重い足取り
「いい!?絶対についてきたら駄目だからね!!」
すっかりいつも場所と化した寂れた公園に、カレンの甲高い声が響く。
彼女はトージローとルイスとメイの三人を前に仁王立ちになると、腰に手を当てては彼らに言い聞かせるように語りかけている。
「うるさいなぁ、分かったっての!!そんなの、いちいち繰り返さなくていいんだよ!!一度聞けば分かるんだから!!」
「・・・うん、分かる」
適当な距離で彼らを座らせては、それらに指を突きつけて何度も同じことを繰り返すカレンに、ルイスはもううんざりだと声を上げる。
その声にメイも彼の姿を真似るように両手を掲げ、うんざりだと示していた。
「おぉ、そうかそうか!偉いのぅ、二人とも」
「へへへっ、これぐらい当然だって!!」
「・・・ふふー!」
わざわざ繰り返さなくてもそれぐらいの言いつけならば守れると話す二人に、トージローはニコニコと微笑むと、その頭を優しく撫でている。
そんなトージローの態度に、ルイスは鼻を擦っては当然だと胸を張り、メイは鼻から息を吐き出しては誇らしそうな表情を見せていた。
「そ、そう?分かってくれたらいいのよ!それじゃ、私は仕事に行ってくるけど、貴方達はここで大人しくしてるのよ?絶対に・・・ぜーったいに!ついてきたら駄目だからね!」
普段はやたらと反発する癖に、こういう時だけ何故か物分かりのいいルイスの姿にカレンは戸惑いながらも頷いている。
そうして彼女は仕事に行くと告げると、更にしつこくついてきては駄目だと彼らに言い聞かせていた。
「分かってるっての!さっさと行けよ、もう!」
「・・・しつこい」
この場を離れ、仕事に向かおうとしているにも拘らず、未練がましくしつこく言い聞かせてくるカレンに、ルイスは腕を振ってはさっさと行けと促している。
メイに至ってはもう相手したくないと言わんばかりに、冷たい視線を送ってくるばかりであった。
「うっ、分かったわよ・・・だ、駄目だからね?指名依頼なんだから、ついてきたら。その、場所はこの街の外を少し行った所にある別荘らしいんだけど・・・そっちにもついてきちゃ、絶対に駄目なんだからー!」
そんな二人の冷たい態度に言葉を詰まらせたカレンは、その最後にも未練がましく依頼の場所を告げては去っていく。
「はぁ・・・ようやくいったか。何がしたかったんだ、あいつ?」
去っていく間際にも何度もこちらを振り返り、何やら意味ありげな視線をチラチラと送ってきていたカレンの姿に、ルイスは首を捻っては不思議そうにしている。
「ま、どうでもいいか。それより今日一日あいつはいないんだ・・・やる事は分かってるよな、メイ」
「・・・ん」
しかしそんな疑問も、今目の前に降って湧いた状況に比べればどうでもいいと、ルイスは切って捨てる。
そして彼は、メイに対して意味ありげな視線を向ける。
その視線に、彼女もまた力強く頷いていた。
「遠征修行だー!!あいつがいたら行けない所で、思いっきり修行するぞー!!」
「修行、修行!」
両手を振り上げ元気よくそれを宣言するルイスに、メイもまた飛び跳ねてはそれに同意している。
「ほっほっほ、二人とも元気じゃのぅ」
そんな二人の姿を目にしては、トージローもニコニコと目尻を下げていた。
「はぁ。こんな大事な依頼、一人で行くことになるなんて・・・き、緊張する」
グリザリドの街を出て、一人荒野を歩くカレンの足取りは重い。
それは彼女がこれからとても重要な依頼を、一人でこなさなければならないからだろう。
あのデリックと共に戦った騒動以来、順調な時を過ごし自信をつけた彼女にも、貴族相手の仕事をトージローなしでこなすほどの自信はまだない。
「っ!?だ、誰!?もしかして、トージロー!?トージローなの!?」
そしてその足取りの重さは、それだけが理由ではないだろう。
彼女は背後から聞こえた何かの物音に、慌てて振り向いている。
「はぁ・・・そんな訳ないよね」
そこにはこの荒野に生えた疎らな草むらから飛び出してきた兎が、不思議そうな顔でこちらを見詰めている姿があるだけであった。
そんな兎もカレンの姿を認めると、すぐにどこかへと立ち去っていく。
その姿にカレンは溜め息を漏らすと、そんな訳がないと呟いていた。
「ぐぬぬ・・・ルイスの奴、あれだけ丁寧にふってやったのに全然ピンときてなかったもんな。あれだけ言われたら、普通ついてくるもんでしょ!?くぅ!これだからお子様は!お約束ってのを分かってないんだから!!」
カレンが別れ際にあれほどしつこくついてくるなと言いつけていたのは、逆に彼らについてきて欲しかったからだ。
指名依頼であるためトージローに同行を頼めない彼女は、彼らが勝手についてきたという事にして、無理やりそれを認めさせようと考えていた。
しかしそれも不発に終わった今、彼女は重い足取りで一人、依頼に向かうしかなかったのである。
「はぁ、気が重いなぁ・・・このままいつまでもつかなければいいのに」
一人で依頼をこなす自信のないカレンは、もはや仕事に行くのが嫌で堪らないサラリーマンのようなことを言い出し始めている。
しかしそんな彼女の心とは裏腹に、目的地はすぐそこにまで迫っていた。
「うっ!?み、見えてきちゃった・・・絶対あれだよね」
あからさまに歩みを緩め、牛歩戦術で事態を先送りにしようとしていたカレンの目に、この荒野にぽっかりと現れた緑溢れる場所の姿が映っていた。
その中心には壁に囲われた立派な建物が存在しており、その背後にはまるでそれ専用であるかのような森が広がっている。
事前に伝えられていた場所や見た目と寸分違わぬその姿は、間違いなく彼女の依頼主が指定した場所であった。
「り、立派な建物だ。まさに、貴族の別荘って感じ・・・うぅ、大丈夫だよね?指名依頼だっていっといて、私を誘き出す罠とかじゃないよね?いきなり捕まってどこかに売られちゃったり・・・あ、ある訳ないよねそんなの?」
遠目にも分かる立派な建物は、それが貴族の所有物なのだと何よりも雄弁に物語っている。
それにさらにプレッシャーを感じ、痛み始めたお腹を押さえるカレンは、ありもしない妄想を浮かべ始めてしまっていた。
「そういえば、人攫いが事件になってるって・・・まさか、この依頼って!?」
そして彼女は、目の前の状況と巷で話題になっている事件をダブらせては驚きの声を上げていた。
「はぁ・・・そんな訳ないよね。領主様の一人娘が、そんな事する訳ないし。うぅ、いつまでも遊んでないで急がないと・・・」
巷を騒がしている人攫いと、今の状況は似てる部分がなくはない。
しかしそんな事を、領主の一人娘という立場ある人物がするとは思えず、何よりそれをギルドを通して依頼してくるなど考えられなかった。
自分が今の状況から目を逸らしたくて、必死に現実逃避をしていたと認めたカレンは、深々と溜め息を漏らすと足を速める。
その先では、彼女の到着を待っていたかのように館の門が開き、そこから執事と思われる老人が進み出てきていた。
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