気ままなメイド
次に目が覚めると見慣れぬ天井、それなりにフカフカのベッドをワインレッドの高そうなカーテンが覆う。
ベットから飛び起き、地に足を付けた。傍らにはスリッパらしき物とつい先程まで履いていたシューズが綺麗に陳列されていた。
まだ脳がグワングワンして状況が飲み込めていない。ただ確かな事はこれが現実である事と俺がそこらの阿呆の様に間抜けを演じるつもりが無いということだ。
四畳一間のアパート、フリーターで明日の食費を稼ぐ為に朝から晩まで働く毎日、それがこんな豪邸───いや、城と言うべきが相応しい程の建築物の一室、それも中々に高待遇。知り合いにアラブの石油王や成金の大手社長なんか居ないし、親族は両親共々皆ポックリ逝っている。
死んだと言う記憶も無ければ眠った記憶も無い、バイト帰りに賞味期限ぎりぎりの握り飯を口に咥えながらただ帰路を歩いていた。
仮にこれが夢でもそうで無くても芥センリは今この世界に生きている。
「───お客様」。
呼び声がすぐ真後ろから聞こえる。
センリは借りて来た猫の様にビクつく。つい先程まで確かに無人であった筈の部屋、声の方へ振り返るとそこにはメイドがいた。
説明するまでも無く、メイドと言われれば思い浮かべるありきたりな見た目をしている。
センリはメイドの顔に目をやり次に片手に持ったティーポットに目を落とす。
「お茶は如何ですか?」。
「は……い……」。
メイドばニコッと微笑んだ。
小さなテーブルに案内され、センリ一人が席につく。右斜め後ろで直立不動をかますメイドに席についてくれと頼むも彼女は頑なにそれを拒否した。
後ろから見られるとそわそわして落ち着かないと言うと、「ふぅ」と溜め息を漏らし折れた様に渋々席についた。
メイドの入れた茶をゴクリと飲み干す。乾いた喉が潤し、次に茶菓子を口に放り込んだ。
「突然、申し訳ありません、私はあなたの世話を一任されているフェミニと申します」。
「あぁ、そんなお固くならずに、えっとフェミニさん、聞きたい事が山積みすぎて渋滞起こして困っているんだけども、取り敢えず───ここどこかな?」
「はい、こちらは大陸レディアントが北北東、人都レイザール中央、ベルクリフ城西棟の客間になっております」。
「ちょ、ちょっと待って、なに?分かんない、助詞以外何も分かんないよ」。
「ふふ、そうでしょうね、私も詳しい事はお伝えする事ができません、これから直接王から説明があるでしょう」。
と、茶菓子のクッキーをひょいっと摘み上げ口の中に放り込んだ。
「良いんですか?上の人にどやされますよ」。
「ええ、肩を抜けと仰ったのはお客様ですから」。
そう言って指をぺろりと舐めた。
そのくつろぎっぷりと言えば圧巻のものだ。エナメル質のメイド靴を脱いでは、足を宙にプラプラと、終いには「あ、お茶も頂いて良いですか?」とティーポットの残りのお茶をコップに移し飲み干す始末。
お固くなるなとは言ったもののここまで肩の荷を降ろされるのも如何なものだろうか。
(まぁ、極論話しやすくはなって良いんだけども)
「フェミニさんって結構マイペースですよね、出身地とかって聞いてもいいですか?」。
「そうなんでしょうか?出身地は王国からずっと北に行った所にある名前も無いような村です、デルーカっていう果物が名産なんですよ」。
「へぇ、どんな味がするんですか?」
「甘酸っぱいんですけど、噛めば噛む程辛く成るんです、噛み方によって辛さの種類も変わって……そうそう、例えるならキシャラバが刺したところによって全く別の味わいに成るみたいな」。
「へぇ(なる程一個も分からない)」。
王がいて城があって聞き覚えの無いカタカナだらけ、目が覚めると巨大な修道院、もとい教会。基本的に日本語が共通言語、所々全く知らない単語が散りばめられ、村や大国等大雑把な区分しか無い。
知らない果物、味も謎過ぎる果物、存在その物が謎のキシャラバなるもの。
ここまで状況素材が揃うと疑う気も失せて来る。
ここは────異世界だ。
「あ」。
アホの子の様な声を上げた。記憶を遡る内に自らの醜態がフラッシュバックする。
「あのぉ……俺吐いたよね。、あれ、どうなった?」。
小首を抱えて不思議そうに
「処理しましたよ?私が」。
センリは無言のままに、高そうなカーペットに頭を擦り付けるのだった。