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ボケ老人無双  作者: 斑目 ごたく
栄光時代
24/78

カレンの帰還

「はー・・・やっと帰ってこれた。もうくたくた・・・何でこう、いつもいつも時間が掛かっちゃうんだろう」


 長々と吐いた息の長さは、彼女の苦労と疲れを物語っている。

 目の前の若干くたびれた、しかしそれでも周囲の建物から目立つほどに大きな冒険者ギルドの建物を見上げるカレンは、その姿に安堵したのかぐったりと肩を落としていた。

 彼女のその自慢の金髪すらも冒険の疲れでぼさばさのままとなっており、それは夕焼けの日差しに僅かに赤みを帯びて鈍く輝いていた。


「聞いてる?あんたの所為なんだからね、トージロー!!目的地に着くまであっちをうろうろ、こっちをうろうろ・・・ついたらついたらでどこかに行っちゃうし!結局、私一人で全部何とかしたんだから!!ねぇ、聞いてるのトージロー!?・・・トージロー?」


 がっくりと肩を落とし、もはや顔を上げるのも面倒だと言わんばかりに俯いているカレンは、そのままの姿勢でこんな時間まで掛かってしまった原因へと愚痴を零し始めている。

 危険な魔物が出たという事で緊張して向かったものも、結局数匹のゴブリンが住み着いただけであった依頼に、それほど苦労する要素はない。

 しかし朝の間にここを出発した二人が、依頼を終えて帰って来たのがこの時間だ。

 その原因はそこに向かうまでの道中、トージローが気づけばふらふらとどこかへ消えてしまう事にあった。

 彼がどこかへと消えるたびに、それを必死に探し出す必要があったカレンには、その道中は倍では足りない時間が掛かっていた。

 そしてその苦労も、同様だ。

 そんな不満をぶつけようと愚痴を零し、その相手が反応がないと感じれば、直接怒鳴りつけたくもなる。

 そうして振り返ったカレンの視線の先には、トージローの姿はどこにもなかった。


「はー・・・またなの?もういい加減にしてよね、はぁ・・・まぁ、街の中なら大丈夫かな、放っておいても。大体、あいつを傷つけれる奴なんている訳ないんだから・・・」


 冒険の道中、何度も繰り返されたその事態に、カレンはまたなのかと溜め息を漏らす。

 しかしそれらと違うのは、今は安全な街の中であるという事だ。

 彼女達もこの街に滞在して時間も経ち、それなりに顔も知れるようになっている。

 そうであれば、トージローがこのまま逸れてしまうという事もないだろう。

 そう自分を納得させたカレンは、トージローの事をこのまま放っておくことに決める。


「うぅ、風が・・・寒くなってきたな。あれ、これ何だろう?」


 トージローがそちらに向かったかもしれない明後日の方向を見詰めるカレンに、強い風が吹きつける。

 その風に巻きあげられる髪を押さえた彼女は、その足元に飛んできた紙を拾い上げる。

 それはどうやら、街の掲示板などに張り出される壁新聞の一部ようだった。


「何かの事件?ふーん、人攫いか・・・切り裂かれた遺体が発見された?物騒な話ねぇ・・・」


 拾った壁新聞へと視線を落としたカレンは、その内容を読み上げる。

 それはどうやら、何かの事件の発生を知らせる壁新聞のようだった。


「こういうのも冒険者の仕事になったりするのかな?エステル辺りに聞いて・・・」


 チラシの内容に目を落としながら、カレンは冒険者ギルドへと歩いていく。

 カレンがその内容の詳細へと目を移し、どうやらその事件が最近起きたばかりだと知った頃には、彼女の手がギルドの扉を押し開いていた。


「っ!!おかえりなさい、カレン!!ど、どうだった!?どうだったの、依頼の方は!?」


 カレンがチラシに目をやりながらギルドの扉を押し開くと、まるでそれを待っていたかのように大きな声が上がる。

 そしてそのままものすごい勢いで飛び掛かってきたエステルが、血走った目で彼女の身体を激しく揺さぶっていた。


「えっ、えっ!?エステル!?ど、どうしたの!?」

「いいから、依頼は!?依頼はどうだったのよ!!?」

「そうだぞ、もったいぶらずに早く教えやがれ!!」


 明らかに異常に興奮している様子のエステルに、カレンは訳が分からないと目を白黒させている。

 こちらの襟首を掴み、激しく揺さぶりながら唾を飛ばす勢いで喋りまくるエステルは、そんな彼女などお構いなしといった様子で問い詰めてくる。

 目の前のエステルだけならばまだしも、本来この時間であったならば酒盛りをしているか、でなければ既に酔いつぶれている筈の冒険者達もカレンを問い詰めてきており、その様子に異常な状況であるのは明らかであった。


「ま、どうせ失敗しちまってんだから、恥ずかしくて言えないのも無理ないけどよぉ。がははははっ!!おぅ、デリックの旦那!悪いな、今回は勝たせてもらって!!お陰でこっちはたんまり儲けさせてもらったぜ!」


 帰ってきたカレンの姿に、すっかり自分が勝ったと確信している冒険者の男は、上機嫌に笑い声を響かせると、デリックに対して声を掛けている。

 彼から声を掛けられたデリックは、背中を預けた壁から動くことなく肩を竦めて見せている。

 そんな彼らのやり取り、そして周囲の異常な興奮、それらを目にすればカレンにも分かるだろう、自らが賭けの対象にされていたという事が。


「いや、普通に達成して帰ってきたけど」


 勝手に賭けの対象とされたことに文句を言ってやりたい気持ちもあったが、今のカレンにとって彼らに告げる言葉は一つしかない。

 つまりは普通に依頼を達成して帰ってきたと、その事実を告げる事だ。


「・・・は?」


 その短い言葉に、この場の集まった冒険者の大半は言葉を失い固まってしまう。


「・・・しゃあ!!!やったぞ、コノヤロー!!へへへ、ばーかばーか!!だから言ったじゃない、カレンはやれる子だって!!んーーー!愛してるよー、カレン!ちゅきちゅき!!」


 そんな中で一人、彼らとは逆の感情で震えている女がいた。

 その女、エステルは震える身体を喜びへと変換すると、それを示すようにこぶしを突き上げている。

 そして舌を出しては敗北者達を煽った彼女は、カレンへと振り返ると抱き着き、そのまま唇を伸ばしてはキスを迫ってきていた。


「嘘だろ、今夜の呑み代が・・・」

「お前なんて、まだましな方さ。俺なんて、今月どうやって食っていくか・・・」

「へん、俺ぁまだ認めねぇ!認めねぇからな!!」


 番狂わせな結末に、多くの冒険者達が床に手をついては嘆いている。

 彼らの中には、生活の糧にすら手を出してしまった者もいたようで、絶望した様子で涙ぐんですらいた。


「へへへ・・・今の内にっと」


 そんな混沌としたギルドの中から、こっそりと抜け出そうとしている者がいた。

 こんな異常な騒ぎでは、それに辟易へとし出ていきたくなるのも理解は出来るし、それを咎めようとする者もいないだろう。

 それが大量の賭け金を抱えた、胴元の男でなければ。


「駄目ですよ?」


 そんな男の肩に手を掛け、優しく声を掛ける者がいた。

 しかしその表情は眼鏡のガラスに覆い隠されており、どうやら声ほどには優しくはないようだ。


「ピ、ピーター!?誤解だ!!俺は別に、逃げようとしたわけじゃ!!」

「でしたら、外に用事はないですよね?」

「は、はい・・・その通り、です」

「良かった。じゃあ戻りましょうか・・・あぁ、清算がお手数でしたら、僕もお手伝いしましょうか?」

「あ、はい。お願いします・・・」


 賭け金だけを抱えて、まんまとこの場からずらかろうとしていた試みを見透かされて、胴元の男は必死に言い訳をしている。

 しかしその言い訳も、ピーターに掛かればこの場に彼を縛り付ける理由となってしまう。

 彼によって完全に逃げ場を塞がれてしまった胴元は、すっかり意気消沈し項垂れると、ピーターに連れられてギルドの中へと戻っていく。

 その姿はもはや、まな板の上の鯉といった有り様であった。


「デリックさん、これ貴方の取り分です」

「おっと、儲かっちまったな・・・あぁ、そっちはいい。そいつはこいつらの呑み代に使ってやってくれ」


 胴元を賭けが行われていたテーブルにまで戻したピーターは、彼が抱えていた硬貨袋から金貨を摘まみ上げて、それをデリックへと投げ渡している。

 それを受け取り懐にしまったデリックは、ピーターが抱え上げた今回の儲け分の受け取りを拒否していた。

 そして彼は、自らの後ろを親指で示すと、そこで項垂れている敗北者達に奢ってやれと口にしていた。


「はぁ、本当にいいんですか?では・・・皆さーん、デリックさんが今夜の呑み代を持ってくれるそうですよー!」


 金貨という大金を賭けた、デリック取り分は大きい。

 その大きさを象徴する、ずっしりと硬貨の詰まった袋を抱えるピーターは、本当に要らないのかデリックに尋ねている。

 それに首を横に振って見せたデリックに、ピーターはそれを掲げて見せると、その場の冒険者から一斉に歓声が沸き上がっていた。


「ちょ!?止めてって、エステル!!そこは・・・は、初めてだから!!


 湧き上がるギルドの片隅で、何故か切羽詰まった様子で追い詰められている者がいた。

 それは興奮し我を忘れてしまっているエステルに壁際まで追い詰められ、必死に彼女に思い留まるように説得しているカレンである。


「ね、ねぇ・・・お願いエステル、分かってくれるよね?」

「ふふふ・・・大丈夫よ、カレン。お姉さんこう見えて、案外経験豊富だから・・・それにこういうのは早めに経験した方がいいの。はぁ、はぁ、はぁ・・・綺麗よ、カレン。本当に綺麗」


 必死に腕を伸ばしては精一杯距離を取り、瞳を潤ませては説得するカレンの言葉はしかし、残念ながら届かない。

 極度に興奮し、完全に何かのスイッチが入ってしまった様子のエステルはもはや聞く耳を持たず、彼女のそんな姿ですら興奮の材料に過ぎないと涎を垂らしていた。


「エ、エステル?ちょっと目が・・・ぎゃー!!?」


 そして彼女は、飛び掛かる。 

 それに対してカレンが上げた悲鳴も、このギルドの喧騒には中では大した問題にもならず、誰にも取り合われないまますぐに消えてしまっていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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