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第五幕「大夢」②

 遅めの夕食を終え、チビたちにせがまれて一緒に風呂に入る。叔父嫁の和花のどかさんは恐縮しきりだったけど、全然問題ない。和花さんはまだ二十六歳で俺とは年が八つしか違わないので、さすがに「叔母さん」と呼ぶには申し訳なく、「和花さん」と呼ばせてもらっている。

 どうでもいい話なのだが、今日は農協の会合だか飲み会だかで不在の俺の叔父さんの名前は令司れいじと言い、年号が平成から令和に代わるときには、「夫婦で令和」ということでマスコミに取り上げられた(と言っても地方局レベルだけど)。報道陣が大挙して押し掛け、なぜか俺にもマイクを向けられ、更に運が悪いことにそれがテレビで放映されてしまった。緊張しすぎて何を喋ったのか全然覚えてないんだけど、後日、タケとソラから、

「お前さ、もっと気の利いたこと喋れよ」

「いやいやそれを求めちゃダメだって。大夢の辞書にアドリブって単語はないんだからさ」

「それもそうか。でもテンパるって言葉はいっぱい載ってそうだな」

「あと挙動不審もね」

 もう酷い言われよう。元々口先で奴らに敵うことは出来ないので、何も反論することは出来なかったのだか、正直これくらい茶化してくれる方が俺にとってはありがたかった。まあ、いい友人たちだと思うことにしよう。

 風呂から上がると、時計の針は八時半を回っていた。風呂上がりのチビたちはもうネムネムだったが、今日はここに泊まるということだから問題ない。俺も多少眠気には襲われてはいたけど、せめて今日の復習くらいはやらなきゃと思い、自室であるプレハブ小屋に帰ろうとした矢先、「今日は週末だからいいよな?」と、よく分からない理屈を祖父から言われ、一局だけということで将棋に付き合わされることになった。結局部屋に戻ることが出来たのは九時半を少し回った頃だった。

 さて勉強、と思ったのだが、ちょっと明日のことを考える。部活が急な休みになったおかげで時間も出来た。ここは一つ、学業優秀な小松丈彦先生に色々とご教授願いたいところだ。タケの奴、口は悪いが教え方が学校の教師より上手い。タケがOKならソラも巻き込んで勉強会と洒落こもう。うん、いいアイデアだ。

 俺は早速スマホを取り出すとタケにLINE。すると、一分経つか経たないかの間に返事が来た。LINEではない。電話でだ。

「おい大夢、お前はバカか」

 第一声がそれかよ。俺のどこがバカなんだ。一応反抗を試みるも、タケは呆れた声が聞こえるだけだった。

「あのさー、お前、チャンスだって思わない?」

「チャンスって何がよ」

「お前も唐変木っていうか朴念仁というか。別に俺らと勉強してもいいけど、今は佐々木がいるだろ。そっちに気を遣えよ。っていうか、こういうところで距離を詰めるチャンスだろ」

 はっとした。そういえばそうだ。完全に失念だ。佐々木さんに頼むのもありだ。いや、その一択しかないくらい。

「まあお前が俺らのこと好きなのも分かるけどよ」

 タケはそう茶化すと、電話の向こうでクククと笑っていた。

「凄いな、タケ。俺にその発想はなかった」

「凄くねえよ。大体お前は彼女持ちっていう自覚ないだろ……」

 そのあとおよそ二十分くらいに渡り、説教という名のアドバイスをもらうことになった。しかしよく女の子に振られている(と言われている)タケの助言を鵜呑みにしていいのかという疑問符はつくが、ないよりはあった方がいいだろう。

「ま、お前のことだから、いきなり押し倒すなんてことはないけどな」

「断言かよ」

「当たり前だ」

 電話を切ると、スマホの画面は丁度十時を映し出していた。ホントにタケの提案はありがたかったと思う。

 俺は美園台高校に入学した時もそうだし、サッカー部のキャプテンを引き受けた時もそう。さらに言えば佐々木さんと付き合うようになれたことなんで最たるもの。俺は誰かに背中を押してもらえないと何も出来ない小心者だ。でも根っこは単純に出来てるようで、誰かの後押しがあれば、すぐに一歩踏み出せる性格のようだ。それがいいのか悪いのかは分からない。でも将来のことだけは、自分の意志で決意したいとは思っている。そりゃまだフラフラはしてるけどさ。

 実際のところ、俺が佐々木さんと付き合えるようになったのは、ほぼほぼタケのおかげである。正直、今年の二月まで佐々木さんの存在なんかほとんど知らなかった。向こうは俺のことを「知っていた」と聞いて驚いたものだ。

 きっかけは俺が選択している世界史の授業で、社会科教室にノートを忘れたことだ。

愚痴になるけど、世界史教師の須田先生は、何せ喋りが早い。授業をするにあたって多少は本人も気にしているらしく、授業開始十分くらいは落ち着いて説明しているのだが、興奮してくると徐々に話が早くなる上、どんだけチョークを使うんだっていうほど黒板に文字を書き殴り、すぐに消しまた書くを繰り返す。マジでノートを取るこっちの身にもなってほしい。しかもノートを取ることに集中しすぎると、肝心な話を聞き逃すという悪循環。こういう授業が須田先生なのだ。

 そんな三時間目の授業が終わり教室移動。次の四時間目で社会科教室での俺の席に座ったのが佐々木さんだったのだ。佐々木さんは俺とタケが仲がいいってことを知っていたらしく、タケ経由でノートは無事俺の手元に帰ってきたのだが、帰宅してノートを開いた瞬間、俺はビックリすることになる。

 ノートの中には女の子らしい感じの達筆で、赤ペンがあちこちに書き加えられていたことだ。「要注意」とか「ここポイント」とか「テストに出る」とか。あと覚えなくてもいいところにもチェックが入っていた。後で佐々木さんから聞いた話だと、須田先生は覚えていたら損はしないかもしれない雑学知識をあちこちに入れてくるので、先生の授業では正しい取捨選択が必要とのこと。全部が全部覚えなくていいんだよ。と、笑いながら教えてくれた。

 まあそういうこともあって、俺は佐々木さんがどういう人か興味が湧いてきた。俺のノートに色々と書き込んだのは、単なる気まぐれではあるだろうとは思ったけど。

 その週末、学年末試験の直前。ソラの家で三人で勉強会をしてる時に、こんなことがあったんだよって、世界史のノートをソラとタケに見せてみた。ま、勉強会って言っても、俺とソラが小松先生に教わるだけなんだけど。

「へえ~~、佐々木もなかなかお茶目だな」

「俺は接点がないからどんな子か知らないんだけどさ、顔とか見りゃ分かるかな?」

「分かると思うぞ。結構個性的な髪型してるし」

「可愛かったりする?」

「そうだな。俺から見たら美人か可愛いかで言うと、六四、いや七三で美人寄りか……」

 俺とタケがそんな会話をしていると、ソラが手をポンッっと叩いた。

「佐々木って佐々木千尋? ちょっと待って」

 ソラは机の引き出しを開けると、一冊の本を出してきた。

「佐々木はと同中だからさ、これ俺らが行ってた緑沢中の卒業アルバム。見てみる?」

 アルバムの中には、まだ幼さを残したおかっぱの少女が微笑んでいた。

「そんなには変わんねーな」

「僕もそう思う」

 俺はその写真を見て、なんとなく見覚えがあった。

「あれ? この子、ときどきサッカー部の練習見てるよ。変わった髪型ってあれだろ、タケ、なんて言うか、このおかっぱの前髪のラインのまま、耳の後ろまで切り揃えてるっていうか……」

「そう、それそれ」

「この子か~。なんでかたまに目が合うんだよな」

「何、大夢、気になるの?」

「そっか~、ついに大夢にも遅い春が」

「ちょっと待ってよタケ、僕たちにはまだ春なんて来てないから」

 俺たちはそんな会話をしながら、その後好きな女性タレントとか軽いエロ話で盛り上がり、更にタケが作ったよく分からない料理を食べ(ピカタって言うらしい)、井上邸を後にした。


珍しく早めの投稿です


いつも読んで下さっている皆様

ありがとうございます

評価などしていただけると、草野は喜ぶかもしれませんw


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