笑い声が響くところで
あれっと思ったらずるずると下の方へ引っ張られてった。
波打ち際で裸足になって、波が指の間をくすぐるのを楽しんでいたときのことだ。
波が来て、 引いて。
砂が向こうに持ってかれる。足の裏の砂が向こうへ転がっていく。
それを何度も何度も繰り返してたら、急に引っ張られた気がした。
どこへ?
自分の質問に答える人なんていない。一人でここに来ているから。
砂浜に、立っている。
それは事実。しかし同時に不思議な浮遊感が身体中を走り回っていた。
海は変な色をしていた。
青くて爽やかな色になったかと思えば、赤くて情熱に満ちた色になり、まばたきをしたら桃色の幸せそうな色になる。
そんな風にリボルバーを回すように色が変わっていくが、一面が同じ色になることはない。
汚くて、見るのも嫌な、形容しがたい色は、いつもどこかに落ちていた。
ざあざあ。波が来て、帰っていく。
ざあざあ。ざあざあ。ざあざあ。
海の色が変わった。
どこを見渡してもあの汚ならしい色だ。
波の大きさは変わらないが、音は強くなった。うるさいほどに、海は笑う。
何がそんなに面白いのか。
もしかして。
怖くなって足を水から出した。
足にまとわりついた海水が重力に従って、ゆっくりと、靴下が脱げていくみたいに、 落ちていく。
もう片足も、海から出さなきゃ。
そう思って持ち上げようとして、結局出来ずじまい。
海に浸かるのも嫌だったが、出すのは怖かった。
耳をふさいだ。海の笑い声さえ聞こえなければ、問題ないのだ。浸かっていられるのだ。
耳をふさいでも、 笑い声は頭の中にこびりついていた。頭の中で笑い声がわんわんと響く。その声たちは逃げ場所を失っているから、頭の中を駆け回る。
もしかしては確信に変わりつつあった。しかし自分の一部はそんなことあり得ないんだと知っていた。
しかし怖かった。知らないうちに目をぎゅっと瞑っていた。
頭の中で響く声。それがなんであるか確かめるには、目を開ける他ない。
けどそれはできない。確信に変わりつつあったものは、自分の中で事実になってしまったからだ。
自分の一部が自分を勇気づけるけど、そんな小さな声はよく聞こえない。
笑い声が怖い。
海から出した片足をもう一度海へといれる。
怖いけどここにいなくては、自分はやっていけない。
膝を抱えて、顔をうずめて、その場に小さく座り込んだ。
海が何の例えかわかった人さ、たぶん私といい友達になれるよ。