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黒い魔女は笑わない

 魔女は目を瞠った。


 そこにいるのは柔らかそうな白銀の髪をふわふわとなびかせ、若葉色の大きな目を細め、微笑みを浮かべた少女である。


 少女は鈴を転がすような声で言う。


「皆さん、初めまして。佐藤梅と申します。親の転勤の都合で今日からこちらでお世話になります。皆さんと同じクラスになれたこと、とても嬉しく思います。よろしくお願いしますね。」


 季節は夏。梅という少女は暑さなど感じさせないような涼やかな佇まいで話す。クラス中の生徒が梅に釘付けであったが、梅はそんな熱い視線さえ当たり前であるかのように受け止めている。


 魔女も梅に熱視線をむける1人であった。


 梅の身長は100センチほどと小柄だ。腰まで下ろした異国風の色の癖毛に、これまた異国風の色の瞳。パッと見ればフランス人形のようである。が、皆が注目するのはその風貌のせいだけではない。


 ここは都内の高校だ。梅が今日から所属するのは一年A組。クラスメイトは皆15歳や16歳なのだ。


 しかし、梅のその背丈や顔立ちはどう見ても小学生以下なのである。


 ただ、魔女だけは、別の理由で梅を見つめていた。




 魔女は可愛いものが好きだった。梅は今まで見た人間の中で一番可愛いと思えたのだ。大きな瞳に小さな鼻。ぷっくりとした唇は赤く、肌は雪のように白く透明感がある。そして魔女の腕にすっぽり収まりそうなサイズ感も庇護欲を掻き立てられるのだった。


(膝に乗せて髪を結ってあげたい…)


 そんなことを魔女が思っているなど周りは知らない。転入生が来ようともいつも通り仏頂面でいる魔女を「まあそうだろうな」と周りは思っている。


 この魔女、生まれてこの方一度も笑ったことがないのである。赤ん坊の頃のことなど記憶にないが、物心ついた頃には自らの表情筋が呪われたように固まって動かないことに気付いていた。そんな魔女のことをクラスメイトは不気味に思って遠ざける。故に魔女はいつも1人であった。



「あの、あなたお名前は?」


 小鳥の囀りのような声が聞こえた。それが自分に向けて発せられたものだと気づいて魔女は心の中で驚く。もちろん顔は無表情のままである。


「黒川、リア…。」


 梅より遥かに低く、しかし凛として大人びたこの声は魔女のものである。リアは狼狽えた様子など見せずに梅を見返した。リアを見る大きな目がゆっくりと瞬きをして、そして弧を描いた。


「黒川さんね?私の席、あなたの隣みたいです。良いですか?」

「え、ええ…。」


 内心ドキドキしながらリアは梅の席の椅子をひいた。梅はにっこり笑って椅子に座る。体が小さいので高校生用の机と椅子は随分大きかったようだ。足はぷらーんと地につかずに揺れ、首の高さまである机から顔だけひょっこり出している。リアはそんな姿が可愛くて仕方ないのだが、そんな風に見られていると気づかれ気持ち悪がられるのは怖いので視線を前に向ける。


 ふと気づくとクラスメイトの数人が梅に声をひそめ話しかけている。


「さ、佐藤さん。あの、黒川さんにはあまり話かけない方がよくて…」

「あら、どうして?」


 声をひそめていたところでリアにはバッチリ聞こえているのだがあえて聞こえないふりをする。一方で梅はクラスメイトの意図をあえて汲まずに普通の声量で問いかける。


「黒川さんは、彼女は魔女なんだ…見たらわかるだろう。黒い髪に黒に目、高い鼻に血色の悪い顔…それに表情を一切変えないんだ。何が起こってもあの顔のまま、何を考えているのやらさっぱりわからない。呪われたってヤツもたくさんいる。だから気をつけて、って言おうと」

「余計なお世話よ」


 梅は冷たい声でクラスメイトの声を遮ると初めて怖い顔をした。


「それでは私もあなたたちからしたら恐怖の対象ですか?もう15歳だけれどこんな見た目よ。日本人の両親から生まれたけれどこんな色よ。どう?怖いでしょう。ああ、そうですね、きっと私も魔女なのだわ」


 ニヤリと笑った梅はそれはそれは美しくて、リアは目が離せなくなった。クラスメイトたちは一瞬ぽかんと呆けたが、次の瞬間には気まずそうにはけていった。リアがそちらを向いていたからかもしれない。


 すぐに授業が始まって梅は凛として前を向く。有耶無耶になってしまったが、今確実にリアは梅にかばってもらったのだ。嬉しくて舞い上がりそうなリアだがやはり顔に出ない。まだお礼も言えていない。焦ったリアは帰りのホームルームが終わるなり、梅に話しかけた。


「さ、佐藤さん。少し良い?」

「黒川さん?ええ、少しでなくとも良いですわ。」


 笑ってくれた梅にホッとしてリアは言う。


「今朝はどうもありがとう。きっとお礼を言うべきだったと思うのに、あの、慣れていなくて、遅くなってごめんなさい。」


 リアが周りから遠ざけられるのには見た目や表情という要素だけではない。話し方の抑揚のなさも原因の一つなのである。真顔で、抑揚もない低い声で話していたところ、話すのが嫌い、もしくは話しかけられたくないと思っているのではないかと周りが勘違いして離れていってしまったのだ。どんなに表情を作ろうとしても、どんな声に色をつけようとしても、リアには出来なかった。もはや友達が出来ないことなど、避けられることなど慣れてしまってはいるが、こんなに可愛い梅を怖がらせるのは不本意である。ドキドキしながら、しどろもどろにお礼を伝えると梅は伏目がちに言う。


「違うんです。私、私情でただ腹が立っただけなの。ほら、こんな見た目でしょう。よくいろんなことを言われるから。それで、あなたが言われていることにもカチンときちゃって」


 逆に迷惑だったかもしれません、と梅は頭を下げた。


 普段人と話すことがないリアはどうしたらいいのかわからず狼狽える。



「お、早速仲良くなったのか?」


 ギクシャクする二人にそう声をかけてきたのは担任の海野だった。ちょっと来い、と海野は二人を人のいない空き教室に呼ぶ。教室に着くなりリアはボソリと言う。


「…先生、私、人付き合いがわからない…」


 肩を落とすリアに海野が困ったように笑う。


「だから普段から人と関われっていってただろ。」

「だって、だってまさかこんなお姫様みたいな子が、一緒にエステル学園に通う子だったなんて…。だったらもっとコミュニケーションについて前々から勉強したのに」

「…お前、佐藤が美人じゃなかったら関わらないつもりだったのか…?」


 引いたように海野が顔を歪める。リアはとてつもなく、面食いなのである。流石に顔で交友関係を決めるほどではないが、顔は良いに越したことはない。


 かくいう海野もかなり整った容貌であった。癖毛の黒髪はいつも綺麗に整えられており、切長の瞳に通った鼻筋、そして薄い唇。目の下の頑固なクマさえなければもっといいのに、とリアは常々海野の顔を見てはため息を吐いていた。そんな様子のリアを見て海野は「それほどまでに俺の外見が気に入らないのか」と思い違いをして毎回落ち込んでいるのだが、リアはそんな海野を見るのも嫌いではなかったので放置である。イケメンの憂い顔は良い。


「あの、もしかして黒川さんは本当に魔女なんですの?」


 首を傾げて聞く梅が可愛くてリアは倒れそうになる。呆れた顔で海野がリアの体を支え、答える。


「そうだ、君と同じ魔女だよ。リアは昔から魔女だという自覚はあったのだが、学園に通うのは君と同じく今日からだ」

「そ、そうなの。私、魔女でリア・ガルシアっていうの。く、黒川って苗字は小さい頃に先生がつけてくれたただの偽名で…出来たら“リア”って呼んで欲しいんだけれど…」

「ただの偽名…」


 少しばかりショックを受ける海野の横で立ち直ったリアはさりげなく己の欲望をぶつける。


「そうでしたのね。ではリアと呼ばせていただきます。それならどうぞ私のことは梅と呼んでください」

「う、梅ちゃん…?」

「これからよろしくお願いしますね。…何せ私、自分が魔女だと知ったのは先週ですの。まだあまり実感がなくて」

「そ、そうなの?先生の話じゃかなり規格外な魔力を持ってるって…」


 まあまあ二人とも、と海野が間に入る。


「まずは一回魔女の住む国を見てみないか?見ながらいろんなことを話そう。リアも人間界にしか住んだことはないから知らないことばかりだろうし、梅なんて尚更だろう」


 梅と呼び捨てした海野を睨むリアの横で梅は目を輝かせた。


「国を見てまわったら、学園に行こう。二人は夜間部だから学園には夕暮れまでに着けばいいからな」

「はい、わかりました。とっても楽しみですわ」

「わ、私も」


 魔女の国にさして興味のないリアだが梅と一緒にいられるのはさぞ眼福だろうと楽しみにしていると海野が目の前に変なものを突き出した。


「これが魔女の国、エステルと人間界をつなぐ鍵だ。二本用意したからそれぞれ受け取ってくれ」

「は、はい」


 これには梅も困惑した。


 何せ目の前の鍵とやらが何回か折り曲げてあるだけのただの金属の棒だったからである。







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