プリンと牛乳と計量カップ
「全然固まらないっ!なんでっ!」
娘の叫び声。深い眠りから現実に引き戻される。
うるさい。母は疲れているのだ。体が重くて動けないし、全てが耳障り。
娘の怒りの声は止まないけれど、目をつむる。と、眠りに入る前のことを思い出した。
──彼女はプリンを作ると言っていたな。
私が仕事から帰りソファに倒れこむまでのわずかな間に、娘はその許可を求めに来たのだった。
小学5年の娘は何度か一人でプリンを作ったことがある。
『勝手にどうぞ。ママは寝るけど』
私はそんな返事をして、ソファに横になったのだった。
しばらくの間ぼんやりと、キッチンで苦闘している娘の様子を聞いていた。どういう思考をしているのか、固まらなかったプリンを冷水につけている。
アホだ。プリンは卵の性質で固まるのだよ。だから温めて作るんだ。それなのに何故冷やそうと思ったんだ。それとも親としては工夫したことを褒めるべきなのだろうか。
ため息をひとつ吐く。
だるい体にむち打ち起き上がる。キッチンに入るとすぐにボールに入ったプリン液に目がいった。どう見ても色が薄い。
「これ。牛乳が多いんじゃないの?」
「そうなのかな」と娘。
「何を見て作ったの?」
これ、と彼女が出してきたのは、娘が小さいときに私が買った、レンチンで作れる簡単デザートの本だった。
彼女が示したプリンレシピの牛乳の量はカップ1/2。
ボールにはどう見てもそれ以上が入っている。
そしてボールのとなりに置いてあるのは、私がいつも使っている500ml入る計量カップ。
「娘よ。このカップに牛乳をどれだけ入れたのかね」
「ここ!」と彼女が指さしたのは、300mlのラインだった。
いや、半分じゃないじゃん!
小5よ、1/2も分からないのかい!
娘のアホさに気が遠のく。
「あ、これ1と1/2だった!」
そんな声に逝きかけていた意識が踏みとどまった。計量カップを見たら、確かにその表示があった。
良かった。アホなことには変わらないけど、良かった。
ほっとした私は卵を2つ追加しなさいと命じて、ソファに帰った。
しばらくしてレンジがチンする音がした。
「固まった!」
と喜ぶ声。これで私は安心してぐうたらできる……。
◇◇
ひと休み時間を終えて再びキッチンに行くと、そこには食べかけのプリンが放置されていた。
「作ったのに食べないのかい!」
呆れながらラップをして冷蔵庫にしまう。
それから気づいた。
「あ。砂糖も追加しなきゃいけなかった」
アホウは母もだった。