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エステル城下町

「遅い!一体、何をしていたんだ!」

「梅ちゃん?なんだか顔色が悪いけど大丈夫?」

「え、ええ。少し先生から伺ったお話に、その、びっくりしてしまって」

「先生?もしかして梅ちゃんに変な話してないよね?若い女の子は繊細なの、もっとデリカシーをね…」

「あのなあ、怒ってるのは俺だぞ、リア」

「なんで先生が怒るの」

「お前、シルヴァンと何してた」

「……」


 海野の言葉にリアは押し黙る。リアが無事に執務室に現れてから海野はややほっとしたように息を吐いた。そして父親のごとく問い詰めるものの、案の定リアは相手にしなかった。しかしシルヴァンという名前に動きが固まる。


「べ、別に少し話してただけ…」

「あ、お前それ、通行証!」


 目敏くリアの腕のブレスレットに気がつくと海野は眉を釣り上げる。


「あの野郎、こんなものまで…」

「なんか二日に一度は顔出せって言ってた」

「許すか。月一で十分だ」

「だめよ、そしたら私怒られるの」

「俺が話つけとくから」


 海野は頭痛を堪えるようにこめかみを押す。梅はリアのブレスレットを見て言う。


「通行証ってなんですか?」

「んーなんかこれ移動魔法がかけられているんだって。シルヴァン…って風の精霊らしいんだけど、その人のとこに行けるみたい」

「精霊の国に行ける鍵は通行証と呼ばれていて滅多に手に入らないんだ。それ絶対落としたり無くしたりするなよ、下手したら精霊の国とエステルは戦争になる」

「こわ…」


 気軽に渡してきたシルヴァンが憎い。リアは顔を顰めたくなった。


「あ、そういえばシルヴァンが、あっちにいる時私の呪いを解いてくれたの。戻ってきたら元通りだけど」

「ふむ、あっちは魔女の魔力の干渉を受けにくいからか?」

「なんかそんなようなこと言ってた気がする」

「呪い?リア、呪われているんですか?」


 上目遣いで聞く梅に思わず「ひぇ…かわいい…」と漏らすリア。

「う、うん。私、物心つく前に魔法をかけられたみたいなの」


 リアは自身の頬をつねる、


「ほら、私って表情がないでしょう?声に抑揚もないし。どうやら感情を表に出せないようにさせられてるみたいなの。先生にも解けないくらい強い魔法らしくて」

「そうだったんですね。それは誰にかけられた魔法なのかご存知なんですか?」

「多分、母親じゃないかって先生が」

「お母様?」

「あーと、そのことは街を見ながらでも話そう。リアが来るの遅かったからもう観光の時間があまりない」


 海野は壁の時計を指さす。といっても壁には時計の針が二本刺さっているだけで本体はない。聞けばこれも魔法だそうだ。エステルには電気というものがない。その代わり魔力が生活を支えているようだ。


「一番左の扉が俺の自室。入ってもいいが何もないから特に用はないだろう。その隣がエステル学園に続く扉。で、右から二番目の扉は街に続いている。今から使うのはこの扉だ。ちなみに一番右はエステルの王宮に繋がっている」


 ドアといっても飾りのようなもので、移動魔法がかけられているため、開けば指定されている空間へ瞬間的に移動する。海野の執務室からは四つの場所へ行けるようになっているようだ。


「王宮ってそんな勝手に行っていいところなの?」

「いや、関係者以外は普通王宮には入れない。このドアからは簡単に行けてしまうけどお前たち、勝手に行くなよ?女王は面倒な人なんだ」

「なんでそんな重要な場所のドアがここにあるのよ?」

「え?いや、俺、皇太子だからさ。宰相も兼任してるし王宮には出入り自由だよ」

「皇…太子?」

「海野先生、この国の王子様なんですか?」


 きょとんとした顔で頷く海野にリアと梅は顔を見合わせる。長い付き合いのリアでも知らなかった情報である。


「私、王子様ってもっと線の細い美男子だと思ってた…」


 がっかり、とリアが小さな声でつぶやいた。そんなリアの頭をペシっとはたいて海野は二人を街に続くドアの前へ誘導する。


「ドアにかけられた移動魔法の場合は詠唱はいらないからさっさと通れ」


 海野が開いた扉の向こうは城下町だった。大きな王宮の前に広がった街は赤や黄色の屋根の鮮やかな住宅が広がり、その一階では食べ物や宝石、洋服などの商店になっており人がごった返していた。夕飯時ということもあり、特に賑わっているのは生鮮食品を扱うお店やパン屋、惣菜店などである。人間界とさして変わらない光景だがその中でもこの国では魔法というのは生活に根付いているようで、焼き立てパンはオーブン板に乗ってふわりふわりと飛んでくるし、魚は空中に浮かんだ水の塊の中で泳いでいる。人参や大根などの根菜類が列をなして踊っているが、客が人参を一本買おうとして手を伸ばすと「まだだめっ」という声とともに大根の葉っぱに手を叩かれていた。


「あの人参たちは生きているんですか?」

「いいや、育てるときに精霊の力を借りたんだろう。精霊たちが収穫の時を喜んで悪ふざけしているんだ」

「へえ、この辺に精霊がいるの?」


 リアはキョロキョロと周りを見渡す。


「シルヴァンみたいな上位の精霊じゃないと姿は見えないよ。持っている魔力が少ない魔女は見えない下位の精霊に頼んで魔法を使うんだ。もっとも精霊に好かれないとそれも出来ないのだが。魔力も少なくて精霊にも好かれていないとこの世界では少し生きにくいかもしれんな」

「私と梅ちゃんは魔力あるんだよね?」

「ああ、十分すぎるくらいにあるよ。リアはシルヴァンに好かれているから、風の精霊達はなんでもいうこと聞いてくれるんじゃないか?」

「ふうん」

「リア、半分食べていただけないでしょうか?」

「えっ、いいの?もらう」


 時間がないからと適当にテイクアウトのお店で購入したバケットのサンドイッチを梅は半分ちぎってリアに渡す。梅はトマトとバジルのあっさりとしたものを選んだが、体の小さな梅に大人の一人前は少し多い。


 スパイスのきいた鶏肉のサンドイッチを食べていたリアは神の恵みかのような格好で受け取る。


「梅、それなら俺のスープ飲みな。冷たいのだからそんなに重くないだろう。量もそんなにないから」

「ありがとうございます。でも先生のがなくなってしまいますよ」

「いいよ、俺は夜食も食べるし」

「大丈夫、梅ちゃん。先生って全く食事に興味ないから。その辺の芋そのままあげても満足するような人だから」

「そんなことはないが、まあ最近は食べられればなんでもいいとは思うな」

「先生、食事は大事です。お顔が少しやつれてますし」

「…これは昔からだ」


 テラスで食事をしていると通行人からちらちらと見られていることに気づく。そういえば皇太子なのにこんなところで食事をしていていいのだろうかと梅はチラリと二人を伺うが海野もリアも気にした様子はない。


「食べ終わったのならそろそろ行くか。馬車を手配するから城下町を一周して、その間にこの

国の歴史をざっくり話そう」


 海野は街からやや離れた人通りの少ない倉庫のような建物に入った。そこには色々な装飾をされた馬車がずらりと並んでいた。が、馬は一頭としていなかった。首を傾げる梅の横でリアは声を張り上げる。


「梅ちゃんが乗るんだから、一番上等なものにしてよね、先生。あと、馬は白馬で」

「あのなあ…」


 海野はうんざりしながら店主を呼んだ。奥から白髪混じりで小柄な初老の男性が出てくる。


「なんと、レオ様ではありませんか」


 目を溢れそうな程見開いた店主はささ、と応接室へと三人を招いた。海野にだけやけにヘコヘコした態度をとっては、自分と梅には訝しげな視線を送る店主にリアはムッとする。


「それでそれで、どんなご用件で?あ、もしやいつもと時期は違いますが、エステル学園の遠足ですかな?あれは秋だったと思っておりましたが…いや準備ならお任せください、レオ様の頼みでしたら、もう、すぐにでも」

「いや、違う、すまないが小一時間馬車を使いたいだけなんだ」

「…はあ…それは嬉しいですが、レオ様が馬車を?王宮に立派な物がありますでしょうに」

「ああ、この子達は城下町が初めてだから、馬車に乗りながらのんびりと街を見られたらいいなと思ってな。目立ちたくはないんだ」

「なるほど、そうでしたか。しかし城下町を見たことがないとは…」


 やや侮蔑の色を含んだ目で二人を見る店主。城下町どころかこの国に来たのでさえついさっきのことなのだが、それを海野が話さないのだから無駄なことは言うまいと流す梅に対してリアは内心憤慨していた。梅ちゃんになんて態度を取るのだ、このジジイは!と心の中で毒づくのである。


 店主の計らいでとても豪華な馬車を勧められた海野はそれを断って、そこそこ大きくて、しかし華美すぎないものを用意してもらった。


「イオク・イザベラ」


 海野が呟くと地面に魔法陣が浮かび上がる。


「レオ様、お久しぶりでございますね。イザベラのこと、忘れてしまったのかと思いましたわ」

 魔法陣から現れたのは真白な髪と肌をもつ美人であった。


「悪かったよ、イザベラ。忙しかったんだ」

「もう、レオ様はいつもそれだわ。今日なんて変なメスが二匹もいるし」


 ふん、とイザベラは鼻を鳴らす。そんなイザベラに店主はそろりと近づく。


「い、イザベラ様ではありませんか!式典以外でお姿を見られるなんて光栄でございます」


 イザベラはさっと海野の背に隠れて店主を睨みつける。


「悪いな、イザベラは人見知りなんだ。今日はどうもありがとう、馬車はいつも通り返送する」


 イザベラの態度に気を悪くした店主だったが、海野に多めに握らされた金貨ににこりと笑った。







 


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