意外な苦戦
「どーいう事なのよ、これは!!」
響き渡った悲痛な声と共に、カレンは手にした杖を振るっている。
それは鋭く、必殺の軌跡を描いて目の前のゴブリンの頭へと迫るが、そこに届くことはなく防がれてしまう。
その理由は、彼女の周辺へと目をやれば分かるだろう。
カレンの周辺には、森の奥から現れたゴブリンがそのままの数で彼女を取り囲んでいる。
それらは多少汚れ、疲れた様子はあったものの至って健在な者達ばかりだ。
そんな数を一人で相手にしては、まともに得物を振るのも難しくなり、彼女は碌に有効打を入れることも出来なくなってしまっていた。
「こんなゴブリンなんて、楽勝の筈だったのに・・・」
今も襲い掛かってくるゴブリンを何とか押し返したカレンは、自らの背後を守るように幹の太い樹木へと背中を預けている。
そんな彼女は、こんな筈ではなかったと呟いている。
確かに、彼女達の実力からすればゴブリン相手になど苦戦する筈はないのだ。
カレンは絶望を呟きながら、ある方向へと視線を向ける。
「おほぉー・・・ええのぅええのぅ、若いもんは元気があって」
その先には、呆けた顔でこちらへと視線を向け、何やら納得するように何度も頷いているトージローの姿があった。
「ええのぅ・・・じゃない!!トージロー、あんたも戦いなさいよ!!あんたが戦わないから、こうして私が・・・えぇい、邪魔!!今は私が、トージローと話してるところでしょうが!!!」
今も必死に戦っているカレンの姿を、いつかの郷愁になぞらえて勝手に納得しているトージローの姿に、カレンはふざけるなと大声を上げている。
実際、トージローが戦っていれば、今目の前にいるゴブリンなど瞬きの間もなく倒されてしまっているだろう。
そうなってはいない現実に文句を叫ぶカレンに対して、ゴブリンは容赦なく襲い掛かってくる。
それを彼女は、何とか押し返していた。
「お?わしに何かようかいのう?気にせんでええ、気にせんでええ・・・ここは若いもん同士、好きに楽しんでええんじゃぞ」
しかしカレンの必死な訴えがトージローの心に届くことはなく、彼は今の事態を理解していないぼんやりとした表情で、見当違いの事を呟いていた。
「あぁ、もう!!・・・大体!あんたらもあんたらよ!!何で、私だけを狙うのよ!?言っとくけど、私よりあっちの方が強いんだからね!?強い方を狙いなさいよ、強い方を!!分かる?あっちよ、あっち!あっちを狙うの!!」
そんなトージローの姿に不満を叫んだカレンは、やがて目の前のゴブリン達に対しても不満をぶつけ始めている。
彼らは始めからカレンだけを執拗に狙い、トージローの事は狙ってすらいなかった。
その事実が気に食わないと、カレンは歯を剥き出しにしてはトージローの方も狙えと指を指し、喚き散らしていた。
『何だ、このメスニンゲン?何か叫んでるぞ?』
『何かは分からないが、とにかく凶暴だ!こいつを先にやるぞ!!』
『あぁ!あっちのニンゲンは弱そうだからな!』
しかしそんなカレンの凶暴な仕草が、さらに彼女を脅威であるとゴブリン達に認識させていた。
そのため、彼らはさらにカレンへの攻撃を激しくすると、トージローの事は完全に蚊帳の外へと置いてしまっていた。
「ちょっと、何でよ!?何でさらにこっちに来てんのよ!?何、私の方が強そうだとでも思ってんの!?そんな訳ないでしょ!?」
さらに激しくなったゴブリンの攻撃に、言っている事と違うとカレンは悲鳴を上げている。
実際、ゴブリンの激しい攻撃に晒されても彼女は何とか耐えて見せている。
その事実がゴブリン達を警戒させ、さらに彼女への攻撃を激しくさせているのは皮肉な結果であったが。
「あんたもあんたよ!滅茶苦茶強いんだから、もっとちゃんと強そうな見た目しなさいよね!!そのせいで王宮でも信じられなかったし、今だってこんな事になってるんでしょ!?何よ、そのよぼよぼな身体!骨と皮だけじゃない!!もっとこう肉をつけなさいよ肉を!ムキムキとまでは言わないけど・・・お爺様だって、もっとしっかりしてたわよ!?」
トージローがこうもゴブリンから無視され、脅威のない存在だと認識されるのは、その見た目が負うところが大きいだろう。
彼の見た目はまさによぼよぼの老人であり、その骨と皮しかないような姿は今にも死んでしまいそうにすら見える。
そんな老人の事を脅威だとは、ましてや大魔王すら一撃で屠る勇者などと誰が信じるだろう。
「筋肉?おぉ、そうかいそうかい・・・わしのムキムキボデーが見たいのかい娘さん?ほら見てみぃ、この魅惑のボデーを!」
カレンの声に反応したのか、トージローはその身体をプルプルと振るわせると、突然上着を脱ぎ捨ててしまう。
そうして上半身をはだけた彼がその筋肉を強調するポーズを取っても、そこに盛り上がるべき肉は存在しなかった。
『何だ?あのニンゲンは、何がしたいんだ?』
『分からん・・・しかし、あれは大丈夫なのか?今にも死にそうに見えるが?』
『知るか、俺に聞くな。ただ、食いでがないのは確かだな』
そんな行動も、トージローが脅威ではないとゴブリン達に強調するだけ。
上半身をはだけ、その骨と皮だけの身体を見せつける彼の姿に、ゴブリンはもはや憐みの視線すら向けていた。
「・・・分かった。だったら私一人でやればいいんでしょ、やれば」
トージローの行動の意味は分からないが、それがゴブリンと戦おうとするものではない事と、それによってゴブリン達が彼を脅威と見なさない事だけは確かであった。
それを悟ったカレンは俯くと、一人ぶつぶつと呟いている。
「やってやろうじゃないの!!!
覚悟を決めたような大声と共に顔を上げたカレンは、その勢いを利用して手にした杖を思いっきり振るう。
しばらく大人しくしていた彼女に不意を突かれたのか、ゴブリン達はそれに大きく弾き飛ばされてしまっていた。
『ぐげぇ!?何だ、急に!?』
『分からん、だが気をつけろ!奴は・・・何、だと?』
カレンに弾き飛ばされ地面へと転がったゴブリン達は、お互いに助け合ってその身体を起こしている。
そして再び彼女の方へと顔を向けたゴブリン達は、そのまま固まってしまっていた。
「・・・お爺様に隠れて覚えた、魔法が火が吹くわよ?」
そこには杖を向け構えを取る、カレンの姿が。
その片手に、燃え盛る炎を携えながらゴブリン達を睨み付けていた。
「さぁ、このカレン・アシュクロフト様が相手よ!死にたい奴から掛かって来なさい!!」
手にした炎は威嚇ためだったのか、それを打ち消して再び別の構えを取ったカレンは、ゴブリン達に挑みかかるように声を上げる。
それに気圧され、ゴブリン達が掛かってこないのを見ると、彼女は逆にゴブリン達へと挑みかかっていっていた。
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