第四幕「千尋」②
正直なところ、高山君は結構シャイな性格で、よく言えば慎重派、悪く言えば優柔不断なところがあるのが実際付き合ってみて分かったのだけれども、私もこんな性格だったし、小松君というおせっかいな媒体がいなければ、絶対に付き合うなんてことはなかっただろう。しかも高山君は私が勝手に愛でているだけの存在だったから、それまで会話したことはなかったし、私としても「どうしよう」ってちょっと悩んだけど、小松君が
「まあちょっと付き合ってみて、合わないようだったら我慢して付き合うこともないと思うし、それは佐々木も大夢も同じだし、気軽な感じで考えてくれよ。もし気まずくなって別れたとしても、あと一年もすりゃ俺たちも卒業だろ? 勝手に疎遠になるだけだ」
なんてこと言うもんだから、前向きに考えるって返事をしてしまった。そして最後にこう付け足した。
「とりあえずなんかあったら俺に言え。大夢の奴、ああ見えて奥手で人見知りだから、まあなんもないと思うけど。でも大夢は俺個人の意見だけどさ、安心安全の優良物件だぜ」
なぜか分からないけど、私は小松君の言うことを信じてみようと思ってしまった。と同時に、世の中は割りと面白いな、とも思っていた。
今の私の近々の目標は勉強していい大学に入ること、そして大学でもキチンと勉強して(少しは時間も出来るだろうからちょっとは遊んで)獣医師になること。決して勉強が嫌いではないし、徐々に上がっていく成績を見ながらニヤニヤするもの好きだけど、高校生活三年間のスパンで考えると、そんなに刺激のある生活とは程遠い。
しかしなんにせよ、人生は経験だ。恋愛なんか割りとどうでもよかった私だけど、勝手に降って湧いたこの話、乗っかってみようと思ってしまったのだ。それで現在に至ってるわけだけど。
「まああんたらしいっちゃあんたらしいんだけど」
姉はパンナコッタを食べ終わったスプーンを机の上に放り投げた。まさしく文字通り匙を投げた格好だ。
「実際どうなるか分かんないしね。まだお試し期間というか、経験値貯めてるところっていうか」
本当に私にとって、姉という存在は大きい。友人同士では出来ないような話もこうやって出来るし(友人たちが私と高山君が付き合ってるっていうことをまだ知らないってこともあるのだけど)やっぱり割りと成功してるっぽい人生の先輩が身近にいるっていうのも有難い。
ただ実際問題、私と高山君がずっと付き合い続けてラブラブな関係になるようなことはあるのだろうか。今は半分成り行きで付き合っているとはいえ、高山君が将来隣にいるというビジョンは全く見えてこない。まだ高山君が興味の対象でしかなく、恋愛感情に発展してないからかもしれないけど。
「ところでさ」
「ん?」
「千尋さ、石野瑞葉ちゃんって知ってる? あんたと同じ学校だと思うんだけど」
姉は唐突に、話を急展開させてきた。突然すぎてもうビックリする。
「まあ知ってるけど。クラスはずっと違うけど、体育の授業とかなら一緒になったことあるかな。運動神経は抜群の喋る機関銃」
「喋る機関銃?」
「そう呼ばれてんの。もう口から生まれてきたのかっていうくらい」
姉は顎に手を当て、天井を少し仰いだ。
「そんな感じじゃなかったけどねえ」
「何急に。石野さんのこと知ってんの?」
「まあ、今日会ってきたからねえ」
今度は私が首を傾げる番だ
「鳥ちゃん?」
「いや、千尋が言うように『喋る機関銃』って言うほどじゃなかったなって思って。けど、悪いことしたかなとも思ってるけどね」
「どういうこと?」
「さっきね、晩ご飯食べて来たわけよ」
「啓佑さんとでしょ?」
「うん、そこに瑞葉ちゃんもいたわけ。っていうか啓佑の奴があまりにも鈍すぎてさ、それで帰りに喧嘩しちゃったわけだけど」
そう言いながら姉は少し不機嫌さを表に出して、紅茶を飲み干した。
啓佑さんっていうのは堤啓佑さんと言って、歯科医師をしてて姉の婚約者。姉は「喧嘩」って言ったけど、おそらく一方的に将来の義兄がやりこめられているだけなのが目に見えるようだ。ああ、可哀そうな啓佑さん……。
どうやら姉は、前々から病院に歯の矯正に来ている石野さんのことを啓佑さんから聞かされていたらしく、その内容っていうのが「面白い奴がいるんだ」とか「昔の美鳥に似ててさ」とか「出来の悪い妹か姪っ子みたいな感じ」とか「矯正治療が終わったらご褒美に飯連れてけって言うんだよ」とかだったので、好奇心旺盛な姉としては、一度会ってみたいと考えたらしい。
「でも会ってすぐ分かっちゃったんだよね。ああ、この娘は啓佑のことが好きなんだなって」
姉は言葉を切って間を置き、アンニュイな表情を浮かべて窓の外を見た。
「でもさ、私はその時その場を繕うことしか出来なかったわけ。鈍感な啓佑の奴がさ、場を読まない不用意な発言をするもんだから。彼女がね、お父さんが迎えに来るから先に帰るって言ったけど、あれはきっと嘘。でも私にはそれを引き留めることは出来なかったよ。瑞葉ちゃんはあの短時間の中でキチンと自分の思いにケジメをつけたと思ったから。だったら私には何も出来ないし、誰であろうと彼女にしてあげられることは何もない。唯一してあげられることがあるんだったら、彼女と同じようにこっちも表面上の演技を続けることだけ」
そう言って姉は私を振り返り、少し淋しそうに笑った。
私にはまだ、恋愛の何たるかは分からない。恋に焦がれるような経験はしたことがないからだ。一応今は高山君と付き合ってるということになってはいるけど、彼が好きかと言われると疑問符がつく。もちろん嫌いであろうはずはないのだが。
「――恋愛って、難しいね」
「ま、簡単ではないかな?」
石野さんの気持ちを推し量ることは私には出来ないけど、何か一つ考えさせられることが増えた夜だったには違いない。
そのとき、机の上に放置されている私のスマホがポロンと鳴った。
しばらく投稿出来ないかもしれません・・・
もし楽しみにして下さる人がいらっしゃるようならすみません
そんな人、いるのかって感じですがw
あと、もし良ければ、評価とかしてもらえると嬉しいです