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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
7/30

ほでなすの会

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 翌日。八月四日。

 

 少々寝坊して起きた小生は、朝食とも昼食とも言えない軽食までご馳走になった。海潮は海潮で、件の伝統芸の研究会の旅行の準備に忙しくしている。集合は午後らしいので、別段遅刻の心配はなさそうだった。

当然姫も行くのだから、この浮かれっぷりも納得である。海潮は心配性の気があり、荷物も二、三日前に用意していたのだが再び床に広げて確認していた。

どこまで出向くのかまでは知らないが、小生としては精々楽しんで、ついでにそのお零れとしてのお土産に期待するばかりだ。

 

 本日は小生には珍しく約束があったので適当に別れを告げると、旅支度に勤しむ海潮を尻目にアパートを後にした。

 小生が目指すは仙台藩が名君、伊達政宗公が眠りし霊廟瑞鳳殿――の御座る経ヶ峰の下にある寂れた神社である。 

 

 そこは『穴蔵神社』と言い、宇迦之御魂神を主神に祀る由緒正しい稲荷神社だ。

 

 とはいえ約束の時間まではまだまだあった。

 折角なので小生は乗り物は使わずに歩いて出向いてみようと思った。土橋通りを歩き、八幡町を南に下って抜ける。改修された尚絅女学院の校舎を横目で見つつ通り過ぎ、広瀬川に架かる橋を渡っている途中で、自分の選択を悔いた。アツい。

 

 思い起こせばこの界隈は、本当に学校が多い。海潮のアパートから穴蔵神社にたどり着くまでに小学校、高校、大学、自動車学校と選り取り見取りである。

 歩き様に視界に入る高校野球部員の練習風景は、小生にはよく理解できないものだった。何故この暑い中、ああして暑苦しい事をしているのだろう。

 それは小生が人間でないからわからないのだろうか。それとも単に暑さに関わらずとも夢中になれるようなものを知らないからなのだろうか。

 

 少なくとも彼らが暑さにめげずにいられるのは、一人きりではないからなのだろうと、ぼんやり校庭を眺め物思いに耽っている小生の足はいつの間にか止まっていた。

 

 再び歩き出してしまえば、どうしてそんな感傷染みたものに侵されていたのか分からなくなった。

 この先はしばらく木陰が続く道なので、精々涼しげな風が吹いてくれることを祈った。

 それからは信号機にすら足を止められず目的地に到着した。道半ばにある評定河原球場でも野球の練習をしているチームがいたが、そちらには別段、目を取られることはなかった。

 神社の前までは辿り着いたものの、買い物があったのでそこを通り越して近くのコンビニに行った。酒を買う為だ。

 

 缶ビールを六本買うと今度こそ本当に穴蔵神社を目指した。

 瑞鳳殿へと角を曲がると雰囲気が変わる。アスファルト塗装から突如として石畳の道路へと転じ、それが経ヶ峰の天辺まで続く。

 小生はこの周辺の景観がお気に入りだ。最新のモデルマンションの隣に時代掛かった木造平屋建てがあり、瑞鳳殿に似つかわしい団子屋の斜め向かいにはパスタとワインが美味しいと評判の洋食屋がある。この古今東西和洋折衷ごった煮の景観が大好きである。

 

 登り坂が始まる手前で右に折れる。

 すると自転車が一台ようやく通れるような小道になるのだが、これまた雰囲気がガラリと変わってしまう。例えるなら、根も葉もない噂が立ちそうな心霊スポットとでも言えばよかろうか。

小道を通るその頭上は、山の鬱蒼とした森に覆われているので昼最中であっても、やけに薄暗い。中ほどには昭和の産物であろう、木製の電柱が一本だけ立ち、怖さとも取れる哀愁を誘う。やがて森から竹林に成り代わると、突然できたぽっかりとした空間を持て余してしまい、不気味さは寂しさに変わる。そしてその先に神社があるのだから上手くできている。

 怖い怖いを通り越した先にある聖域。ここならば不可思議な何かであっても立ち入らないであろうというような気が勝手にしてくる。それを神聖と呼ぶかどうかは表現の自由である。


 石段を上がるとすぐに御社や手水舎、神楽舞台が見えた。規模が小さい為か、この神社に常駐の神主はいないようで、落ち葉や枯草などで少し散らかっている。


 境内には既に男が一人いた。不敬にも賽銭箱の横で昼寝をしている。まあ、小生もこれからこの境内で酒盛りをしようと言うのだから他人の事は言えない。そもそもこの男も一端の狐狸貂猫であるから他人ですらない。


「よう」


 少し遠かったが構わずに声を掛けた。

 まるでやる気のない大学生風に化けていた(いずみ)青鹿(せいか)は、その声に上体を起こし、未だ眠そうな欠伸をした後に答えた。


「しばらくだね」

「欅と雁ノ丞は?」

「まだ来てないねぇ。別に来なければならない集まりでもないしねぇ」


 間延びした語尾は青鹿の喋り癖だ。

 小生は袋から缶ビールを一本取り出すと、寝惚け眼の青鹿目掛けて投げてやった。こいつは起きていても寝ていても、目の細さは変わらない。


「そりゃそうだ。先に俺たちだけでやっておくか。ほれ」

「ありがとぉ」


 青鹿は素早く、二つに割れた長い尻尾を出し、それを捕まえた。小生はギョッとして周りに目をやる。人の気はないので一先ず安心だ。


「危ないな。尻尾じゃなくて手を使えよ」

「足だろうが手だろうが、ビールの味は変わらないさ」

「人に見られたらどうすんだって言ってるんだよ」

「どうもしないさ。どうせ人間なんて信じたいものしか信じないんだから」


 あっけらかんと、そんな返事を寄越す。


「相変わらず野狐禅のようなことを言う」

「オイラ、猫だ」


 知ってるよ、と心の中で相槌を打ちつつ小生も一杯頂くことにする。冷えた缶のプルタブで蓋を開く音が耳に心地よく暑かった分、胃の腑に沁みるビールもまた心地いい。

 あの野球少年達にもこんなご褒美があるのかもしれない。それならば、この炎天下で汗水たらす理由も納得である。


「しかし、今日は暑いな」

「だからビールが美味い。それにここは幾分か涼しいしね」


 御社を背もたれにしている青鹿に倣い、小生も並んで座る。屋根の陰と風の通り道があり確かに涼しい。


「青鹿は最近どうよ?」

「ん~? どうって聞かれても困るね。暮らしの事を言ってるなら相変わらずだし、そう言えば驚いたニュースがあったような気がしたけど何だったかなぁ」

「何だいそりゃ?」


 青鹿はまるで何も聞こえないように、酒を傾けた。こちらの興味を引くだけ引いて置いて真相を言わぬのだから酷い。しかも、思い出そうとしている青鹿の関心は容易く取られてしまった。


「お、追加の酒が来たよ」


 見れば丁度階段を登り切って一人の優男、もとい狸の富沢(とみざわ)(がん)ノ(の)(じょう)が両手に酒やつまみの入った袋をぶら下げてやってきた。遠目に見るとひょろりと細長く、地の色が白いので歩くモヤシか若竹に見える。


「やあ、始めてるね」

「ん? 雁ノ丞だけか。ケヤケヤは?」

「ケヤケヤはやめろ」


 と、雁ノ丞の真後ろから静かな怒声が聞こえた。すぐさま、すうっと背後の影から出てきたように欅が現れた。相変わらず、テンパっていた九蓮宝燈を立直のみで上がられたような不機嫌な顔をしていて、こちらには碌に挨拶もしてこない。


「遅かったな」

「少し迷ってね」

「迷うって、初めてくる場所じゃないだろうに」

「いや、行くかどうか」

「そこは来いよ。酒が一つ減るだろうが」


 欅は面白くなさそうに、明後日の方を向いた。やはり決して大柄な訳ではないが横柄な態度のせいでやたら大きく見える。代わりと言っては何だが、隣に立っている雁ノ丞は生まれ持った、なよなよとした性格が災いして外見以上に小さく見える。

 狸と狐は古来から犬猿の仲になることが多いのだが、この狸と狐は昔か馬が合うようでよくつるんでいる。


「とりあえず、こっちのが涼しいからおいでよぉ」

「お邪魔するよ」

「ほら、詰めろ詰めろ」


 乱暴に小生と青鹿を追いやると、欅は座り様にふうっと一息ついた。手ぶらかと思っていたら、単に雁ノ丞を荷物持ちにさせていたようだ。


「最初は萩の持ってきたビールで良いだろう? ではでは今月も無事にほでなす共が集まって、『ほでなすの会』を開けたことを祝しまして、乾杯」

「乾杯」


 青鹿の音頭と共に細やかなる酒宴が始まった。


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