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第二幕「瑞葉」②

 夕方ということもあってか、バイパスはそこそこ混雑していた。今にも泣き出しそうな鈍色の空の下、ヘッドライトの明かりがちらちらと増え始める。

車内では、私には理解できない洋楽が流れ、堤が運転しながら指でリズムをとっていた。

 私はというとスマホを取り出し、ささっと文字を打つ。送信者は二人。一人は井上空生。自分の欲求を優先して美術室の鍵を押し付けたこともあるし、メールくらい送ってやろう。いつも思うのだがソラのヤツ、なんでガラケーなんか使ってるんだ? ホントに高校生か?

もう一人は中川木綿子なかがわゆうこ。通称もめん。一緒に馬鹿騒ぎが出来る一番の親友だ。こちらにはLINE。

 ふふふ、お前たち、羨ましがるがよい。食事が終わったら料理の画像付きでまたメールをしてやろう。

 そんなことを思いつつ、にやにやしながらスマホをポケットに入れたとき、

「着いたぞ」

と、運転席から堤の声が聞こえ、はっと我に返る。

「こ、これは……」

「どうした?」

 助手席から店の外観を見た瞬間、そこには少し引いてしまった自分がいた。

 ちょっと待て。これは立派過ぎやしないか? 石造りの重厚な門、壁は黒の大理石、そこに書かれている店名は金色の明朝体。イタリアンっていう言葉からチープな印象しか持ってなかった私は愕然とした。私の中では『ファミリーレストランに毛が生えた』くらいにしか思ってなかったのに。

「運が良かったな、瑞葉。色々聞いた話だと、なかなか予約も取れないんだってさ。まあ今年開店したばっかだしな」

「よ、よく取れたね……」

 私はまだ、少々の尻込みを隠しきれず、そう返答した。

「タネを明かすとだな、院長先生の奥さんが融通を利かせてくれたのだ。お前は会ったことないかもだけど」

「よ、良かったの?」

「ん? いいんじゃないか? そんなとこはお前が気にすることじゃないさ。じゃ入るぞ、お姫様」

「こ、こら。姫に向かっての物言いには気をつけたまえ」

 精一杯頑張って軽口を叩き、ちょっとキョドり気味の私に対し、堤はドア前でエスコートする。ひょっとしたらこのとき私は右手と右足、左手と左足が同時に出ていたかもしれない。まあそのくらい緊張していたってことだ。

 それからの数分は、何故か私の記憶は欠落している。ただ案内役の人に促されて席に着いたのは確かだ。気がついたときには目の前で堤がメニューノートを広げていた。

「おい、どっちにする?」

「へ?」

 堤の質問でやっと我に返る。

「ガスありか、なしか、どっちにするんだ?」

 ガス? なにそれ、意味が分からない。ガスといえば私の中で、プロパンガスか都市ガスか、おならくらいしか思いつかない。標準語?でいうと「屁」っていうんだっけ?

「えーっとだな、炭酸水か普通のお冷やかってことだ」

 よっぽど私が不思議そうな顔をしていたのだろう。堤が丁寧に、そしてぶっきら棒に説明する。

「じゃあ最初っからそう言ってくれればいいのに。ここは日本なんだからさ」

「でもイタリアンレストランだ」

「郷に入っては郷に従えともいうよね」

「ああもう、ああ言えばこう言う……」

 堤が頭を抱えた。へへ、私の勝ち~~。ただ堤とのくだらないやり取りのおかげで、私の緊張は結構緩んできたようだ。

 そしてとりあえず私は、普通の水を頼む。堤も同じく水を選んだ。たかが二分の一の確率とはいえ、そのチョイスが堤と同じだったというだけで私は嬉しく、軽く口角が上がっていたような気がする。

「コース料理も選べるけど、どうする?」

 そう聞きながら堤は、メニューブックを私に渡してきた。私はそれを受け取りながら、メニューブックってこんなに重かったっけか? などと余計なことを考えつつページを開く。

「ちょ、ちょちょちょっとこれ……」

 私はメニューブックと堤を早い動きで交互に見ることになった。

「ん? どした?」

 堤が爽やかな笑顔を向けてくるが、私はそれどころではない。

『ディナーコース お一人様 一万六千円』

 たった五桁くらいの数字であるにも関わらず、私は何回も0の数を数えなおした。

「た、高すぎだって!」

「そうか?」

「ムリムリムリムリムリ、私くらいの年でこんな贅沢ありえないから!」

 私は完全に腰が引けていた。たまに家族で注文するデリバリーのピザや、友達と街で遊んだときに食べるコストパフォーマンスのいいパスタやリゾット。今日はそのワンランク上くらいの料理が食べられたらいいなあ、くらいの気持ちで来ていた私にとって、あまりにも贅沢が過ぎる。もちろん堤は社会人だし、当然奢ってもらうことは前提なわけだけれども、二人合わせて三万円越えとか、たかが一食にはありえない値段だ。高級イタリアンレストラン、恐ろしすぎる。

 それに、だ。いかにも今日書きました、と言わんばかりの達筆が過ぎるこのメニュー。『寒ブリの炭火焼き リンゴと玉葱のソース 芽キャベツのフライ添え』とか『温かいポテトのティンバッロとキャビア』とか、いったい何の呪文だよ? そりゃあウチでもお茶目なお袋殿が『奈津美の気まぐれランチ』とか『奈津美のおまかせディナー』とか言いながら、よく分からない創作料理がテーブルに並べられることはときどきあるけど、おそらく色々と比べ物にならないことは確かだ。

「と、とりあえず、ピザとパスタがあったら、私はそれでいいよ。いや、むしろそれがいい」

 私がそう主張すると、堤は軽く一つ息をついて、とても残念そうな顔をして見せた。ひょっとして私はワガママなことを言っているのだろうか……。

「分かった」

 堤は渋々ながらうなずいた。

「ならメニューは俺が決めるぞ。食べられないものとかないよな?」

「それはないよ」

 私は内心、ほっと胸をなでおろした。が、それは束の間のことだった。

「じゃあパスタはこの『ワタリガニのスパゲッティ アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ』と『日高村産 完熟シュガートマトたっぷりのポモドーロ』で。ピザはどうするかな? 『マッシュルームのクリーミーソースといろいろなキノコのピッツァ』にしようか」

 はい、まったく意味が分かりません。ただ堤のワードにキャビアとかトリュフとか出てこないのはまだ良かったと思う。

「しかしあれだな。支払いは俺の財布から出るわけだから、普通の女の子なら金額なんか気にせずバンバン好きな料理とか頼んだりするのに、なんかお前はちょっと変だ」

「そりゃあ、ね。将来はいい奥さん目指してるから。ちゃんと財布の紐の固い、ね」

「お前が? いい奥さん? ドジでガサツで粗忽者の、お前が?」

 そう言われると確かにその通りなので、性格については反論のしようもないんだけれど、やっぱりちょっとは言い返したくもなる。

「いやいや、先生の金銭感覚の方がちょっとズレてない? 自分で言うのもなんだけど、高校生の小娘相手に万単位のご飯奢るっておかしくない?」

「ん? そ、そうかな?」

 堤は腕を組んで首をかしげる。そんなちょっとした仕草が私より8、9歳年上なのに可愛いなあとか思ってしまう。

 その後堤がウェイターを呼び、「あとこれは俺が勝手に食べたいやつだから」と言い訳じみた前置きをして、先ほどのメニューに加え『仔羊の炭火ロースト ミルクソース 季節野菜添え』という料理を追加で頼む。まあ頼んでしまったものは仕方ない。私も少しはお裾分けを頂くとしよう。

 それからしばらく、料理が運ばれて来るまで私と堤は他愛もない雑談をして過ごした。堤の方から色々と聞いてくるので、私も話しやすい。

 私の中学時代、バレー部のキャプテンでセッターをしていたこと。高校に入学してからは美術部に入ったこと。夏休みや冬休みは、宅配便の会社で仕分け作業のバイトをしたことなど、私の楽しかったことやちょっとした愚痴を、ときどき合いの手を入れながら、堤は聞き役に回る。これはあとから思ったことだけど、この辺が堤のモテる秘訣なんだろう。

 料理が徐々に運ばれてくると、とりあえず私はスマホを取り出しカメラに収める。またその料理の一皿一皿が、洒落てること洒落てること。もめんに見せてもソラに見せても、きっと羨ましがること間違いなしだ。もちろん後で添付して送りつけてやるつもり。

 本当に今日は朝からウキウキで、堤と会ってからはもっと楽しくて、二人で高級なお店で食事して……。きっと料理も美味しかったんじゃないか、と思う。

 私は今まで二人きりでデートとかしたことなかったし(もめんやソラや丈彦、その他大勢、男女問わず集団で遊んだことは何回かある)今まで彼氏とかいたこともなかったけど、まだ付き合ってもいないのにこれからはきっと堤とデートを重ねることが出来るんだと、その瞬間がくるまで前のめりになっていた。そう、そしてその瞬間は唐突に訪れる。


明けましておめでとうございます。

今年も御贔屓にしていただければ、

草野はとっても喜ぶと思いますよ?w

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