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殺人鬼

作者: 鏡夜 涼

暗い、暗い。街が暗い。

活気がない。

正午になりかけなのに。

人は疎ら。たまに見かける通行者には、どれも同じ表情が張り付いている。

不安。不安。

いつもの果物売りのおばちゃんのは張りのある声も、今日は聞こえない。

どんよりと垂れ込んだその雰囲気が、重い。

あぁ、重い、重い。

重くて肩が凝りそうだ。

空気は、確かに僕を蝕んでいる。

まるで毒ガスのよう。

きっと、その毒ガスに、この町が丸ごとやられているのだろう。


僕は毒ガスの正体を知っている。

噂だ。

どうしようもない噂だ。

どうやら巷では、殺人鬼が流行っているらしい。

ここらで殺人鬼が現れる、という囁きが漂っている。

皆、誰かわからないそいつを警戒しているのだろう。


つい先日も、大通りのはずれにある酒屋の旦那の遺体が発見されたらしい。

無残な殺され様だったと耳にしている。

きっと、いつも妻子に暴力をふるっていたから、その罰が下ったのだろう。

だが、酒屋のあいつはとても大柄だったはずだ。

あいつに喧嘩で勝てるやつなどそうそういない。

噂では、顔以外ぐしゃぐしゃに潰されて、原形をとどめていなかったらしい。

実際、唯一身元を確認できるのが顔だったのは事実みたいだ。

しかし、死体の状況にとても引っかかるものがある。

なぜ顔だけを残したのだろう。

身元確認を早めるためなのだろうか?

もしそうだとしたら、酒屋に復讐したい者の仕業ということになる。

尚且つすぐには疑われないほど、客観的に見たときの関係性の低い者。


「・・・ねえ、おにいさん・・・」

ふと横の路地から、か細く弱弱しい声が聞こえた。

視線を向けると、そこには血まみれの少女がいた。

建物と建物の隙間に隠れるようにして、立っている。

「助けて・・・」

少女は乾いた唇を動かし、上目遣いに僕を見上げた。

血に濡れた白いワンピースからのびる、やせ細った腕と足が痛々しい。

まさか殺人鬼が・・・?

まずは少女の手当てをしようと思った。

試しに、痛いところがあるかどうか聞いてみる。

痛むところはないようで、少女は首を横に振った。

「それより、・・・これ。見てほしいんだけど・・・」

少女はおもむろに左手を差し出た。

何かを握っている。

「・・・これ、なんだと思う?」

手を開いた。

目を疑う。

指だった。

人間の、指だ。

切断された、人間の、指。

少女のではない。少女のよりはるかに太い。

僕は何の反応もできずに、固まってしまった。

「あっ、こっちだった」

少女は左手をさっと隠し、右手を差し出す。

小柄な少女とはあまりにも不釣り合いな、大きな包丁が握られていた。

「特注なの」

あまりにも嬉しそうに見せるものだから、やはり反応に困ってしまう。

一応聞いてみた。

何に使うつもりなのか。

もう予想はついているが・・・。

「これ?これは、」

不意に少女の右腕が振りあがる。

「こう、するんだよ」

声とともに、銀色の閃光が走る。

胸と腹に激痛が走った。

赤い。

赤かった。

世界が赤く回る。

腹と胸が焼けている。

地面がいつもより近くなる。

内からドロッとした何かが出てくる。

喉に絡みついて呼吸が苦しい。

吐き出しても、吐き出しても終わらない。

赤い、あかい。

あぁ、これが地獄か。

僕が何をしたというのだろう。

「・・・あ、おにいさん」

返事をする気力も、反応する気力さえなかった。

「指、欲しい・・・」

右手に、新しい痛みが落ちる。

なんでこんなことをするんだ。

僕は息も絶え絶えに聞く。

僕の声はあまりにも弱かった。

自身の喉からごぼごぼと下水道のような音が鳴る。

もう、吐き出すのも疲れた。

「なんでって?楽しいからぁにきまってるじゃなぁい?」

全てを諦め、薄く開いた眼には、少女の顔が映っていた。

歪んだ笑顔。

弱弱しい印象だったあの少女のものとは思えぬ表情。

狂っている。狂っていた。

赤と、少女と、指と、痛み。

回って、混ざって、落ちていく。

廻って、廻って、深遠へ。

溶けて、赤、ぐちゃぐちゃになって、指がいっぱい。

少女の歪んだ、笑顔が。

深く、深く落ちていった。

痛い、痛い。

苦しい。


僕の最後の記憶は、狂気じみた少女の笑顔だ。


こうして僕の短い生涯が終わったわけだが、考えるとおかしなものだ。

あのひ弱そうな少女が、酒屋を殺した犯人から生き延びれるわけないじゃないか。

まあ、少女自身が殺人鬼だったわけだし、今更だが。

この後僕の死体は頭を残してミンチにされたわけだが、漂っていてもそれは姿に反映されない。

どうやら息絶えた時の姿で幽霊になるらしい。


この姿になってもなお、僕の右手に中指はない。

あの殺人鬼、巷ではジャック・ザ・リッパーと呼ばれるバケモノの趣味らしく、そいつの被害者はみんな右手の中指がない。

それが目印。

私たちは警告のために現れる。

もし右手の中指がない頭のおかしい幽霊にあったら注意してほしい。

近くに殺人鬼がいるということだから。


もちろん、僕も例外ではない。

その殺人鬼は、姿を変えながら時代を超える。

どうか後ろの物陰に気を付けて・・・。


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