第五幕「大夢」③
その帰り道。タケが蒸し返すように話を振ってきた。
「なあ大夢、佐々木って結構いいと思うぞ」
「は?」
「お前がどう思ってるかはしんないけど、俺はお似合いだと思うんだよ、うん」
タケは電車のドアにもたれながら腕組みをして、勝手に自分で納得しているようだ。
「いやいや、佐々木さんはそりゃ可愛いと思うけどさ、第一まだ話もしたことないし、性格だって分かんないし……」
「まあ、そりゃそうかもしんねえけど」
確かに佐々木さんは可愛い、というかかっこいい。俺視点だけど。ときどきサッカー部の練習を見ている佐々木さんは、なんていうか、「凛とした立ち姿」に思えるのだ。それを見たとき「お、かっこいい女の子だな」なんて目を見張ったものだ。
「だったらこれから知って行こうとか思わん? 最初は見た目で付き合うってのもありだぞ?」
「そういうもん?」
「いや、人それぞれ」
すぐさま自分の言ったことを軽く否定したタケに、俺はガックリと肩を落とした。
今まで女の子と付き合うことは、十八年の人生で一度もない。付き合い方なんか分からない。もちろん「あの子、可愛い」なんて思ったことは何度もあるけど、彼女にしてどうこうとかは、あまり考えたことはなかった。佐々木さんでさえ今にして思うと「気になる女の子」の一人に過ぎなかったのだ。しかもこうした接点が生まれるまで、自覚すらなかったのだが。
「でもまあ、付き合うって言ったって、相手の気持ちもあるしな」
そう、それそれ。やっぱり女の子と付き合うのなら、っていうか世の中の恋人同士はやっぱり相思相愛だから成り立っているんだと勝手に思う。でもそのカップルたちは好き同士になって付き合ったのだろうか、付き合い始めてから好きになっていったのだろうか。そんな疑問をタケに投げかけると
「まあ、それも人それぞれじゃねえかな? 昔はお見合いなんていう企画もあったらしいしよ」
と、そんな話をしながらタケは先に電車を降り別れたのだが、俺としてはこの日の話は世間話というか、ソラの家で話してたことの延長線上にあった、くらいに考えていた。学年末試験が終わるまで、こんな恋愛話は忘れていたし、部活も休みだったこともあって佐々木さんのことを思い出すこともほとんどなかった。
その直後タケから「おい大夢、脈アリみたいだぞ」なんて言われたときなど、何のことかまるで分からず不思議な顔をしていたらしい。
それから俺と佐々木さんは、タケ主導でお見合い的な場を設けられた。学校の近くは目立つだろうということで、「勝手料理・中兵衛」っていうタケの幼馴染みの中川さんの家がやっている定食屋(居酒屋?)に連れて行かれ、タケとソラの立会いの下、めでたく俺と佐々木さんは交際を開始することになったのだ。
それからおよそ二ヶ月。佐々木さんとの交際が順調なのかは、俺にはさっぱり分からない。俺の部活が休みの日の放課後に、ファストフード店で軽くお茶するくらいで、休日のデートらしきものは一度もないし、俺は基本部活があり、佐々木さんは予備校に通ってるらしいので、会う時間も限られている。
「大夢に彼女が出来た」なんて最初の頃は騒いでいたり羨ましがったりしてたサッカー部員たちも、俺と佐々木さんのあまりに薄い交際ぶりに、最近では全く話題に上らなくなってしまっている。まあそれは、俺にとってはいいことなんだけど。
あと佐々木さん。一体俺の何が良くて付き合ってくれているんだろう。「時間が愛を育む」なんて言い回しを聞いたことがあるけど、そもそもの話、二人が共有してる時間が少ない上に、お互い割りと忙しくて、会うことさえもままならない状況の中で、佐々木さんが何を考えているのかも未だ分からない。別れ話とかを切り出されるのならば、それはそれで仕方ない状況だとは思うけど、そんな素振りも一切ない。
佐々木さんは本当に俺を好きでいてくれているのだろうか。俺としてはそれでも少しずつ佐々木さんが好きになっていっている気がするのだが、交際しているにも関わらずひょっとしてそれは一方通行の片思いではないだろうか。
正直佐々木さんとは、今まで深い話はしていない。学校の先生の話とか、俺の部活の話とか、佐々木さんの予備校の話とか。実際俺なんかと付き合ってる理由すら聞いたことがないので、一度真面目な話をしてみたいとは思っている。ただ俺に、そんな話を切り出す勇気があればの話だが。
一時間半ほど勉強をしたところで、俺はスマホの画面を眺めつつ大きく息を吸い、そして吐き出した。タケに背中を押してもらったこともあってか、明日、佐々木さんを誘ってみようと思う。もちろん一番の目的は勉強を教えてもらう体なんだが。勇気を持って覚悟を決めた。
『勉強どう? はかどってる?』
『まあまあかな。高山君は?』
『今日の復習がやっと、かな? それでちょっとお伺いを立てたいんだけど』
『変な言い回しw 何?』
『佐々木さんが良かったらなんだけど、勉強教えて欲しいなあ、なんてダメかな』
『いいよ、でも部活は?』
『ありがと。部活は明日、明後日休みなんだけど、空いてたりする?』
『うん、平気。明日なら大丈夫だよ。場所は?』
『ウチのばあちゃんとチビたちが佐々木さんに会いたいって言うんだけど……』
『じゃ、高山君ちってこと?』
『居候だけどね。いい?』
『OK』
なんてLINEのやり取りが、今までなかったくらい長く続き、午前十一時前にウチの最寄りの駅で待ち合わせすることになった。これもタケの提案の一つ。お前んちなら、絶対変な空気になることないからってことらしい。
その後「おやすみ」を言い合ってから、俺は大きな溜息を天井に吐くと、スマホを机の上に置いた。スマホを握ってた左手には、汗がぐっしょりだ。
LINEだけでこんなに緊張するのに、明日は大丈夫なのだろうか。これで佐々木さんとの距離が少しでも縮まればいいなと思う反面、逆に遠ざかる可能性もないとはいえない。
そして俺は、もう少しだけ世界史の教科書を読み、布団に潜り込んだ。不安と期待が入り混じって、今日ほど寝つきが悪かった日は過去になかったかもしれない。でもそこには、佐々木さんを好きになってきていることを、確信できた夜だった間違いなかった。
現在、確定申告で頭ぐちゃぐちゃなんですけど
現実逃避して書いてました
次は少し、間が空くかもしれません
3月半ばくらいまでにはなんとか・・・
皆様、よろしくです♪