉に目を見開き、フルフルと首を横に振っていたカレンは、やがてよろよろと後ろへと下がると、その最後に捨て台詞を叫んで逃げ出していく。
「・・・よかったんですか、先輩?」
「ふんっ!良いも悪いもないわよ!領主様からの要請なのよ、要請!断れる訳ないじゃない!!私は長いものには巻かれる主義なの!!ピーター君も変に同情して、余計な事しない方がいいわよ!」
捨て台詞を吐いたカレンが立ち去るのを見送って、書類を抱えた眼鏡のギルド職員、ピーターがエステルへと心配そうに声を掛けてくる
そんな彼の言葉に、エステルはカウンターをバンバンと叩いてはそうするしかないのだと叫んでいた。
「僕は、カレンさんの担当じゃないので」
「はっ、どうせ私だけが悪者ですよーだ!!ふんだっ!私が犠牲になって、このギルドを守ってるのに・・・」
エステルはピーターにも、カレンに同情して変な気を起こすなと警告していたが、彼はそれに余裕そうに肩を竦めて見せるばかり。
そんな彼の態度にエステルは拗ねたように唇を尖らせると、グチグチと文句を零している。
その文句はカレンが去った後、次の冒険者が彼女の前に来ても終わらず、その冒険者はしばらく待ちぼうけを食らう事になってしまっていた。
「はぁ・・・まさか、デリックさんが言ってたことが本当になるなんて」
冒険者ギルドから逃げ出すように飛び出したカレンは、街の通りをトボトボと歩いている。
彼女が深々とついている溜め息には、今の状況へのしんどさとデリックの予言が現実になったことで、彼の意見に従わなかった後悔が滲んでいた。
「今更、ついていきます・・・なんて無理だよね。デリックさん、もう行っちゃったもんなぁ。はぁ・・・」
現実となったデリックの予言に、今更ながら彼の言う通りついていけばよかったと後悔するカレン。
しかし彼はもはやこの街を発っており、それを思い出したカレンはさらに深々と溜め息を吐いていた。
「あ、このお店・・・前に寄った事がある所だ。新製品もいい感じだな・・・」
俯きながらトボトボと街を歩いていたカレンは、ふと顔を上げるとそこに自らの顔を反射するウインドウの姿を目にしていた。
それはかつて彼女が立ち寄り、様々な冒険者用の道具を買い求めたお店であった。
「あっ、お店の人と目が合っちゃった・・・今はそれどころじゃないし、ここにいたら邪魔だよね。帰ろっかな・・・」
思わずその店頭に並べられている新製品へと目移りしていたカレンは、その向こう側に立っていた店員と目が合ってしまい、気まずくなって目を逸らしている。
依頼もまともに受けられない今の彼女に、金銭的余裕などない。
そんな彼女に、そのお店に立ち寄って新製品を購入することなど出来る訳もなかった。
「えっ・・・嘘でしょ?まさかそんな・・・」
カレンがお店に立ち寄る事を諦めて立ち去ろうとしていると、何故か慌てた様子で店員が店先に出てきていた。
そしてその店員は、店の扉にぶら下げていたオープンの札をひっくり返して、カレンに店じまいを示していたのだった。
「カレン様、でいらっしゃいますね?」
「え?あ、はい・・・そうですけど」
「以前ツケにしておいた商品の代金、お支払いいただいてもよろしいでしょうか?」
そんな店員の振る舞いにカレンが呆気に取られていると、彼女はカレンの前にまで真っ直ぐにやって来る。
そして彼女は、以前にカレンがツケで購入した商品の支払いを求めてきていた。
「えっ!?でもそれって、ある時払いって話じゃ・・・」
「今がその、ある時・・・なのでは?とにかく、失礼して!」
「あっ!?私の財布!?」
しかしそれは、ある時払いという話であった筈だ。
そうカレンが口にすると、店員はだから今はそのある時なのだと首を傾げると、いきなり彼女の財布を奪い取ってしまう。
「ちっ、これっぽっちですか・・・まぁいいでしょう。残りはまた後程、請求に窺いますね?」
カレンの財布を奪い取り、その中身を目にした店員は舌打ちを漏らすと、そこから幾枚かの硬貨を取り出し、投げつけるようにしてそれを彼女へと返してくる。
そうしてにっこりと笑った店員は、残りも必ず取り返すと告げると店内へと戻っていく。
「空っぽだ。あは、あはははは・・・」
その店員の素早い行動に、カレンは呆気に取られて何もすることが出来なかった。
彼女は店員から突っ返された財布の中身を確かめるが、そこには一枚の硬貨も残ってはいない。
その事実をポツリと呟いたカレンは、思わず空っぽの財布を取り落とすと、肩を震わせて壊れたように笑いを漏らし始める。
そんな彼女の姿に周りを通る人々も気持ち悪がって、自然とその周辺にはぽっかりとスペースが開いてしまっていた。
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