はじまりの話
はじめてみました。ここには登場人物の簡単な紹介を追加していこうと思います。
一.序
これは遠い遠い未来の話。
倫理変革の名を借りたヒトの精神の爛熟と荒廃は絶頂を迎え、新しい生命のかたちの創造という行為をもって狂気の放熱を果たすに至った。
容姿はもとより性格、能力、寿命全てが思いのままの愛玩生物。
周囲の環境を破壊することなく、目標の制圧を遂行する攻性生物。
逆に不毛の大地を拓き、この星とヒトとに豊穣をもたらす永久沃土化生物叢。
これでヒトはさらなる繁栄と躍進を遂げるはずだった。しかし彼らは忘れていた。これら優れた生き物たちが繁殖能力を獲得したときのことを。
ヒトの文明が、その血肉を備えた創造物前提のものとなったとき、それは訪れた。
はじめのうちは批判や弾圧もあったものの、「良識派」の援助もありそれにも彼らは打ち克ち、産み、増え、やがては創造者とも混じり合っていった。ゆっくりと、ゆっくりと。
そしてある暑い夏の朝、最後の純血のヒトがこの世界を去った。
こうしてこの星は、混沌のゆりかごとなったのである。
二.龍が去るとき
「我々の役目もここまでのようだ」
赤い龍がつぶやくように切り出した。
「流転の果てがこの結末とは」
青い龍が嘆息する。
「しかしこれも創造主が無意識に望んだ計画だろう」
銀の竜が推測する。
「大丈夫、この世界はもうひとりで歩き始めている」
緑の龍が激励する。
「終焉がどうあれ、生命の螺旋は次の世代に引き継がれた」
黄の龍が捕捉する。
「我々は創造主の言いつけに従うのみ」
白い龍が想起させる。
「次なる幼子を探す旅に出ねば」
黒い龍が出発を促す。
「私はここに留まらねばならない」
紫紺の龍が口を開くと、他の龍たちはざわめいた。
「それはだめだ。我々は八で一の存在」
「これ以上留まることは無意味だ」
「成さんとすることは解るが禁じ手も甚だしい」
「過保護は自立の芽を摘むぞ」
「そもそも螺旋への介入は我々の領分ではない」
「言いつけは絶対のものとしなければ」
「その力は新たな子のために使うものだ」
批判をひとしきり受け止め、紫紺の龍は続けた。
「等しく扱ってもらえるのはとても嬉しい。しかし私が創られた理由を知っているだろう。毒悪を呑み、それを我が身に封ずる。しかし思った以上にこの器は小さかったようだ」
しばしの沈黙が訪れる。他の龍が言い出せないことを確認してから、紫紺の龍は口を開いた。
「この毒悪はやがてあふれ出す。私はそのとき世界の敵になる。これを新しき旅に持ち出すわけにはいかないのだ。そして私を打ち破ることが、この世界の真なるはじまりとなるのだ。私は世界の生贄となることを願う」
再びの沈黙の後、赤い龍が言った。
「愛の深さ故の別離、我々は受け入れなければならないと思うが、どうか」
他の龍たちが静かに頷く。そして誰からともなく虚空へ翼を広げ飛び去った。それを見送る紫紺の龍の眼に、最初で最後の涙が宿った。