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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
8/30

ほでなすの会2


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『ほでなすの会』とは現在、狐狸貂猫のそれぞれ一匹ずつからなる、反化獣四家を掲げた飲み仲間の会だ。因みに「ほでなす」とは仙台の方言である。端的に言えば、愚か者、馬鹿者、ろくでなしというような意味を持つが、小生はそこに、それでも憎めないというニュアンスがくっ付いているように思えてならない。なのでこの会の名称は大変に気に入っている。

 伊達家との戦いを決意した時には見事に結託して見せた小生らのご先祖様方であったが、数百年の間にかつてのように狐狸貂猫同士でいがみ合う様になってしまったのだ。

 特に風梨家への『お役目』はいつしか、狐狸貂猫の中でも随一かつ名誉なものにすり替わり、回り持ちであるのにも拘らずに他家を陥れるような事をする輩もチラホラ現れた。この何年ではそれぞれの家々がお役目の為と称して、風梨家に気に入られるために掟を設け、品行方正・清廉恪勤な行動をしなければならない、などと言う極めて愚かしい事態になっている。狐狸貂猫であるにも関わらず人間にお伺いを立て、自らの動向を規制するなど愚の骨頂としか言えない。

 小生たちは、現代を取り巻く狐狸貂猫事情に異論を唱える一派である。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「で、お前らは最近どうよ?」


 皆が一口目を飲み終えた頃合いで、小生は青鹿にしたのと同じ質問を欅と雁ノ丞にもしてみた。


「は? 質問が漠然としすぎてて意味が分からないんだけど」

「いつも通り…ではないかな。七夕も近いし」


 聞くが早いか、欅の顔は今呷ったビールが実は牛の小便だったかのような、渋いとも険しいとも言えない面構えになった。


「ちょっと。嫌な事思い出させないでよ、お酒がマズくなるでしょ」


 仙台のこりてんみょうは、この時期になると人間に合わせて自分たちの七夕祭りを開催する。こりてんみょうたちにとっては各々のお家を挙げての一大イベントであり、ほでなす連中は必然的に肩身が狭くなる。

 欅は手に持つ缶を瞬く間に空にすると、誰よりも早く二本目に手を付けた。そして、怨めしさを匂わせて言った。


「あんたと青鹿が羨ましいわ。家を出られて」


 この狐の言う通り、小生と青鹿は実家を飛び出しており、目下根無し草を満喫している真っ最中である。小生は海潮と言う強力なパトロンを得てはいるが、青鹿が一体どこで雨風を凌いでいるのかは、実は誰も知らない。

 チラリと青鹿を見ると、欅の情念などどこ吹く風で悠々としたものだった。


「荒井と富沢は相変わらずなのか?」


 そう聞くと、雁ノ丞も落ち込んだ。

 やはり家に居れば否応なしに厄介事は舞い込んでくるのかも知れない。


「…まあね」

「ホント、ここ最近おかしいのよ。どこもかしこもマデなこって、メクセごだ。なして、化獣が化獣って呼ばれているのか忘れたのかしら」


 欅は酒好きだが、酔うのも覚めるのも人一倍早い。そして何故か、酔っぱらってくるとその度合いに応じて、仙台弁を多用するようになる癖がある。今ぼやいたのはつまり――どこもかしこも格好つけて、みっともない――と言う意味である。


「今の狐狸貂猫は、少なくとも楽しそうには見えないねぇ。切羽詰まって慌ただしいし」

「僕も、見ていてピリピリするよ。家に居るから余計にね」

「余裕がないんだよな」

「まるで人間みたいだねぇ」


 青鹿の言い得て妙な発言に小生らは苦笑した。四匹がたまさか同時に、缶に口を付けたのも面白かった。


「ま、人を真似るのは風梨家に入るようになってから、狐狸貂猫の常だからね」

「んだから」


 欅が獲物を見つけたように、小生の弁に飛びついてきた。いつの間にか手に取った三本目の缶を落とさぬようにして、人差し指で小生を射る。


「『お役目』ってのが、ホンにらっつぇね。 ダンマリしぇてても来る回り持ちなのに、いつの間にかホンカみたいにして」


 見た目でも分かるほど酔いが回ってきている。つまりは――最近の『お役目』そのものが、周囲をおかしくしている原因ではないか。黙っていても回って来るのに、真剣になってどうする――と欅は言いたいらしい。


「確かに、ソレで皆躍起になっている感じはするねえ」

「そうだね。わざわざ喧嘩までするような事じゃないと思うよ」


 皆、薄々感じていることはある様だ。実を言えば、小生も欅の言う、その指摘は間違ってはいないと思う。


「別に喧嘩は良いっちゃ。楽しいから」


 何とも欅らしい、物騒な事を言い出したが、


「けど、本当の喧嘩はつまんねぇよ」と、実に欅らしい意見で結んだ。

「結局は同じ穴の狢なはずなんだけどなぁ」


 欅と青鹿の言う事は、小生らをしみじみ物思いにふけさせるには十分だった。

 神社の境内にはしばらく、蝉の鳴く音しか響かなくなった。

 何がオカシイかと問われれたとしても、これがオカシイとは答えられない。けれども何かがオカシイことは明白であった。少なくとも、こに集っている四匹は皆がそう思っている。寧ろ、だからこそこうして集まっているのだ。

 小生は昔の記憶に思い馳せてみた。あの頃はもっと、楽しかったはずだ。子どもながらの暢気さと無邪気さがそう思わせる部分もあるかもしれない。けれども自分達だけでなくオトナ達も楽しそうにしていたと、記憶はそう告げてくる。一体今と昔で何が違うのか、実のところ小生は一つだけ仮説を持っている。

 

 今の狐狸貂猫は化けないのだ。


 人間社会に溶け込むために、化け術を用いて人に姿を変える。

 

 それだけだ。


 化け術が人の形になる為だけのものになってしまっている。しかし狐狸貂猫にとって化け術とは時に身を守り、時に暇を潰す天晴な特技のはずで、人間に身を窶すみすぼらしい駄技ではないはずなのだ。

小生はそこがオカシイのではないかと思う。

 ついと先ほど誰かが口走った話が頭の中に過ぎった。それが呼び水となり、更にもう一つ忘れていた古い古い記憶が頭の中に蘇ってきた。それはまだまだ小生が幼く、ここにいるほでなす達と共に化け術の手習いを受けていた頃の記憶だった。

 小生はつい我慢できずにそれを吐露してしまった。


「化獣はなにゆえに化獣なのか………化けるからである」


 俯いていたり、どこか遠くを見ていたりした、全員の視線が小生に集まった。すると右へ右へ順序良く、トントン拍子に合いの手が入れられた。


「なぜ化けるのか。化かすからである」

「なぜ化かすのか。相手を莫迦にする為である。」

「莫迦にするを縮め、化かすと読む。これすなわち化け術の基である」


 そして、誰が言うでなく結びの一節は四匹で暗唱した。


「「然るに化け術とは、己が思うが儘でなく、相手の思わぬが儘に化けるを良しとする。己が儘に化ける者はいつしか己に化かされると、ゆめ忘るることなかれ」」


 これは狐狸貂猫に受け継がれる『化け術指南書』の一文句である。仙台の狐狸貂猫であるならば、幼い時分にもれなく義務教育的に覚えさせられる。言い終わると全員、さっきまでのしかめっ面と仏頂面が破顔し互いに静かく笑い合った。


「何だか懐かしいや」


 辛気臭い顔が一番似合わない男である雁ノ丞が事もなげに言う。


「けど、やっぱりこれが一番大事だよね」

「俺は正しく指南書の通りになってる気がするよ」


 小生は雁ノ丞が持ってきたワンカップを開けた。


「今の狐狸貂猫そのもんが、いきなり化かすにいい相手だっちゃ」


 再び小生たちを沈黙が襲った。

 欅は、ばつが悪そうに、

「何さ」と、他の三匹を睨みつけ威嚇した。


 けれども、小生は気まずくて口を閉じたのではない。欅の言葉が素直に胃の腑に落ちてしまい、二の句がつげなかったのだ。目から鱗が落ちるとは、正にこの事だと感心した。


「いや、御尤もだと思ってな」

「僕も同じく」

「それのが、狐狸貂猫らしいと思うけどねぇ」


 思うことがあったようで青鹿はすっと、自前のマタタビ酒のグラスを前へ差し出した。そして各々が持っていた酒を青鹿のグラスにぶつけた。


「で、萩太郎はまだ海潮のところでゴロゴロしてんの?」


 狐はいきなり話題を変えてきた。しかも小生にとっては極めて不名誉な物言いである。


「誤解を招くような言い方すんな。時々、顔を出してるくらいだよ」

「時々ってどのくらいよ?」

「まあ週で五、六は…」


 指折り数えてみると意外に多かった。食事や寝床目当てであったり、用事もなくふらり立ち寄ることは、大分身に覚えがある。


「最早、居候だね」

「ったく」


 狸に笑われ、狐に叱責された。

 小生はたまらず、反論する


「いいだろ別に。何で急にそんな話になったんだよ」

「いや、あんたが居ないようだったら、またしばらく上がり込もうかと」


 狐は自分の事は棚に上げ、盗人猛々しい事を言い出す。しかも既に酔いが覚めだしている。いっそのこと飲まなくてもいいだろうと思うほど、欅は酔いが覚めるのも早い。最早、手に酒器を持てば酔い、離せば覚めると言っても過言ではないくらい酔いの緩急の差が凄まじい。


「人の事をどうこう言える企みじゃないだろ」

「いいじゃない、私だって久々に家出したいのよ」


 つん、と澄ましたままに欅は魚肉ソーセージを齧っていた。

 欅の気持ちはよく分かる。分かるがよくよく考えれば、小生が非難される謂れはない。海潮を紹介したのは他ならぬ小生であるし、元を辿っていけばそれこそ命を賭した出会いであったのだから。

 だから牽制を込めて意地悪を言う。


「海潮なら本を買うのを手伝うといえば喜んで歓迎するだろ」


 途端に欅は顔をしかめ、舌打ちを一つ飛ばしてきた。

 欅は「本」と聞くだけで機嫌を損なう嫌書家なのだ。海潮の部屋は気に入っているが、本が大量にあるのは頂けない。どうやら活字印刷のインクの匂いがダメらしい。いつだったか、本は全部墨で書けばいいとぼやいていたのを思い出した。


「えーと、夏月海潮さんって言ったっけ? 雁ノ丞もあったことあるだろう」

「うん。何回かご飯をご馳走になったりもしたよ」

「そうかぁ。じゃあこの中であったことないのはオイラだけなのか」


 青鹿はそんな事を呟いた。が、別に仲間はずれを喰らってしょげている様子は皆無である。

狐と同じくこちらの猫も虎視眈々と、小生のオアシスを狙っているのでは…。と深読みに勘繰って、一応の予防線を張った。


「別に会わなければならないような奴じゃない」

「そうそう」


 狐も相槌を打ったが、狸が余計な事を続けた。


「けど、青鹿と海潮さんのテンポって互いに合いそうじゃない?」

「ま、どっちも極力動かないでいるのが好きそうよね。頑張らないように頑張るみたいな、分かるような分からない事を言い出しそうだし。案外、お似合いかも知れないわね」

「ほうほう。そいつは一度会ってみたいねえ」


 欅の分かるような分からない説明に、どういう訳か青鹿は興味が湧いたようだった。


「今度、皆で押し掛けてみる?」

「あはは。面白そうだね。僕は良いと思うよ?」

「なら明日とかはどうかなぁ?」

「明日は駄目だな」

 

ポテトチップスの油分で潤った小生の口は、つるんと真実を語る。


「ん~? どうしてだい?」

「今日からサークルの旅行に行くのよ」

「あ、そうか。海潮さん四年生だから卒業旅行かな」


 狐も狸も、当然ながら姫を知っている。そして海潮と面識があるという事はその先は言わずもがなである。名誉のために言っておくが、小生がバラしたのではない。あの二人が分かり易すぎるだけである。

 恐らく今、狐狸貂の中に芽生えている胸中の想いは共通している事であろう。只一匹、蚊帳の外にいた猫が不思議に尋ねてきた。


「ん~? その人は姫さんとも繋がってるのかい?」

「繋がってるどころの騒ぎじゃない」

「お姫様はね、海潮に惚れているのよ。その上、海潮もお姫様にホの字なんだけど…」

「絵に描いたように行き違ってるよね、あの二人は」

「へえ、互いに好き合ってるのか」


 その会話で青鹿は何か思い出した様だった。そして「そう言えばね」と前振りをして徐に語り出した。


「さっき萩太郎に言おうとして忘れてた事があるんだけどね。そうするとあの話は本当なのかなぁ」

「何々? 何の話?」


 小生は失くしていた興味を取り戻し、他の面々は青鹿の口ぶりに面白そうな雰囲気を見出した。


「みんなは姫さんの噂は聞いてない? まだ出回ってないのかな。実はさ、」




 小生は耳を(そばだ)てたが、またしても青鹿から続きを聞けなかった。それどころか、突然立ち上がって鳥居の先を見つめている。

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