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猟奇的な精霊

 リアは白い光に包まれた瞬間、どこかに引っ張られるような感覚を覚えた。強い風が吹き、思わず目をぎゅっと閉じる。

 

「リア」


 そう呼ばれて目をパチリと開くと目の前にやたら綺麗な顔をした男がいた。青白磁の色をした瞳と髪が印象的だった。肩まで伸びた髪は柔らかくふわふわ靡いている。あまりの優美さに目をチカチカさせているとフッと微笑まれる。


「あなたは、だれ?」

「僕はシルヴァン」

「ふ、ふうん。なんかすごいイケメンだね」


 シルヴァンが嬉しそうにニヤリと笑う。中性的な見た目だが、こうして笑うととても野性味がある。顔ばかりじろじろ見ていたリアは、そういえばと周りを見渡してみる。面食い故、シルヴァンの顔はどれだけ見ても飽きなさそうで困る。


「ここは…空?」


 蒼い背景に所々白い靄がかかっている。雲だろうかとリアは思う。


「そうだね、でもここは人間界でもエステルでもない、君にとっては異世界だよ」

「異世界の、空?」

「そう。ちょっと君と話してみたくて連れ去っちゃった」


 ふふふと笑うシルヴァンはやはり獲物を狙うような、そんな目つきでリアを見る。色の薄い青の目と髪は空の色によく似合う。こんな美形が格好良く笑うのだ。本当ならば恥ずかしくなって顔も赤く染まってしまうのかもしれないが、やはりリアは無表情である。


「なるほど、君の呪いというやつはそれかあ」

「わかるの?」

「うん、今リアの顔全体と、それから声帯かな?それらに魔力が走ったんだ。動きを制限する魔法かなあ」

「やっぱりこれ魔法かけられてるんだ。先生はおそらくって言ってたけど」

「レオもそこまでは感じ取れないだろうね。僕は精霊だからそういうのに敏感なの」

「じゃあシルヴァンはこの魔法解ける?」

「いいや、僕は風の魔法しか使えないからね。無理だ」

「…そしたら私は解ける?」

「うん、多分そのうちね」


 リアはふうと息を吐く。もし出来ないと言われていたら困ってしまうところだった。リアはこの魔法を解くために魔女になったのだから。生まれて100年近く経った。周りに人がいないのはもう嫌なのだ。


「ねえ、リア?僕はその魔法を解くことは出来ないけれど、ここでなら発動しないようにすることは出来るんだ」

「そうなの?」

「言ったろう、ここは君たちの住むところとは違う世界だ。他者の魔力の干渉も少ない。ちょっと風で吹いてやればかかっている魔力は霧散する」

「え、でも、そしたらあなたには私の本当の姿が見られるってこと?」

「そうだ、いいと思わないか?」


 シルヴァンはまたニヤリと笑って指をくるくると回した。足元から竜巻のような突風が起こる。目を細めたリアが見えるのは、シルヴァンの猟奇的な目だけである。出会ってまだ幾ばくも経っていないのにも関わらず、リアはその目に弱かった。


 頬が熱くなるのを感じる。きっと眉はハの字に歪んでいるだろうし、目は潤んでいる。そんな表情など作れたこともないのに自分がどんな顔をしているのか、手にとるようにわかってしまう。


 そんなリアをシルヴァンはニヤニヤと見てくる。


「ちょ、ちょっと!見ないでよ…」


 自分の声が見たことがない色を奏でる。ますます恥ずかしくなってリアは咄嗟に手で顔を隠した。


「いいね、自分だけのものって」


 いい笑顔のシルヴァンが怖い。だが嫌な気持ちはしないのが面食いの辛いところである。


「もう!私エステルに行く途中だったんだから。梅ちゃんも待たせてるし、早く帰して!」

「ふふ、いいよ。でもこれ持っていって?」


 手渡されたのは水色の石のはめこまれたブレスレットである。


「なくさないようにね、これはここに来るための鍵だから。移動魔法を覚えてもこれがないと来れないからね」

「また、私ここに来るの?」


 なんの用事がここにあるのだろうと安直に聞いたがダメだった。シルヴァンの目が冷たくなる。


「また、来てね?」


 圧がすごい。


「そうだなあ、二日に一回くらいは来て欲しいなあ」


 リアはコクコクと赤い顔で必死に頷く。シルヴァンの手がさらりとリアの頬を撫でたからだ。身の危険を感じたリアは頷く他ない。なぜシルヴァンがこんなにも自分に執着するのかさっぱりわからないが、やはり悪い気はしない。面食いは辛い。


「『オグ・シル』って唱えるんだよ。いいね?」

「う、うん」

「じゃあレオのところへ行っておいで。なんだかさっきから怒っているようだから」


 シルヴァンがひらひらと手を振るとリアはまた体が引っ張られる感覚に陥る。ぎゅっと目を閉じた。

 目を開いてみれば目の前には不機嫌そうな先生と不安げな表情を浮かべた梅がいた。


「えーと、遅くなりました」


 声色はいつも通り、一定に低い。


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