光魔討伐
ギルドを出た二人は遅めの昼食を食べ、まるでもう一度薬草収集をするような足取りで洞窟に向かっていた。
「この辺ってこんなに草が生えてたっけ?」
「ううん、生えてなかったよ。これは多分光魔の力が強まっているのかも。これは予想だけど、昔封印した時もこんな感じで草木などの生命力が強まってたんだと思う。だからサラスさんはあの薬草を見て緊急性が分かったんだと思うよ」
そのフウの予想は当たっていた。数分後、洞窟の前に着いた二人は数時間前との景色の違いに愕然とした。緑豊かだったその場所は今では見る影もなく枯れ果てていた。緑が生い茂っていた道の先にこんな景色が広がっているとは誰が思っただろうか。今は未だ洞窟の周りの数メートル程だけだが、時が経てばもっと広がるだろうとレインは固唾を飲んだ。
「一応結界張ってて良かったのかな?こんな力はサラスさんの話にはなかったし、癒しの力は完全には抑えれてないけど」
「フウ結界なんて張ったの?いつの間に?」
「ここから離れる時にこっそりね。ちなみに、町の近くにも張ったよ」
「すごいな・・・」
レインはフウのその離れ業にそう返す事しか出来なかった。同時にそれでこの範囲だけが枯れ果てているのかと納得もした。
二人は未知の力に警戒しつつ結界に足を踏み入れ洞窟の中に入った。フウが張った対魔対物シールドのおかげで特に何も身体に異変は感じられないが、シールドの外の危険性は洞窟の中に動植物がいないことを見れば明白だった。二人は警戒を怠らず一歩ずつ慎重に歩を進めて行った。
サラスは代表者を集め対策を練っていた。大まかにすると意見は三つに分かれていた。
・不完全な今のうちに倒すか再封印をすればいいと武力蜂起する派
・伝説のパーティーですら封印で精一杯だったならば逃げるべきと唱える派
・カスト達が何とかしてくれるだろうから何もしなくても良いと思っている派
中にはどうしてそんな凶悪な魔物がいる事を教えてくれなかったんだと、サラスを責める者もいた。サラスはいらぬ不安を与えぬようにと光魔の事は黙っていたが、それが結局揉めるもとになるとはと悔いていた。勿論、予め言っていた所で言い争いが起こらないとは限らないが「知っていた」のか「知ってばかり」なのかでは、火急の事態では対策についての判断のしようがなかった。
平行線のまま議論が続いて2時間ほどが経った頃、現状の説明をしてから沈黙を保ってきたサラスが口を開く。
「いいか?」
そう右手を挙げた。その言葉にその場にいる全員は静かにサラスに目を向ける。
「先ず、今は討伐隊と称し戦えるものを集めている事は皆も承知の事だろう。だが、はっきり言ってこれは光魔には囮にすらならない。なぜなら奴の攻撃範囲は説明した通り辺り一帯に及ぶからだ。これは並みの魔法使いでは防げない程の強力な力だ。では何故戦えるものを集めたか、それは森から逃げてくるであろう魔物達を町に入れぬ様に食い止めて欲しいからだ。そして応援要請しているカストさんは先の光魔との戦いで力が半分以下に落ち、冒険者を辞めて20年ほど経っているから討伐は無理だろう」
その言葉に誰かの唾を飲む音が聞こえる。
「光魔のもとに向かうのは俺とカストさん、そしてミトさんの三人だ。恐らくカストさん達も勝てないことは分かっているだろう。だから俺たちは文字通り命がけで光魔の封印を強化しに行く。(次は俺がやります。あの日俺に力があれば師匠が力を失う事なんてなかったんだ。師匠。こんな恩返しは嫌いなのは分かってますが、やらせてもらいます)それから、最期になるかもしれないから先に決めとく。次のギルド長はエレミアにする。理由は冒険者の事も分かり、上役にも顔が知られそしてこの町では俺の次に強いからな」
サラスはそうエレミアを見て笑いかけた。
「何を言っているんです。私はまだまだあなたに教えてもらわないといけないことがたくさんあるんですよ?絶対にやりませんから」
怒った表情でそう言うエレミアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「大丈夫だ。俺がギルド長になった時は何をしたらいいか分からず毎日てんやわんやだったぞ」
「しかし!」
「大丈夫だ。お前なら出来るさ」
サラスは柔らかい笑顔を浮かべエレミアの頭に手を置いた。
「っ。わかり・・ました・・・」
「いい子だ。さて、この案に異論はあるか?」
決死の覚悟をした男の言葉に、皆は沈黙という肯定で返した。
どんどんどん。と忙しなく扉を叩く音にミトは小走りで玄関に向かい「はーい」と返事をし扉を開けた。
「突然の訪問失礼いたします。こちらはカスト様のご自宅でよろしかったでしょうか?」
そう息を切らせながら青年は言った。近くには青年が乗ってきたであろう馬が息を切らせながら座り込んでいるのが見えた。
「ええ。カストは夫ですが、どちら様でしょう?」
「申し遅れました!私、アイネー村のギルドから参りましたサクと申します。ギルド長であるサラスより伝言を預かっております。光魔復活の兆しあり、至急応援願う。との事です」
その言葉を聞いたミトは「少々お待ちください」と扉を閉め走る音が聞こえた。
数分後、サクの前に現れたのは冒険者に憧れた者なら誰でも知っている英雄たちの姿だった。
「伝令ご苦労。早速向かおうか」
カストはそう言い、サクとその馬に手を当てた。そのカストの背中にミトが手を当てると景色が変わり、サクにとって見慣れた景色があった。そこはギルドの裏にある広場だった。
「ほんと魔道具は便利ねえ」
とミトとカストは当てていた手を離し眼前に立つ者を見た。
「お久しぶりです師匠。再会がこんな形になり申し訳ありません・・・」
サラスは10年ぶりの再会による嬉しさよりも、冒険者を引退した二人を死地に向かわせることになったことに対する後ろめたさに悲痛の表情を浮かべた。
「息災か?」
「おかげさまで。その、師匠はお体の方は?」
「さすがに少しは衰えたがまだまだお前には負けるつもりはないぞ。まぁ、最近一番下の子が出て行ってからは少し寂しくはあるけどな」
カストはそう笑いながら言った。
(まだまだうちのギルドの冒険者よりも遥かに強いサラスさんよりも衰えても負けないとか、英雄と呼ばれる人は格が違うんだなあ)
サクはそんな事を思いながらサラスを見た。サラスは変わらず悲痛な表情で一言「そうですか」と答えた。
「まだあの時の事を気にしているのか?お互い無事だったんだから良いじゃないか」
カストは笑いながらそう言ったが、一拍置き真剣な表情になりサラスに問う。
「雑談はここまでにして、状況と発覚してからの時間経過は?」
レイン達が洞窟に入って二時間が経っていた。
「また行き止まりか。フウ、何か分かる?」
「見たり触れたりした相手になら探知魔法で大体の位置は分かるんだけど、ごめんね」
「それはしょうがないよ」
レイン達は洞窟に入って何度目かの行き止まりに立ち往生していた。
「この奥に光魔がいると思うんだけどなあ」
「レイン分かるの?私にはこれだけ魔力が充満してたらはっきり分からないのに」
「分かるというか、この先を囲むようにずっと行き止まりが出来てるからそうなのかなと思って」
「結構歩いたし、結構曲がったよね?どうして分かるの?」
「どうしてって、一度通った道って頭に浮かばない?」
さも当然の事のようにそう言うレインにフウは驚きを隠せなかった。
「普通は浮かばないよ。浮かぶなら迷子になんてならないでしょ?」
「あぁ、確かに言われてみればそうだね」
「レインって魔法使えないんだよね?どうしてマッピングの魔法が使えるの?」
「顔が近いって。なんでと言われても、自覚がないからなぁ。そもそもこれは魔法なの?無能力って言われたのに?」
近づくフウを離しレインは言った。
「・・・洞窟の地図を思い浮かべながら私の手を握ってみて」
フウは少し考えそう言ってレインに手を伸ばした。フウの言葉に従い手を握ったレインの掌からフウは魔力を感じ取れたので、フウはそれをレインに伝えた。
「魔力?俺が?・・・そか」
「レイン?」
考え込むような表情のレインを見て、思わずフウは顔を覗き込み名前を呼んだ」
「ん?大丈夫。なんで突然使えるようになったんだろうって考えてただけだよ。心配してくれてありがとうフウ」
とレインは笑顔でフウの頭を撫でた。
「えへへ。それじゃあ、光魔の許に行くにはこの壁を壊すしかないって事なのかな?」
「そうなるけど出来るの?」
「やってみないと分からないけど多分ね。ちょっと離れてレイン」
レインが距離を取ったのを確認すると、フウは自身と壁の間に結界を張りニードルと言うとそこから石槍がいくつも現れ、壁を貫いた。石槍と結界が消えるとそこには大きな穴が開いていた。
「すごいなフウ。でも、結界を張るなら俺が距離を取る必要はなかったんじゃないか?」
「反魔法とかトラップが仕掛けられてるかもしれないし、なにがあるか分からなかったからね。念には念をってね」
そうウィンクをしてフウは言った。
中は天井から一条の光が差し込んでるだけで薄暗かったが、光が差すそこには強い魔力を持つ何者かがいた。フウは小さな炎を作り出し、その部屋を囲むように壁際に配置し中空にも配置した。円形のその部屋の中央には手枷と足枷を付けられた金髪の少女がいた。両手は頭上に真っすぐと伸ばされ項垂れていた。
「あれが光魔?」
異形のものを想像していたレインは少女の姿に驚きを隠せないでいた。
「あれだけの魔力を内包しているんだもん。間違いないわ。見た目に騙されないように慎重に行きましょう」
二人は周囲に気を配りつつ少女に近づいた。レイン達の気配を感じた少女はゆっくりと頭を上げ、レインを見た途端涙を流し助けを求めてきた。
アイネーの町は不思議と静かでいつもと変わらず緩やかな空気が流れていた。普段と違うことを挙げるなら、活気に溢れていた町中の店は殆ど閉まり人通りも少なく、町の周りを屈強な冒険者たちが囲んでいた。カスト、ミト、サラスの三人はその雰囲気に異変を感じながらも洞窟に向かった。歩き出して暫くすると三人は魔力が通過する感覚を感じられた。
「結界?こんな広範囲にいったい誰が」
ミトが驚くのも無理はなく、結界はアイネーの町を中心に半径一キロ程を覆っていたのだ。これは魔法が得意なミトでさえ容易ではなく、町中にそれらしき人物がいなかったことから恐らく術者は結界を張って数時間は経ち、しかも触媒もなく離れていても持続させれるほどの使い手だと推測された。
通常結界というのは、術者に近いほど効力は増し離れる際は魔力を有した触媒を使うか魔方陣を使うかになるのだ。だがこの結界はそれらに当てはまらず単純に張っただけのものが効力も落とさずに存在し続けている事が現代の魔法ではありえないのだ。
ミトが考えていると目の前の草木が揺れ、大きな猪型の魔物が現れたが魔物は三人に目もくれず通り過ぎようとしたが、サラスはそれを許さず横薙ぎし真っ二つにした。
「なんでこの魔物がこんな町の近くに現れるんだ」
とサラスは納刀した。切られた魔物の体は勢いのままに結界にぶつかったが、その瞬間魔物の体は跡形もなく消えた。それを見たサラスは驚きのあまり開いた口が塞がらなかったが、後ろの二人は納得のいくようにある人物の名前を出した。
「これはフウちゃんね」
「フウだな」
あの子なら規格外の事をしても不思議じゃないなと二人は笑いながら歩き出した。
「
ちょっ、ちょっと待ってください。お二人はこの結界を張った人物に心当たりがあるのですか?」
「あるぞ。うちで世話してた子でフウと言う。三日前に一番下の子と一緒に旅に出たんだが、結界が張ってるって事は冒険者登録に町に来たんじゃないかな」
こともなげに答えるカストにサラスは点と点が繋がったような感覚に身震いし、カストに聞いた。
「あの、お子さんの名前ってまさかレインって名前じゃないですよね?」
「レインをしているの?あの子は元気だった?ちゃんとご飯食べてるかしら。あぁでも、フウちゃんがいるから大丈夫かもね。それでレインは今どこに?」
「落ち着け、サラスが困っているだろう」
「あっ、ごめんなさい。つい」
「い、いえ大丈夫です。彼らには避難するように伝えたので今は恐らく町の宿にでもいるかと思います。ちなみに光魔の情報をくれた駆け出しの冒険者とは彼の事です」
その言葉にカストとミトは立ち止まった。
「それならあの二人は多分洞窟に向かっているだろうな。大事に至る前に急ぐぞ」
そうカスト達は走り出した。その道中ミトはレインについて話し出した。
「無能力とは聞いてましたが、それであの実力ですか。さすがはお二人のお子さんですね」
「そうでしょ?でもあの子が剣の練習しだしたのはここ数年なの。一応去年にまた才能鑑定したけど、結果は無能力と言われるから私たちはあの子に鑑定じゃ計り知れない剣の才能があるんじゃないかと思っているの」
「親バカもそこまでにしろ。サラス。あの実力ってレインの戦闘を見たのか?」
「いえ、見たわけではありませんが冒険者の適正試験であの丸太を真っ二つにしたとの報告がありまして」
「あれを?切り口はどうだった?」
「それが、試験官曰く一緒に受けた女の子が全て元に戻したと俄かには信じられない報告があったのですが、その試験官が嘘を吐いているとも思えず冒険者になることに問題は無いだろうと話半分に聞いていたのですが」
「そうか、レインがあれをな。とうとう俺に並ぶかレイン」
試験場にあった丸太は来る災厄のために三人で作り出した最高硬度のものだった。ちなみにあれを破壊できるのは過去カストとミトの二人だけである。それでもミトが出来たのは炭化させるのが限界で、カストは全力で切り付けて何とか両断出来るほどだった。
そうこうしていると、洞窟の方からドンと大きな音がし、それと同時に死を運ぶ黒き風が辺りを包んだ。その風に包まれた草木は見る見るうちに枯れ果てていった。
「ミト!」
カストの言葉にミトは自身が張れる最高硬度の対魔シールドを張った。
「ぐっ」
風に包まれた途端、対魔シールドにヒビが走り慌てて重ね掛けをするが、その度に壊されていく。カストとサラスはミトの肩に手を置き魔力の譲渡をするがそれでも壊される時間が遅くなるだけで、辛うじて一枚だけを死守するのが精一杯だった。僅かでも集中力を途切れさせるとたちまち黒き風に飲まれるため三人はその場から動くことも出来なかった。
それから10分ほど経った頃、風は急速に勢力を弱め洞窟の方に収縮していった。ミトがシールドを解除すると同時に三人はその場に倒れ込み息を切らせながら周りを見ると、草木は黒く萎み死に絶えていた。ミトは口元の血を拭い回復薬を飲み立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ええ。そんな事より、あの子たちの方が心配だわ」
目の前に立つカストの言葉にミトはあと少しで全滅しかけたとは思えないぐらいに気丈に振舞った。三人は辺りを見、自身の力の無さに歯噛みしながら走り出した。
(それにしてもこれが光魔の力だとすると、進化している?それとも元から持っている力なのか?どちらにせよ、昔には見れなかった力だ。刺し違えてでも何とかしなければ)
カストはそう決意を固め、レイン達の待つ洞窟に目を向けた。
少女はここから離れるから枷を解いて欲しいとレインに涙ながらに訴えた。レインは枷を解く代わりに話をしようと自己紹介から始めた。
少女はジーンと言った。自分は魔神族でその中でも最弱だった為にいじめられていた事。それが嫌で平和な人間界に来たが、自分の力を制御できず苦しんでいた所を冒険者達に見つかり封印されたことを話した。
「これからは誰もいない所で一人過ごします。お願いですから命だけは助けてください」
ジーンは泣きながらレイン達に土下座をした。レインはジーンの肩に手を置き顔を上げさせた。
「すまない。そして、君の命を取るつもりはないよ。安心してくれそれに敬語もいらない」
「どうして謝るの?」
ジーンには何故自分が謝られるのかが理解できなかった。
「君を封印した冒険者の中には俺の両親が居たんだ。謝ったところでジーンが苦しみ続けた事に変わりはないけれども、それでも謝罪だけはしなきゃいけないと思ったんだ」
「両・・・親・・・?」
ジーンの脳裏に封印された頃の記憶が鮮明に蘇る。まだ人語が話せず一方的に攻撃され、やむなく応戦したら呪いを移されたあの恐怖と痛みが全身の細胞が思い出す。
(やられる前にやれ)
心の奥底から声が聞こえる。
(いやだ!そんなことしたら次は殺されてしまう。それに、レインは私の事を見てくれた。話を聞いてくれた。レインは信用出来る人よ!)
ジーンは声に飲まれそうになるのを精一杯抗った。
(くだらん。そんなだからお前は最弱と呼ばれ、魔神族らしからぬ能力を持って生まれたのだ。だが今は違う!バカな人間どものおかげで死滅の力が手に入ったからな。さあ、とっとと体を委ねろ。私が魔神族とは何たるかを教えてやる)
ジーンは魔神の本能の声に少しずつ飲み込まれていった。
「あっ・・・・だ・・・め・・・」
その瞬間ジーンの首に光る首輪が現れた。それは封印の核とも言うべき枷だった。その枷にヒビが入ったその刹那膨大な魔力の奔流が溢れ出す。レインとフウはその圧力に吹き飛ばされた。
「何この魔力。封印にヒビが入っただけでこれとか、枷が外れたらこの洞窟ごと消し飛ぶんじゃ・・・」
フウは予想を遥かに超える魔力量に圧倒され、二人を包むようにシールドを展開した。その時ジーンの枷が砕け散った。ドンという爆発音と共に部屋は吹き飛び、ジーンを中心に黒き風が周囲に蔓延った。それは洞窟の外にまで広がり辺りを黒く染めた。その力は強大でフウのシールドですら侵食され少しずつ亀裂が走る。その都度フウは重ね掛けをし何とか対処していた。
(だめ、レインを守りながらだと戦えない。仮に一対一でも勝てるかどうかなのに・・・攻めてレインだけでも)
そう思いフウはレインの方を見ると、レインは前に歩き出そうとしていた。
「!?何しているのレイン!だめ!お願い動かないで!私が何とかするから!お願いレイン」
「声が聞こえるんだ。ジーンの助けてって泣いている声が」
「何・・・言っているの?そんなの聞こえないよ。それに、シールドの外に出るなんて自殺行為だよ!」
レインはフウのそばに歩み寄り、フウの頭を優しく撫でた。
「大丈夫。俺は必ずフウの隣に帰って来るから。それに、まだ冒険は始まったばかりだしな」
(あぁ、この目は昔木の棒を持って鍛錬しだした時と同じだ。きっと言っても聞かないんだろうな)
はぁ、とため息を吐きフウは言った。
「言ったら聞かないんだから。約束だからね。必ず帰ってきてね。破ったら許さないんだから!」
言い終わると同時にフウはレインの肩に手を置き唇を重ねた。赤くなった顔を見られないようにレインの胸元を掴み俯いた。レインは突然の事に驚いたが、フウの頭を撫で額に口付けをし笑顔で「行ってくる」と言いシールドの外に足を踏み入れた。
シールドの外はフウの張ってくれたシールドのおかげもあってか、ただの暴風程度にしか感じられなかった。だが、フウの目にはそうは見えなかった。なぜなら、今レインを覆っているシールドはフウが張ったものよりも遥かに強固なものだったからだ。
(どうしてレインが私と同じシールドを張れるの?ううん。同じじゃない私のより数段強い。)
フウの疑問は当然の事だった。フウが使う魔法は今ある魔法とは力を働きかけるところが違うからだ。その違いがフウの強力で多彩な魔法を使える理由だった。そもそも魔法とは精霊等の超自然的存在に交渉しそれらの力を借り発現させる事である。だがフウの時代とは違い今の時代は超自然的存在を感じ取ることが出来る人がいないのだ。それは偏に精霊達が少なくなっている事が原因だった。フウは精霊達と直接交渉しその力の一端を魔法という形で顕現させるが、交渉出来ない現代の魔法使いは周囲の魔素に作用する事しか出来ない為、威力や効果に差があるのだ。そしてフウが数多の属性魔法を扱えるのは、石化中にやってきた精霊達との交渉を数十年以上かけ成功した為である。それをレインが突然使えるようになったことに驚愕した。
レインはやったとの事でジーンの前に着いた。
「ジーン。もう止めるんだ。これ以上は君が持たない。なにより後悔するぞ!」
ジーンは答えない。ジーンの絹のように美しい金髪は闇が塗りつぶした様に漆黒に、透明感のある白い肌は褐色に染まり、サファイアの様な青き双眸は黒く染まりそこからは血の涙が流れていた。
「あ・・・レイ・・・・にげ・・て・・・おねが・・・」
そう泣きながら言葉を紡ぐ姿にレインは危険を顧みず抱きしめた。
「逃げない!俺が君を救ってみせる!ジーン。君はただ人より力が強くて未だ制御が難しいだけだ。俺が、俺達が助けるから!一人になろうとするな!」
「レイ・・・ン」
ジーンは力に抗い震える腕をレインの背中に回した。
「一人は寂しいだろ?俺達と一緒に行こう」
そうレインはジーンの目を真っすぐに見つめた。
その言葉にジーンの姿は元に戻り、辺りを覆っていた黒き風も消え失せ静寂が辺りを包み陽光が二人を照らしていた。そんな二人に近づく足音が一つ。
「レーイーンー?いつまでそうしてるのかなー?」
レインはその声に慌てて振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた魔王と呼べるものが立っていた。
「ふ、フウ。今から離れようと思っていたんだよ。あはは」
「ふーん。その割には随分焦ってない?」
「気のせいだよ」
冷や汗が止まらないレインの背中にジーンが力なく倒れ込んだ。
「だ、大丈夫かジーン?」
「ごめんね。ちょっと力が入んなくて」
そうレインはジーンの肩を支え心配そうに見つめていた。その光景を見てフウは怒りの矛先を収め心配そうにジーンを見たが、フウと目が合ったジーンはいたずらっぽく舌を出したのを見て怒りが再燃した。
「いい加減に離れなさーーい!!」
カスト達が洞窟の前に着くと、中から何者かが出てくるのが見えた。三人は咄嗟に身構えたが、洞窟から出てきたのは息子たちの姿だった。
「レイン!大事はない「レインー!ケガはない?体調は?」
カストが声をかけたのとほぼ同時にミトはレインに駆け寄り、そのまま抱きしめながら言った。
「もう母さん離れて。ケガも何もないよ大丈夫」
「そう。フウちゃんは大丈夫?この子無茶しなかった?」
「大丈夫。少し疲れただけ。レインの無茶はまあそれなりに。でもそのおかげで助かったよ」
「・・・まあ、フウちゃんがそう言うなら良いけど。ところでその子は?」
ミトの視線の先にいるジーンは思わずレインの後ろに隠れてしまった。
「ったく。なんで俺の言葉よりフウの言葉の方が信用があるんだよ。この子はジーン。父さん達がいうところの光魔だよ。」
レインの言葉にカスト達は一斉にジーンを見た。覗き込むように見ていたジーンはレインの後ろに完全に隠れてしまった。
「そんな怖い顔で見るから怯えちゃっただろ。・・・ジーン。この人が俺の父さんでこっちが母さん。で、もう一人の人は近くの村のギルド長のサラスさんだ。」
レインはジーンの視線に合わせ努めて優しくそう言った。
「・・・ジーンです。もう迷惑をかけないから痛いことしないでください」
「君は本当にあの光魔なのか?」
カストは自身が昔戦ったものと姿形が違い過ぎたため、そう返すので精一杯だった。それは他の二人も同じ気持ちだった。
「光魔は、ジーンはもう大丈夫だよ。昔は言葉が分からず、力も制御出来てなかったから突然襲い掛かってきた父さん達から身を守るのに必死だったけど、今は俺とフウが何とかするから大丈夫。だからそんなに警戒しないでくれ、この子だって被害者なんだ」
レインは言葉に詰まるジーンの肩に手を置き、そうカスト達に言った。カスト達はレインとフウの真っすぐな目を見て信じる事にした。何より、自分たちが防御で精一杯で動く事すら出来なかった力の中心で、それを制御出来たという事実が二人に任せるしかない証左とも言えた。
「分かった。・・・俺はレインの父のカストだ。昔はすまなかった。見た目で全てを判断し君を苦しめ、また今回も君を苦しめるところだった。本当にすまない」
「・・・うん。大丈夫私も傷つけちゃってごめんね」
三人が過去の事に対しての謝罪と自己紹介を済ませたところで、レイン達はアイネーの町に戻る事にした。道中レイン達は自分たちが知っている事をカスト達に伝え、カスト達は自分たちが来た経緯と町の情報をレイン達に伝えた。
「そう言えばレイン。あなた魔法使えるようになったりしてない?」
ミトの質問にカストが反応する。
「ばかな。お前だって知っているだろう?レインはお前が教えても全然魔法が出来なかったんだぞ?今更使えるようになるわけ」
「なったよ。少しだけどね、よく分かったね」
「ほらみろ。レインもこう言って・・・すまないレイン、聞き間違えたかもしれない。もう一度言ってくれるか?」
「魔法が使えるようになったって言ったの。ほら」
とレインは小さな火球を掌に作り出した。ミトはそれを見て納得のいく表情を浮かべた。
「やっぱり。魔力が全身に行き渡ってるからそうじゃないかとは思ったけど、絶妙な魔力制御ね。普通なら十年は修行して何とか出来るレベルよそれ。やっぱり先生の愛のおかげかしら?ねえ?フウ先生?」
「実は私もどうしてレインが魔法を使えるようになったのか分からないの。ジーンを助ける時に突然使えるようになったから」
「うそ!?突然使えるようになったとしてもこんな高水準の力を使えるようになれるわけ・・・」
ミトとフウのやり取りを聞いていたレインが思い当たる節があるように呟いた。
「多分あの時なんだよなぁ」
その言葉に二人はレインに詰め寄り問いただした。
「多分だよ?多分フウが張ってくれたシールドから出る時に」
レインがそこまで言ってフウはレインの言葉を遮るように大きな声を出した。
「さぁ、そんな事より早く町に戻ろうよ」
とフウはミトの腕を掴み顔を赤らめながら強引に引っ張っていった。
「レイン。私はこれ以上行けない」
少しするとジーンがレインの服を掴みそう言った
「もしかして結界の事?」
とフウが結界に触れると、結界は霧散した。
「凄い。本当にフウが張ったのか・・・」
その光景にサラスは驚きのあまりそう呟いた。カスト達の言葉を疑っていたわけではないが、自身が知る最強の魔法使いであるミトを上回る使い手がこんなにも若い娘だとは信じられず、フウと言う別人だと思っていたのだ。
「すごいでしょ?今ではフウちゃんの実力は私たちの全盛期でも勝てない程ですもの」
カスト、ミト、サラスの三人は結界の張られていた緑あふれる地に歩を進めた。レイン達は死滅した森を見、いたたまれない気持ちでカスト達に少し遅れて歩き出した。その瞬間、先ほどフウが結界を解いた場所と全く同じ所に黒い結界が張られた。