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生きる選択

 夜空へ飛んだ日。あの日は月も星も溢れんばかりに輝く夜だった。真っ黒なのはお前だけだと言われているような心地がしてさっさと空へ飛んだ。大丈夫、未練などない。そんな風に思う反面、どうして、という気持ちも捨てきれない。


 どうして私は私に生まれてしまったのだ。どうして私は愛してもらえないのか。落ちていく体に反して涙が数粒空へ舞う。


 風圧が辛くて、目を閉じようとした時、視界に白い影が掠めた。いつの間にかスローモーションのように体が落ちる速度を下げていく。そして白い影がゆっくりと近づいてきて、少女をふんわりと抱きとめた。


 白い影が人間だと認識できる頃には地面に二人でゆっくりと降り立っていた。白のカッターシャツはヨレヨレで、黒のふわふわな髪の毛はあちらこちらに暴走している。ひどく辛そうな顔で少女を見る男は随分と整った顔立ちをしてして、こんな時にも関わらず少女は男の腕の中でドギマギしてしまう。


「君は今、死のうとしたのか」

「え?ええ。そうです」


 男は腕を離し、ポケットからハンカチを取り出して少女に渡した。少女はなぜ渡されるのかわからなかったが、ふと頬を触ると次から次へと雫が落ちてきてびしょびしょに濡れていた。


「もし、私が死なないでくれと、そう言ったら考えを改めてくれるだろうか」


 なぜ見知らぬ男が私に死ぬなと言うのか、少女はまるでわからなかった。しかしそんなことを言ってもらえたのは初めてだった。涙が止まらず流れ落ちる。


「で、でもっ、生きることを望まれていません、必要とっ、されていません!私が私である限り、生きていても、つっ辛いです。もう辛いんです…!」


 少女が泣いている間、男はただただ横で突っ立っていた。一息ついて少女が見上げると、ひたすら困った顔でおろおろしている男が目に入る。涙でいっぱいの目でじっと見つめるとものすごく言葉を選びながら男は話した。


「君が信じるかはわからないが、君は君のまま、別の生き方をすることができる。その生き方が、楽だとか良いものだとか、そういう保証は無い。ただ今と全く違った生き方はできる」

「私が私のまま、別の人生が歩めるということですか?」

「そうだ。もちろん私も出来るだけのことはするつもりだ」


 信用できるのだろうかと不安にもなるが、そもそも今自分は死ぬはずだった身だ。今更何を怖がる必要があるのか。そう思ったら、早かった。


「別の人生を、生きます」


 男はホッとしたように息を吐いた。少女が死ぬことを諦めて安心したようだった。目を細め、口には微笑を浮かべ、男は言った。


「ならば、今日から君は魔女だ。」





 少女、梅は思わず首を傾げる。手のひらに乗っている金属はたった今あの夜の男、海野に渡されたものである。鍵と言われて渡されたが、どう頑張って見ても鍵には見えない。


「先生、何これ?」


 その金属を指でつまんでぶらぶらとさせるのはリアである。ウッと詰まったのは海野だ。


「………へ、下手なんだよ…」


 ガックリと肩を落として項垂れる。この完璧そうに見える男がたまに要領が悪く、そして絵心がないことをリアは知っている。何せリアがうんと小さい頃からの付き合いなのだ。


「こんなのでエステル…だっけ?いけるの?」

「…大丈夫だ。造形魔法が苦手なだけで移動魔法はちゃんとかかってる。あ、もしかしてもっと可愛い感じのものが良かっただろうか…?」


 海野は梅を伺い見る。しょぼくれた顔で見てくるあたり愛嬌があるというか、あざといというか。梅は首を降る。まさか年上の男の人を可愛いと思う日が来るなんて。


「問題なく使えるのでしたら大丈夫です。し、シンプルイズベストって言葉がありますし」

「そ、そうか!じゃあ早速使ってエステルに行こう。それに移動魔法を使えるようになればその鍵がなくともいつでもエステルと人間界を行き来できるからな」

「へえ、そうなんだ。で、どうやって使うのこれ」


 梅はリアと海野を見る。リアの冷たい態度に苦労してそうな海野。しかし二人に信頼関係があってこそのやりとりなのだろう。なんだか娘と父親に見えてくる。梅には父親がいた記憶がないため想像でしかないが、もしこんな父親がいたらいいなと思い始めている。わがままを聞いてもらえて、無償で愛してもらえる。そんな人、魔女になったらできるだろうかと梅はぼんやりと思うのだった。


「いいか、これは単に詠唱さえすれば移動が可能だ。この鍵にはこの教室とエステルの私の執務室を覚えさせているから『オグ・エステル』と唱えれば執務室に行くし、『オグ・ケイカン』と唱えればこの桂柑学校のここに戻って来れる」

「案外簡単だね」

「そうだ。だからまず鍵を前に突き出して『オグ・エステル』と言ってみろ。ついでに鍵には魔力が伝うように意識してみてくれ。魔力は十分に注いであるから足りなくなることはないが、練習の一環としてな」

「ま、魔力が伝うように…ですか?」

「あの、梅ちゃん?あ、あのね、先生って魔女の中でもかなり優秀な方らしくてね。その、教え方が感覚論なの。だから先生に何か聞こうとしちゃだめ。先生に聞いていいのは数学だけ」


 急な魔力という言葉に混乱した梅に諭すように言うリアは遠い目をしていた。横で海野がショックを受けているが、もはやいつも通りと言っていいだろう。ちなみに海野は数学教師だ。


「あのね、なんとなくなんだけれど、私魔力操作は出来るの。突き出した鍵の先に魔力を送りたいなら全身から腕に魔力を送ってから手に集中させると効率がいいよ。最初から手に集中させようとすると上手くまとまらなくて。そうだなあ、まずは腕が温かくなるって想像してみて?」


 そう言ってリアは直立して目を閉じた。梅も真似をして立ってみる。目を閉じて腕に意識を集中させる。温かくなるように、そう祈って1分ほど経った。


「リア、私出来ないみたいです。」

「そ、そんな一日で出来るものではないから。…私の腕触ってみる?」


 リアと呼ばれたことに舞い上がってリアは手を差し出す。恐る恐るといった風に梅はリアの手を両手で触る。皮膚に触れる前から何か靄のようなものを感じ、それは腕全体に漂っている。


「これが、多分魔力。ねえ、今から手に移動させてみるから腕と手両方触っててみて?」


 梅は言われた通り右手でリアの右手を握り、左手で右腕を掴んだ。梅の前で失敗なんかできるかとリアは目をかっ開いて集中する。


「あ!腕から手に移動してますわ!」


 目を丸くさせる梅をみてリアは成功を確信した。


「イメージ出来ればきっと早いと思うの。梅ちゃんは私と同じくらい魔力があるらしいから、すぐ出来る様になると思う。」

「本当?それは嬉しいです。教えてくださってありがとうございます」


 にこにこと笑う梅を見てリアも嬉しくなる。もちろん表情は全く変わっていないのだが。


「じゃあそんなもんにしてさっさとエステルに行くぞ。観光もゆっくりしたいだろうし」


 二人は海野に頷いてゆっくりと息を吐く。そしてたくさん息を吸い込んで鍵を前に突き出して、言った。


『オグ・エステル』


 唱えた瞬間、リアの腕から手に靄のような魔力が移動する。梅の体からは何も発さず、しかし鍵がオーラのような光を纏った。リアの鍵も光を帯び、二人は白い空間へ包まれていく。

 それを見守った海野はふうと息を吐いて、「オグ・エステル」とつぶやく。海野の足元には魔法陣が広がり光を放った。海野の体がキラキラと光って消えていった。

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