カニ聖女は下克上を諦めない! ~最下級聖獣と思われてるけど甘く見るなよ、だってカニだぜ?さぁカニ脚をお食べ。ちょっきんちょっきん
親子三代カニ漁師の家に生まれた私は、当然の如く自分もカニ漁師になった。
稼業で採れたものばかり食わされて嫌になる、みたいな話が世の中にあるけれど、私は違った。
カニ、ラヴ!
カニ、愛してる!
ああ、神様。私をカニ漁師の一家に生まれさせてくれて感謝します。
もちろん食べるばっかりじゃないよ。学生時代、それまで食べてきたカニたちに感謝するために、家の庭の端にカニ塚を作ったことがある。
たまたま友達にお寺の子がいたから、わざわざお経まであげてもらったのだ。後で役場のおじさんと漁協のおじさんから地場産業と郷土史に理解があるってんで表彰状をもらったくらいである。
そして今日は絶好のカニ漁日和! 私のカニ漁師一家に生まれた血と勘が間違いないと告げている。
カニ塚の前で手を合わせる、今日も一杯カニが取れますように。
一番良い形の奴が揚がったら自分で食べちゃうもんねー。市場になんて上げないぞ!
そう思って船に乗って沖合に出たのも遥か昔の事のよう。
はい。私、今海の底です。
テンションハイのまま網揚げの支度しながら船の上を飛び回ってたら、横波が来た時のバウンドで海に投げ出されちゃったのよね。
運の悪いことに網の端が絡んじゃってるのか、ベストの浮力も効いてない。
水中の波 (あるんだよ) に飲まれてこのまま海の底へと沈んでいったのさ。
ああ、寒い。冷たい。暗い。
息苦しかったのももう分からないや。
遠のく意識の中で私は願った。
カニさん。今まで沢山食べてきたし、たくさん獲ってきたカニさん。
私を食べて大きくなってね……。
「カザミ・マニーコルド。前へ」
「……へ?」
気が付いた時、私は絢爛な建物の中で光の注ぐ床に立っていた。周りにはキラキラした服を着た大人がたくさん並んでいて私を見ている。
そうだ。私は今日、『聖女』として聖獣を判定してもらうために教会にやってきたのだ。
カザミ・マニーコルドが私の名前だ。このジェイフェ王国の騎士一家に生まれた私は、幼くして聖女候補生として素質を見出された。
この国では聖なる獣の加護を受けた子女を聖女として祭る習慣があって、聖女の素質があるとみなされた子は教会でその身に宿すことが出来る聖獣を判定される。
そこで聖獣を宿しているとみなされた一人、あるいは複数の聖女候補は国と教会から特別な計らいと教育を受け、国と民を導く聖女に育てられるのだ。
……ということを、私はたった今思い出した。と同時に、自分の前世がどういう結末に至ったのかも思い出す。
そう、どうやら自分は生まれ変わりらしい。しかもこの世は前世から見れば、神秘溢れるファンタジー世界だ。
「どうした、カザミ・マニーコルド。こちらに来なさい」
「は、はい!」
誰何された私は急いで進み出た。今の私は十歳かそこらだ。
そんな小娘を鋭い目で見ている大人たちの怖いこと。そりゃそうだ。聖女の力いかんでこれからの国の趨勢が決まるのだから。
聖女が宿す聖獣には力の強弱があって、それはこちらでは決められない。ドラゴンやフェニックスみたいなめっちゃ強い聖獣を持っていると国は栄え、隣の国との戦争にも勝てるが、逆に弱い聖獣だと侵略をうけるかもしれないのだ。
前に出た私に向けて、神官さんが厳かな動作でもって何かを差し出した。
「さあ、この冠を被り、神の言葉に耳を傾けなさい。神はあなたに相応しい聖獣を見出したもう」
「……はい」
複雑な金銀や宝石が組み合わさって出来たそれは立派な冠が、私の頭に乗せられる。重い!
すると途端に私に向けて頭の中に声が聞こえた。
『カザミ・マニーコルド。聖女の可能性を宿す娘……』
おお。すごい! ファンタジーだ。
というか、これはあれですな。
組み分け帽子的な……。
『そなたに相応しい聖獣を願いなさい。しかれば、それはあなたに授けましょう』
あら、勝手に選んでくれるわけじゃないんだ。
『そなたは異界より流れ込みし強き魂の持ち主。いかような聖獣でも従えましょう』
と、神様が答える。なるほど。
『さあ、願いなさい。あなたが望む聖獣の姿を』
うむむ。聖獣、聖獣ね……。
私が思い描く、グレートでスペシャルでデリシャスなアニマル、それは……。
『うむ。汝の聖獣は決まった』
と、その瞬間冠がピカーっと光って、その光の中に聖獣が映し出された。
「おお!?」
「なんと!」
周りの大人たちにどよめきが走っていた。
光の中に映し出されたのは、巨大なカニの姿だった。
そうさ。私にとってスペシャルなアニマルは初めから決まっている。
今度の人生もよろしくね、カニさん。
だけど人生は甘くなかった。
まず、複数人いた聖女候補生の中で私が最も格下の扱いとなった。
ちなみに私の他に聖女候補生は四人いて、それぞれ牡牛、蛇、鷹、大山犬の聖獣を持っていた。
そりゃちょっと見栄えはしないかもしれないけどさー。
こちとらカニだぜ? しかも身がたっぷり詰まってそうな見事な大カニ。
などと言っても、この国の住民に言ったところで理解してはくれないだろう。
なぜならこのジェイフェ王国は四方を山に囲まれた内陸国で、無数の川や湖はあるけれど、海に行ったことも、ましてやそこでカニを食べたこともない人が殆どだ。
そんな彼らにとってカニというのは、精々沢でちょこちょこ走ってる小さな虫みたいなやつしか見たことがない。
そりゃ外れ扱いされますわ。
この世の両親も慰めてくれたよ。
「たとえお前が聖女になれなくても、私たちの立派な娘だよ」
うんうん。良い両親に恵まれてよかった。
しかし格下扱いされたと言っても聖女候補である以上、教育は受けなきゃいけない。
私は他の聖女候補生と一緒に、教会の運営する寄宿学校に入学する。
そこでは他にも王国に仕える騎士や魔法使いになりたい少年少女が通っていて、彼らと一緒に勉学に励みつつ、聖女に相応しい力や知恵を身に着ける試練を受けなきゃいけないらしい。
などと、私がこれからの人生について思いを馳せながら入学式を受けたその日、事件は起きた。
「謝り給え、君! 聖女さまに無礼を働くなど万死に値する!」
入学早々いくつかのグループに分かれていく中で、私たち聖女候補生はやっぱり注目の的だ。
中でも候補生の中で最も格の高い聖獣を持っているとみなされたカフ・ハービンジャー嬢は伯爵家の一人娘ということで、既に取り巻きが出来て結構な勢力になっている。
そんなハービンジャー嬢の前に立ちふさがる一人の女の子がいた。
「何度でも言ってやるわ。聖女候補だか何だか知らないけど、往来を塊になられちゃ迷惑だって言ってるのよ」
「貴様、移民貴族の分際で生意気な!」
ほう、彼女は移民、つまり外国から来た一族の子なのか。と、騒ぎの端で私は見ていた。
いきり立つ取り巻きを前にハービンジャー嬢が進み出る。
「およしなさい。……あなた、名前は?」
「わたしはロコ。ロコ・ジャンガリアン」
「ふむ、ジャンガリアン殿。私は未来の聖女として、そして伯爵家の娘として相応しい振る舞いをしなくてはいけませんの。こうして私を支持して下さる方々も、私にとっては大切な方々ですわ」
「それと広場の出入り口を占有するのとどう関係があるっていうのよ」
「まだお分かりにならないのですね。今日は入学式、私とお知り合いになりたい方々が大勢おりますわ。私はその方々のために、こうして人の出入りの多い場所に身を晒しておかねばなりませんのよ」
わぁ。ハービンジャーの奴、随分ふてぶてしいことを言うな。
っていうかまるで自分が聖女になることが決まってるみたいな言い方だ。
「ま、外国から来られた方には理解できないでしょうけど。ここはあなたが譲るべきよ。ジャンガリアン殿」
「聖女だかなんだかしらないけど、そうやって人の迷惑になる行為を正当化できる性根は余り褒められたものじゃないわね」
ざわわ、と周囲がどよめく。うわぁ、ロコって子、怖いもの知らずだなぁ。
当然そんなことを言ってもハービンジャーは引かないだろう。プライドが高そうだしね。
「ふん。これだから外国から来られた方は困るのよ。この国の聖女という者にはそれだけの力があるの。あなたもこの国で暮らすならそういうものだということを理解なさい」
「さあ、どけ。聖女さまが迷惑されている」
「いやよ! こうなったら意地でもどかないわ!」
ロコさん、すげえ。取り巻き相手に言い放つと、伸ばしてきた手を突っぱねた。
これにカッとなった取り巻きが腰に提げてた短剣に手を掛ける。これはヤバいな。
私は勇んで周囲の囲みから飛び出す。義を見てせざるはなんとやらってね。
「はい、ちょっと待って! これ以上は怪我人が出るよ」
「なんだお前は」
「私は聖女候補生のカザミ・マニーコルド。そこのハービンジャー嬢と同じさ」
というと、取り巻きたちは一斉に大笑いした。
「うわははははは! こ、これは傑作だ!」
「聞いてるぞ! お前、聖獣が、ひ、ひひ、か、カニなんだってな!」
「そんな奴がハービンジャー嬢と、肩を並べようなんて! うわははは!」
うわぁ。相当に馬鹿にされているな。
っていうか、よく見るとハービンジャーの奴もくすくす笑っている。
「く、くふふ。カザミ殿。そういうわけですので、勇気は買いますけど、ジャンガリアン殿とはあまり仲良くなされない方が身のためですわよ」
ハービンジャーはくいっと背を逸らして私に行った。露骨に見下してやがる。
「……だってさ。カザミさん、嬉しいけど巻き込まれないほうがあなたのためよ」
ロコさんは私を気遣ってくれた。嬉しいね。
ならばなおのこと、肩入れしたくなるじゃない。
それにハービンジャーの奴も気に入らないしね。
「さあカニ聖女には引っ込んでもらおうか」
「あんた。カニをバカにしたね」
「はぁ?」
「カニさんをバカにするやつは許さないよ!」
その瞬間、私は自分に宿った聖獣カニさんを呼び出した。
「カニクローを食らいなさい!」
私の腕の動きに合わせて、私の背後に現れたカニさんが動く。
ちょっきん。
カニさんのハサミが振るわれると目の前の取り巻き生徒の服が切り裂かれ、地面に亀裂が走った。
「うわぁっ!!?」
「まだまだいくよ! カニクロー!」
ちょっきん。ちょっきん。
私とロコさんを囲もうとしていた生徒たちを、カニさんのハサミで挟み切っていく。
カニさんは優しい聖獣だから、服だけ切って体には傷をつけないのだ。
「ひえぇ!」
「お、お化けガニだぁ!」
取り巻きが半裸を晒しながら悲鳴を上げて逃げていった。明日からいい笑いものだね。
「あ、あなた……」
「大丈夫? ジャンガリアンさん」
「う、うん。……ありがとう」
眼の大きいロコ・ジャンガリアンさんが私に微笑んだ。可愛い。
一方、さっきまで自分を持ち上げてくれていた取り巻き連中を失ったハービンジャーは顔を真っ赤にして目を吊り上げていた。
「……カザミ・マニーコルド!」
怒声と共にハービンジャーの身体から噴き出るパワーから、巨大な角を持った牛のビジョンが現れた。
「よくも私に恥をかかせてくれたわね! 木っ端騎士の家柄の分際で!」
「ふんだ。まだ聖女になったわけでもないのに偉そうにしてるからばちが当たるんだよ」
「うるさいわね! 私が聖女になるのよ! ここでどっちが上か分からせてやるわ!」
ハービンジャーの牡牛聖獣が地面を抉りながら私に向かって突進してくる。
「食らいなさい。グレートホーン!」
「きゃあ!」
私の背でロコさんが悲鳴を上げた。
でも大丈夫。
だってカニさんは最強だから!
「えい! カニバリアー!」
それまでハサミを振り上げていたカニさん聖獣は、私の前でくるりと器用に背中を向けた。
カニさんの分厚くて大きな甲羅に、がしん! と牡牛の角がぶつかる。
空気の震えが衝撃になって地面に刻まれて、立ち上がった砂埃が晴れる。
「……そんな」
驚きの声を上げたハービンジャー。
そこでは彼女の牡牛聖獣が懸命に頭をぶつけても、びくともしない私のカニさん聖獣がいた。
「今度はこっちの番だよ。覚悟はいいねハービンジャー」
静かに宣言する。あいつの顔が引きつった。
「カニクロー!」
「きゃ!」
奴のドレスが引き裂かれる。
「カニクロー!」
「いやー!」
奴の聖獣が引き裂かれる。
「カニカニカニカニカニカニカニ、カニクロー!」
「ぎゃーーー!」
無限に繰り出されるカニのハサミで聖獣もろともハービンジャーはズタズタに切り裂かれて吹き飛んだ。
「ぐへぇ!」
「見たか! カニの素晴らしさ!」
地面に頽れたハービンジャーは、
「く……今に見てなさい。今日の事を後悔するといいわ! カザミ・マニーコルド!」
と、捨て台詞を残して逃げていった。
さて、後には腰を抜かしてへたり込んでいるロコさんがいる。
「大丈夫? 立てる?」
「え、ええ……すごいわ。これが聖獣なのね」
「ふふ。そうさ。私のカニさんはすごいのよ。……あ、そうだ」
私はカニさん聖獣の脚を取り、ポキッと取った。
「えぇ!? と、取れた!?」
「大丈夫。カニさんの脚はすぐに生えてくるの」
私は手慣れた手つきでカニ脚を剥く。
「さあ、私のカニ脚をお食べよ」
ぎょっとするロコさんは、恐る恐るカニの剥き身に口を付けた。
「……美味しい。美味しいわ!」
「ふふふ。そうでしょうそうでしょう」
夢中でカニ脚を食べるロコさん。
カニを美味しく食べられる人に悪い人はいないのだ。
こうして私の聖女候補生としての生活が始まった。
この後ロコさんと仲良くなったり。
他の聖女候補生と戦ったり、
歴代の聖女たちや悪に落ちた聖女たちと出会ったり戦ったりするのだが、
それはまた、別の話。