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ボケ老人無双  作者: 斑目 ごたく
冒険の始まり
4/78

気まずい帰還

「はぁ・・・どうしよう。皆には、神殿の補修費用貰ってくるからって話してたのに・・・これっぽっちじゃ足しにもならないよね」


 物陰に隠れ、見上げるカレンの視線の先には、もはや残骸と呼ぶのが相応しい神殿の姿が映っている。

 彼女はその姿に目をやりながら、溜め息を漏らす。

 その手には、王宮で投げつけられた硬貨袋が握られていた。


「ううん、こんな所で落ち込んでても仕方ないよね!皆もきっと分かってくれる―――」


 こんな程度のお金では、神殿の補修費用にはとても足りない。

 皆の前ではっきりと約束した手前、それを持って帰れなかったことが気まずく、カレンは中々そこから足を踏み入れることが出来ない。

 しかしいつまでもこうしていては仕方ないと決意した彼女は顔を上げると、物陰から一歩踏み出そうとしていた。


「・・・カレン様?こんな所で何をしてらっしゃるんですか?」

「ひゃあ!?」


 そんな彼女が勇気を振り絞って一歩を踏み出そうとしていると、その背後から誰かが声を掛けてきてた。

 その予想外の出来事にカレンは素っ頓狂な声を上げると、その場に尻餅をついてしまっていた。


「ダ、ダリア!?あ、貴方こそこんな所で何を!?」

「え?その、カレン様をお待ちしていただけですけど・・・そろそろお帰りなる頃かと思いまして」

「そ、そう・・・」


 こんな場所に隠れている所を見つかり、あまつさえ尻餅をついてしまったのを見られてしまったカレンは、その気まずさを誤魔化すために目の前の少女、ダリアに対して強い態度で接している。

 しかしそんな彼女の強がりも、当然の理由の前には押し黙るしかない。

 彼女を待っていたのだと告げ、それが何かと言わんばかりに首を捻っているダリアの姿に、カレンはさらに気まずそうに言葉を詰まらせていた。


「それよりカレン様、どうしてそんな所に?帰ってこられたのなら、中に入ってくればよろしいのに・・・」

「えっ!?そ、それは・・・」


 そんな状況で、さらに問い詰められればもはやどうしようもない。

 彼女からすれば至って当然な、素朴な疑問をぶつけてくるダリアに、カレンは激しく焦りその顔から脂汗を垂れ流してしまっていた。


「あれ、カレン様?帰って来てたんですか?丁度良かった、早くこっちに来てください!!」

「わ、分かったわマリオン!すぐに行く!!そういう事だから、また後でねダリア!!」


 完全に追い詰められ、もはや逃げ場のないカレンに救いの声が届く。

 その声の主、マリオンの方へと顔を向けたカレンは、ダリアに軽く声を掛けるとそちらへと駆けだしていく。


「はぁ・・・一体、何だったのでしょうか?トージロー様、ご存じですか?」

「おぉ、知っとる知っとるぞ・・・で、何の話じゃったかのぅ?」


 凄い勢いで立ち去っていくカレンに、その場に残されたダリアは、同じく取り残されたトージローへと声を掛ける。

 彼女の問いかけにトージローは任せろと胸を叩いていたが、すぐにその理解は曖昧なものへと変わってしまっていた。

 そうして少女と老人は、お互いに首を捻りながら見つめ合う。

 その沈黙は、いつまで経っても疑問の答えへと辿り着くことはなかった。




「さ、この神殿の補修費用。耳を揃えて払ってもらいましょか」


 カレンの目の前の恰幅のいい女性がそろばんで肩を叩きながら、もう片方の手を彼女へと差し出している。

 その意図は、彼女の声を聞くまでもなく明白だろう。

 金を払えと言っているのだ。


「・・・意味ないじゃん」


 そんな女性の言葉に、カレンは俯くとぼそりと呟いている。

 彼女がダリアから逃げてきたのは、気まずさから逃げ出すためだった。

 そしてその気まずさの原因とはズバリ、金がない事なのだ。


「何か、言いはりましたか?」

「い、いえ!?何でもないです、何でもないですよー」

「・・・?まぁ、こっちとしては金さえ出してもらえばええんで。はよう、払ってくれまっか?」


 金がない気まずさから逃げ出した先で、その金が必要な理由そのものとかち合ってしまう。

 そんな悪循環から思わず出てしまった声を聞き咎められ、カレンは両手を振っては何でもないとアピールしていた。


「えっと、その前に貴方は?」

「うちか?うちはマリアっちゅうもんですわ。この国のえらいさんに頼まれましてな、ここの神殿に補修にはるばるやって来たって訳ですわ」

「マ、マニア?」

「誰がマニアや!?マリアやマリア!!全く、失礼なやっちゃで!!」

「そのマリアさん?が、どのような用でこちらに?」

「だから、さっきから言っとりますやろ?はよう、お金払ってくれて。分かりまっか?お金ですわ、お金」


 目の前のよく知らない相手からいきなり金を要求されても、それをはいそうですかと受け入れられる訳はない。

 カレンはこちらへと手を伸ばしている恰幅のいい女性に対して、彼女の素性を尋ねる。

 その言葉に対して、彼女は自らをマリアと名乗り、ここの神殿の補修を国から依頼されてやってきたと口にしていた。

 そして彼女は、周りに引き連れている部下と思しき男達へと視線を向ける。

 そこには確かに、こうした建物を補修するのに慣れていそうな屈強な男達が並んでいた。


「ほら、カレン様!出しちゃってください!!こいつ、お金を払わないと作業しないって、全然仕事してくんないんですよ!!」

「当たり前でっしゃろ?金も払えんもん相手に、何が悲しゅうてヘコヘコせなあきませんねん。こっちは商売でやってるんでっせ」


 恰幅のいい女性は金さえもらえば何でもいいと、カレンに手を伸ばす。

 しかしカレンはそれが出来ないのだと焦っていると、マリオンが煽るように声を上げてくる。

 その声に余計な事を言うなと叫びたいカレンであったが、そんなことしては全てが台無しだと、その言葉をグッと呑み込んでいた。


「あの・・・そのね、マリオン。実は―――」


 衝動的な叫びを我慢すれば、このまま黙っていれば却って事態が悪くなってしまうと理解も出来る。

 そうしてカレンは覚悟を決めると、マリオンに事情を打ち明けようとしていた。


「えー!どうせやるんだから、先に作業進めておいた方がよくない?」

「あんさんらに金を払える保証があるんやったら、それも手ではありますわな。しかしあんさんらにそんな保証あらしません。よってからに、先に耳を揃えて払えっちゅう話ですわな」

「むむむ・・・払える保証がないって、こっちは大魔王を倒した褒賞金がたんまり入るって分かってるんだから、それでいいじゃん!ほら、カレン様!出しちゃってくださいよ、その褒賞金!!」


 しかしその覚悟の告白も、マリオンが上げた声によって割り込まれてしまう。

 マリオンは恰幅のいい女性のやり方が気に食わないと食って掛かっていたが、逆に彼女に言い包められそうになってしまい、カレンへと助けを求めている。

 その伸ばされた手は、早く王宮から貰った褒賞金を出せと促していた。


「えっと、その・・・ね。それは・・・あぁ、もう知らないから!こ、これです!!」


 早く金を出せと、マリオンと恰幅のいい女性の手が伸びている。

 周りで事態を見守っている神官達も、それを期待した視線を向けてきていた。

 それにもはや誤魔化すことが出来ないと悟ったカレンは、後ろ手に隠していたそれをやけくそ気味に差し出していた。


「ほら見ろ、あったじゃんお金!これでいいんでしょ?へへーん、どうだ参ったか!!」


 カレンが差し出した金貨袋に、マリオンは胸を張っては恰幅のいい女性へと勝ち誇っている。

 そんな彼女の言葉を俯いたまま耳にしていたカレンは、その首筋から冷や汗をダラダラと流していた。


「ほな、確認させてもらいまっせ・・・何や、これっぽっちかいな。これやと、撤去費用にしかなれへんな。ま、頭金としては十分でっしゃろ。足りない分の十万リディカ、一か月後までに耳を揃えて払ってもらいまっせ。ほな、うちは帰らせてもらいます。作業は明日から始まりますんで、その前に撤収の方、よろしゅう」


 カレンから金貨袋を引っ手繰るようにして受け取った恰幅のいい女性は、それをひっくり返して中身を確認している。

 それは思っていたよりも少なかった量にあっさりと終わり、彼女は残った袋だけをカレンへと返すと、そのまま部下を引き連れて立ち去っていく。


「あ、そうそう・・・忘れるところやった。一か月後までに補修費用、全額払えんかったらこの土地、うちらが貰う事になっとるんで、気をつけておくんなましや。全く・・・こんな辺鄙な土地、貰った所でしょうもないのに。まぁ、お上との付き合いやから、お布施として貰っときまひょか」


 カレンから受け取った金貨を懐にしまい、立ち去っていく恰幅のいい女性は一度立ち止まると、衝撃的な捨て台詞を残し今度こそ完全にこの場を去っていく。


「・・・え?」


 無礼な女商人に大金を叩きつけて黙らせてやるという、すっきり爽快な場面を想像していたマリオンは、目の前で繰り広げられた意外な展開に呆気に取られてしまっている。

 それは、周りの他の神官達も同様であった。


「・・・どうなされたんですか、皆さん?」


 そんな気まずい沈黙が流れる空間に、トージローを引き連れたダリアがやってくる。

 彼女が不思議そうな表情で口にした質問に、答える者は誰もいなかった。


「ほぉ!ありゃ、えらい別嬪さんじゃのぅ・・・うちの婆さんの若い頃にそっくりじゃ」


 そんな沈黙が支配する場に一人、トージローだけが去っていった女性、マリアの後姿を見詰めていた。

 その表情は、かつて彼が見せたことのないほどにうっとりとしており、その頬も赤く染まっていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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