王都
王都ヒルグランドの象徴たる王宮、小高い丘の上に佇むその威容から「真なる王冠」とも呼ばれるイングリッサ城。
その謁見の間には今、王都近隣に住む多くの貴族達が集まっていた。
彼らの目当ては間違いなく、カレンの傍らに佇む老人、勇者トージローだろう。
彼らの関心の視線を一身に浴び、カレンは顔を上げる。
その表情には、期待と自信に満ちていた。
「ほれ、それを拾ってさっさとここを去れ」
そんな彼女に、浴びせかけられたのはそんな冷たい言葉だった。
「・・・は?」
その言葉を吐いたのは、何やら不自然に盛り上がった髪形をしている神経質な男だった。
彼は玉座に座った丸々と太った人の良さそうな人物の傍らに立っており、その立ち位置から彼がこの国でも相応の地位、例えば大臣か何か相応する人物など推測することが出来た。
「は?ではない。さっさとそれを拾って、立ち去れといったのだ。何だ、田舎者にも分かるようにはっきりとした表現で言ったつもりだったが・・・伝わらんか?」
カレンの目の前に投げつけられた袋からは、金貨が零れ落ちている。
それは確かに大金といっていい額ではあったが、魔王を倒した褒賞金と考えれば少なすぎる額であった。
「で、でも!おかしくないですか!?あの大魔王エヴァンジェリンを倒した褒賞が、これだけなんて!?」
信じられないという表情で投げつけられた硬貨袋を見詰めていたカレンに、それが冗談ではないと大臣は強調してくる。
その言葉に弾かれたように顔を上げたカレンは、この場が王宮であることも忘れて、彼に向かって激しく食って掛かっていた。
「あの大魔王エヴァンジェリンを倒した?一体誰がだ?まさか、貴公が倒したというのではあるまいな?」
「私じゃありません!!」
「ほう?では、誰が?」
大魔王エヴァンジェリン。
かつてこの国を、いや世界そのものを滅ぼそうとした大魔王。
その復活を予言し、それを打倒してすら見せた自分達に対して、その扱いは酷すぎるのではないかとカレンは主張する。
そんな彼女に対して、大臣はそんな存在を誰が倒したのだと、厭味ったらしい口調で聞き返していた。
「ここにいる勇者、トージロー様です!!」
大臣の質問に自分ではないと宣言したカレンは、その胸を叩いた腕を今度は横へと伸ばしていた。
そして彼女は大声で叫ぶ、この勇者トージローこそが大魔王エヴァンジェリンを倒した存在であると。
「・・・ほぁ?」
そんな彼女の声に反応した、トージローの呆けた声は小さい。
しかしそんな声が響くほどに、その場は静寂に包まれていた。
「・・・ぷっ。おっとこれは失礼、思わず笑いが・・・しかし、その老人が勇者ですと?ただのボケた老人ではないか!!」
その静寂は、カレンの迫力に周りが気圧されてしまったからではない。
その余りに突拍子もない言葉に、誰もが呆気に取られてしまったからであった。
「あれが勇者?ならば私は、神話の英雄であろうな」
「おっとならば、私は死後に神となった英雄ヘカテリオンといった所でしょうか?」
「お可哀そうに、あの年で頭が・・・随分とお辛い目に遭ったのでしょうね」
大臣の言葉を切欠に、周りの貴族達からも嘲笑の言葉が漏れ聞こえ始める。
そのほとんどはカレンの言葉を馬鹿にし扱き下ろすものであったが、中には彼女の事を心配し憐れむものすらあった。
「嘘じゃありません!!本当に、トージロー様が大魔王エヴァンジェリンを倒したんです!!しかもたった一撃で!!」
「ほう、一撃で・・・?冗談を言うでないわ!!そんな老人の腕では、小枝一つ折ること叶うまいて!!ましてや大魔王と呼ばれる存在を屠るなどと・・・片腹痛いわ!!」
周りの人間全てが、彼らの達成した偉業を否定する。
その状況に、カレンは立ち上がると両手を振るっては必死に嘘じゃないとアピールしていた。
しかしどんなに言葉を尽くしても、その隣でフルフルと頼りなく震えているトージローの姿の方が、何百倍も雄弁に物語っていた。
そんな老人などに、大魔王が倒せる訳がないと。
「のぅ、大臣や。あれの祖父にはわしも世話になっておってのぅ・・・こう、もう少し手心というのをだな」
「なりません!大体、あの金からして過分なのです!!功労者だという事で、見舞金として十分な額を包みましたが・・・そもそもそれですら怪しいものです!!大魔王エヴァンジェリンを封印した血族だ何だと言われておりますが、それも本当かどうか・・・どうせ今回の件も、自作自演に決まっておるのです。こうしてまた金をせしめようと・・・ふんっ、どうせ演じるならばもっと上等な役者を用意しろというのだ。こんな小娘と、ボケた老人で騙されるなどと・・・舐められたものだな!!」
その功績を完全に否定され、周りの貴族達からも馬鹿にされるカレンの姿を見かねてか、玉座の上で事態を傍観していた王様が大臣へと恐る恐る声を掛けていた。
しかしその言葉は逆に大臣をさらに頑なにするだけで、彼はついにはカレンの祖父であるエセルバードの功績すらも否定する言葉を吐き出していた。
「・・・取り消してください」
「何だと?何か言ったか、小娘?」
「取り消してください!!取り消せ!!お爺様を馬鹿にする言葉を!!!」
他の全てを見過ごせても、その言葉は見過ごすことが出来ない。
カレンは激昂すると、もはや場所を弁えぬ口調で大臣を怒鳴りつける。
「ふんっ、幾らでも言ってやるわ!貴様の祖父など所詮、誰も証明できぬ古い時代の話を持ち出す詐欺師の類いに過ぎぬと・・・何だ、老人?貴様も私に文句があるのか?」
しかしそんなカレンの言葉を浴びても、大臣は悪びれるどころが逆にさらに彼女の神経を逆なでするような言葉を吐く。
その言葉にカレンはついに堪えきれなくなり、その場から立ち上がり彼へと飛び掛かろうとしていた。
しかしそれよりも早く、トージローがふらふらとした足取りで大臣の下にまで歩み寄っていた。
「トージロー様・・・?駄目です、それはっ!?」
始めに疑問、次いで喜びが沸き上がり、最後には恐怖で引き攣ってしまう。
自らの怒りに同調し、大臣へと向かっていったトージローの姿にカレンは僅かに表情を緩めていた。
しかし彼の力と、それが向かっていた人物を考えた時、その胸には恐怖が去来し、彼女は必死に彼の事を止めようとしていた。
しかしそれは遅く、トージローは既にその腕を振り上げている。
「人前で喋る時は、帽子ぐらい取らんかい!!この、若造がぁ!!」
そして腕を振り下ろした彼は、大臣の頭の上に乗っかっていたもの、つまりは彼のかつらを跳ね飛ばしてしまっていた。
「うわぁ、やりやがったよ・・・いくら公然の秘密とはいえ」
「えっ!?そうだったんですか?私、今始めて知りましたのよ?」
「いや、いくら何でも禿げすぎでしょ?ツルツルじゃん」
跳ね飛ばされ、玉座の前へとふわりと着地したかつらに、周りの貴族達もひそひそと話し始めている。
それらの多くは、そもそもそんな事をしなくてもその事実は知られていたという事を示すものであったが、それが慰めになる訳もなく大臣はその身体をプルプルと震わせ始めていた。
「だ、誰か!!早く・・・早く、こいつらを摘まみだせぇぇぇ!!!」
顔に真っ赤に染めた大臣が、そのツルツルの頭を光らせながら叫ぶ。
その声に慌てた兵士が大挙して押し寄せ、カレン達はあっという間に摘まみだされてしまっていた。
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