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第四幕「千尋」①

 雨粒が窓を叩く気配を感じ、私はふっと顔を上げヘッドフォンをはずした。夜半から降り続く雨は、少し雨脚を増したようだ。机の隅のデジタル時計は十一時二十五分を表示している。時間が経つのは早いなと思いながら、私は一度大きく伸びをして、首を左右に振ってパキパキ鳴らし、ほうっと一つ深呼吸をする。

 先月行われた全国模擬試験。結果は悪くなかった。っていうか悪くないどころか、はっきり言って良かった。そうなるとまた一つ上を見てしまう。

 スポーツの世界なんかではよく「練習は嘘をつかない」っていうけど、あれは嘘だと思う。ある一定以上の才能や身体能力がある人がする練習は嘘をつかないが、そうでない人は到底敵わない。

 でも勉強はどうだ。やればやるほど成績は伸びる。今の私には、それが楽しくて堪らない。そう「勉強は嘘をつかない」のだ。

 なんてことを考えてると、部屋のドアがノックされた。

「は~い」

 椅子を半回転させて振り返る。一息入れたいと思ってたところだったので、丁度良かったかもしれない。

「ただいま~。酒のツマミに恋バナしに来ました~~。お土産もあるよん」

 私は部屋に顔を出した姉の姿を見て、ガックリと肩を落とした。相変わらずの能天気だな、この姉は。

「鳥ちゃん……」

「ティラミスにする? アフォガードにする? それともパンナコッタ?」

「何それ、新婚さんごっこ?」

「まあもうすぐ新婚さんだけどさ、ウヘヘヘヘ」

 姉の下品な笑いに、私は呆れた感じの半笑いを浮かべて対応する。そう、私はこんな姉が嫌いじゃないのだ。姉は来月に結婚式を控えているので、それで浮かれた感じになってるのかと言えば決してそうではなく、姉は普段からこうなのだ。

「っていうか、結構飲んでるよね?」

「う~ん、生中二杯と、ワイン一瓶空けたくらい?」

「そう可愛く言われても」

「あ、ちょっと待ってて、今紅茶でも淹れてくるから。母さ~ん、こないだもらったウェッジウッド、どこしまったっけ~」

 バタバタ部屋を出ていく姉の背中を見送りながら、ああこんな感じの家の中もあと一ヶ月くらいなのか~って思って、ちょっとだけ寂しさが込み上げてくるのを感じた。



「で? 最近彼氏とはどうなのよ?」

 まあ今日の勉強はこのくらいにしてと思い、姉と深夜のお茶会を始めた私。明日は休みなので、多少夜更かししてもいいかと思った矢先、姉の質問に口に含んだ紅茶でむせる。

「ど、ど、どうって?」

「いや、最近デートとかしてるのかなーって思って」

「デートは、してないかな? いや、お互いそんな時間ないし」

「サッカー部だっけ?」

「うん。あ、でも来週の練習試合は見に行くよ。って言ってもクラスのサッカー好きな女子と一緒だけど」

「それはデートとは言わん!」

 姉は唐突に声を張り上げた。いや、そのくらい私も分かってるから。

 あ、今更だけど家族紹介。私は佐々木千尋ささきちひろ。県立美園台高校の三年生をやってる。ちなみに姉の名前は佐々木美鳥。現在は製薬会社勤務。

父は隣の市の総合病院で勤務医をやってて、本当は独立して将来は息子と一緒に開業医を夢見てたらしいんだけど、生まれてきたのが娘二人だったので、もう一生勤務医でいいやって割り切ってるみたい。

 幼いころ「お前たち二人のどちらかが男だったらなあ」とかいう父の愚痴を聞かされ続けたせいか、姉も私も昔は「大丈夫、私もお医者さんになるー」なんて言ってたみたいだけど、父の仕事内容や勤務時間を見ていたら「これはムリだ」と姉妹して十五歳くらいの頃にあっけなく医者という将来の選択肢を放棄。

 とは言え、私たちは最近の若い女子にしては珍しく父が大好きだったので、医者は諦めたけど姉は薬学部に入り、私は獣医学部を目指している。

 母はまあ、刑事ドラマと二時間枠のミステリーやサスペンスが大好きなノホホン専業主婦。それ以上でもそれ以下でもない。

「デートとかって言うけどさ、お互いそんな暇ないって。高山君は部活で忙しいし、私は予備校行ってるし。たまにお昼ご飯一緒に食べるくらい?」

「え? 昼ご飯すらたまになの?」

「まあウチの学校、同じ三年生でも校舎が違うんだよね」

「ふぅん……」

 私が高山君と交際を始めたのは今年の三月半ば。私たちの間を取り持ってくれた小松君とか、よく一緒につるんでる昔から影の薄い存在の井上君とか、三年生になった時まとめて文系のクラスに行ってしまったのもあるし(顔見知りなので一緒にご飯してもいいんだけど)あと私の在籍する国立理系コースは、まあ女子が四人しかいないこともあって、なんか一人別行動するのも気が引ける。

「連絡は? ちゃんと取ってんの?」

「まあ、それは、ね。寝る前にはちゃんとLINEくらいしてるし」

「どんくらい?」

「う~ん、二、三往復かな?」

「は~~~~……」

 私の言葉に姉は、深く大きな溜息を一つついて、右手で頭を抱えた。

「何? 何? なんかおかしい?」

「いや、おかしいでしょ。それって付き合ってると言える?」

「え? 言えないの?」

「言えるわけないっじゃん! もっとこう、さあ、遊園地行くとか、映画見に行くとかさあ」

 ひょっとしたら私、そういう所に疎いのかもしれない。まず最近まで「男子と交際をする」っていう発想がなかった。まあそういうことは決して今じゃなくてもよかったし、将来的には恋愛、結婚もあるんじゃないかなってボンヤリ考えたこともあったけど、なんだかよく分からないうちに高山君と付き合いを始めたっていうのが現状だったから。ただなんとなく流れに勝手に流されたって感じ。

 実際のところ、高山君は結構カッコいい(と思う。私の主観だけど)。身長は185センチで筋肉質。少し薄めの顔立ちだけど、私の好きな時代劇俳優の面持ちもあって、往年の銀幕スターを支える脇役って感じ。

 でもそこに、恋とか愛とかの感情はなかったように思う。ときどき彼の顔やちょっとした仕草、私の下校時にサッカーの練習をしている彼を見つけて、「眼福眼福」と思っていたに過ぎない。ただそれは学校や予備校や勉強に忙しくしてる私のささやかな娯楽ではあった。そう、誰も知ることのない密かな楽しみだったのだ。

 しかし世の中には、なんとも目聡い人間がいるものだ。

 小松丈彦君。二年の学年末試験が終わったその日、帰宅しようとしていた私に声をかけてきた。

「おう、佐々木。聞きたいことがあるんだけどよ、ちょっといいか?」

「ん? 何?」

 二年当時はクラスメイトだった小松君。クラスのムードメーカーでもあり、男子の中ではかなりの人気者。成績だっていつも上位をキープしているにも関わらず優等生らしいところが全くなく、逆に160センチに満たない身長も相まってか、どちらかというといじられキャラ。私の中では勝手に「目つきの悪いマスコット」として認識されていた。そんなゆるキャラ、たまにいるよね。

 小松君はちょっと左右を確認すると、彼にしては珍しく声のトーンを下げる。

「確認したいことがあるだけなんだけどさ、まあちょっと怒らずに聞いてくれよ」

「え~、何? 私が怒るようなこと?」

「いや、佐々木だったら怒ったりしないと思うし、俺の勘違い、でもないとは思ってんだけど、正直そんなに自信がないからさ」

「珍しいね。小松君のそんな回りくどい言い方」

 私は普段の彼からは想像の出来ない歯切れの悪さがおかしくて、ちょっと笑ってしまっていた。

「おうよ、何せ人の人生がかかってるからな。俺でも少しは慎重になるわ」

 んな、大袈裟な。でも人の人生ってなんだろう。

「あのな佐々木。お前さ、結構大夢のこと見てるよな?」

「ヒロムって?」

「知ってんだろ、高山大夢」

 そうなんだ、高山君ってヒロムって名前だったんだ。接点があまりないから名前までは憶えてなかったわけだけど、全く予想もしていなかった小松君の発言だったので、私は一瞬ポカンとしたと思う。しかしすぐに鼓動が早くなり、あっという間に顔が紅潮していくのをまさに肌で感じたと言っていい。

「い、いや、それは、なんていうか、その……」

「ああ、やっぱりな。良かった、俺の勘違いじゃなくて」

 まともな返事が出来なかった私だけど、小松君はそんな私の慌てぶり、動揺っぷりを見てキチンと納得したようだ。

 ただここからは小松君の勘違いなんだけど、私は別に高山君のことが「好き」とか「惚れている」とかの意図を読まれて動揺したわけじゃなくて。高山君を普段から目で追っていることが他人にバレて恥ずかしくて動揺したわけだ。そこのところだけはハッキリさせておきたい。

「でさ、大夢の奴がお前のこと気になってるみたいなんだよ。で、しばらく前からちょっとお前のこと観察してたらさ、結構大夢のこと見てんじゃん。そこで俺はピーンときたわけよ」

 なるほど、単純に小松君は勝手におせっかいを焼いたわけだ。ただまあ気になってる人に気になってると思ってもらえてるのは決して悪い気はしない。


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