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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
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エピローグ

長めですが、キリよく三十話目でしたので全部載せてしまいます。


仙台七夕までに載せられて一安心でした。


 その後の七夕天空合戦は、当然ながら大騒ぎだったらしい。


 雲の上から落とされた小生と鶴子は、再び雲野原には上がれなかったので詳しくは知らない。尤も大竹が倒れ、神域を侵すほでなすが出て、おまけに雲野原に人間が現れたという事実を踏まえて考えれば、その後の騒ぎとやらは想像に難くない。

 特に御上座敷に忍び込んだのが、小生らだったために富沢家と八木山家には、諸々の疑惑が向けられたそうだ。だが両家とも、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる内に話が終わってしまったらしい。確たる証左が無かったことと、後に恭しく現れた肝心の山王蔵ノ主が姫の嘆願を聞き受け、今回の騒動で争いを起こさず、詮索をするなと言及したことが利いたそうだ。


 結局、前代未聞の事件が起こった七夕天空合戦は、制勝者なしという前代未聞な戦績をもってお開きとなった。一番割を食ったのは演化の機会すら与えられなかった泉家の面々だったろう。


 あの夜、小生は鶴子と別れると愛宕神社へと急いでいた。到着した頃には、雨は弱まっていたように思える。


 八木山家一同に連れられて、神社の縁の下から這い出してきた海潮は小生の顔を見ると笑って、

「言いたい事は全部言ったよ」と言ってきた。


 海潮はそのまま一人で愛宕神社を後にした。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから週が二つ明けた、八月二十一日。


 七夕から二週間が経った日の事である。


 相変わらず照り付ける太陽の主張が強い日が続いている中、ほでなすの会が空の騒動の後、初めて開催された。小生はそこで二週間ぶりに海潮の顔を見たのだった。

 ニ、三日の内は訪ねていたのだが、海潮の顔を見るどころか部屋に上がることも叶わなかった。

 それからはしばらく時間を空けた方がいいと思い、訪ねるのを止めた。小生はその後、疲労からか熱が出て寝込んでしまった。ようやく回復し、何事もなければ明日もう一度訪ねようかと考えていた矢先だった。

聞けば青鹿がアパートの住所を欅から教えてもらい、新参として招待したのだそうだ。ご丁寧にレジャーシートを穴蔵神社の境内に敷き、盛大に酒宴の準備をしている。

 

 そして海潮が来たこと以上にほでなすの会は衝撃に包まれていた。


 まさかの富沢鶴子も酒を持参し、新参として席を同じくしていたのである。


 全員が酒を手に持つと、一先ずの主催である青鹿が高らかにやる気なく言った。


「えー、先々週あんな大騒動を起こしたくせに、無事にほでなすの会を開くことが出来ました。つきましては騒動の大元たる我らが夏月海潮さんに乾杯の音頭を取って頂きたいと思います。拍手」


 拍手させるなら酒を持たすなと文句を言いつつも、全員が一旦酒器やら缶やらを置いて生温い拍手を送った。

 海潮は照れながら立ち上がって、慣れない口上を述べ出した。


「ただ今ご紹介に預かりました、夏月海潮です。初参加ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます。そもそも先々週は、ここにいる皆さんから多大なるご助力を賜りまして空の上に忍び込みました。何とも形容し難い七夕も見させても頂き、また私個人としても人生の大きな一歩を踏み出すことが出来ました。しかし、その為に狐狸貂猫の皆さんには相当のご迷惑を掛けることになってしまい、申し訳の弁もございません。そこまでしてもらったのにも関わらず、お礼も遅くなってしまったことは――」

「さっさと呑ませなさいよ」


 欅の苦情に海潮は咳ばらいで返事をした。そして小生が知るいつもの海潮の顔で高々にビール缶を掲げた。


「とりあえず、七夕ん時は助けてくれてありがとう! 乾杯」

「乾杯」


 各々が一口飲み終わると鶴子から一番遠い所にいた欅が文句を言い出した。


「で、何でそいつがいるのよ」


 欅は、五光飲み猪鹿蝶赤短狙いのこいこいをカスだけで勝負されたかのような渋い顔をしている。仙台弁が出ないのは割る用のウーロン茶を飲んでいるからだ。大方、鶴子の前で酔っぱらうのはプライドの許さないのだろう。


「いけませんでしたか? この会は来る者拒まずと伺いましたが」

「まあまあ、昨日の敵は今日の友ってことでいいじゃない。僕の姉でもあるんだし」

「関係ないでしょ。姉弟揃って、のこのことよくアタシの前に顔が出せたわね」


 言っている事はキツイが口調は穏やかだった。雁ノ丞は微笑み、鶴子は面倒な対応は弟に任せて缶酎ハイを飲んでいる。


 そして、我が道を行く青鹿は、

「いやぁ、未だかつてない酒の豪華さだね。海潮さんも鶴子もバンバン顔出してよぉ」只々のんびりとそう言った。

 鶴子は何故か青鹿にはまともに取り合った。それも飛び切り良い笑顔で応えていた。


「ええ。またお邪魔させてもらいますわ」

「俺も、東京に行くまでだったらなるべく来るよ」

「因みにどちらへご就職なのですか?」

「東京のペアウィンディって会社なんだけど」

「そうでしたか。なら安心しました」

「海潮さん、やっぱり東京行っちゃうんだ」

「ああ。色々とね、頑張ってみたい気分なんだよ」


 そう言って一気に自前の日本酒を呷った。けれども変なところに入ったのか一人盛大に咽ていた。隣にいた鶴子が心配そうに背中を擦っている。


 小生らはその様を笑って肴にしていた。


「けど偶には戻ってくるんでしょう?」

「勿論」


 ざわざわと風が騒めき出した。そして、得も言われぬ気配が海潮を優しく包んだような、そんな錯覚を小生は見た。それは他のほでなす共も一緒だったようで、全員の目が海潮に集まっている。


「今更だけど、神様と結婚ってすごいよなぁ」


 そう言って目を拭った。風でゴミでも入ったか、それとも目から溢れる何かを拭いたのかは分からない。

 

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局、姫は海潮を選ばなかった。


 海潮の告白は、見事に玉砕したのである。


 家のためなのか。はたまた、海潮に対する思いなどはとっくに消えていたのか。

 姫は狐狸貂猫の四家と特別に認められた海潮に見送られ、山王蔵ノ主と共に天上へと消えていった。慎ましく、それでいて普段の姫の笑顔のままに神婚の儀を執り行っていたと欅たちから聞かされた。


 その時の様子も姫の真情も、海潮の心情も小生には勝手に想像する事しか出来ない。


 二人には結ばれて欲しかった。これは小生の本心だ。けれども、これで良かったとも思えるのは何故だろうか。


 この二週間、心の整理をしていたのは海潮だけではないのだ。欅も雁ノ丞も青鹿でさえも、名前を知らない感情の置き所を探していた。ひょっとしたら、空の上では姫も考え込んでいるかもしれない。

「当事者でないから」と言われればそれまでなのだが、小生は妙に今回の騒動の結末に納得してしまっていた。


 そういえば、鶴子は一体どんな事を考えたのだろう。もしくは、騒動の後片付けに追われ、感傷に浸る暇など一切なかったのかも知れない。話をしてみたい、と誘ってみたら応じてくれるだろうか。先々週までなら絶対に芽生えなかったであろう考えに、自分で可笑しくなった。

当の鶴子は心配そうに何かをじっと見ている。その目線を追って小生も驚いた。海潮が見たこともないペースで酒を飲み、見たこともないくらいに顔を真っ赤にしていた。


「おい、海潮。大丈夫か」

「酒を飲むと魂が神様に近づけるらしいよぉ」

「良く言う話だよな」


 完全に出来上がっている海潮は、立ち上がって御社の方へと歩き出した。


「折角だから風梨さんも飲んでもらおう」

「そこは姫を祀ってはいないんだよ」

「社なら、何かしらで繋がってるだろう」


 呂律も回らず、実に酔っ払いらしいことをやり始めた。

 海潮は、

「これを収めよう」と言って、自分が持ってきた一升瓶を神前に供えた。


「やめろ、勿体ない」

「また今度持ってくるから堅い事いうなって」

「面白そうだから海潮の好きなようにさせましょう」

「さすが欅。いい事言う」


 海潮はケタケタと笑った。ここまで酒が回ると笑い上戸になるという事を初めて知った。


「そりゃどうも」

「ちょいと場所をお借りします」


 義理堅く賽銭まで入れると柏手を打った。一間、黙って祈っていたが目を開けるとその恰好のままどこか遠い目をした。


「そう言えば、キチンとおめでとうって言えなかったな」


 海潮は再び目を瞑り、今度は謡うように祝詞を唱え出した。


「高天原に神留坐す、神漏岐、神漏美の命以ちて皇親神伊邪那岐の大神、筑紫日向の橘の小門の阿波岐原に、禊祓い給う時に生坐せる祓戸の大神等、諸々禍事罪穢を、祓へ給い清め給え申す事の由を、天神地神、八百万神等共に天の斑駒の耳振立て聞食せと、畏み畏み白す」


 小生はつらつらと淀みなく、それを唱える海潮を見てまた驚いた。寧ろ一年足らずの仲間付き合いと考えれば、知らない面の方が遥かに多いのだろう。


 祝詞を上げ終わると、黙って頭を下げた。海潮に付いていた得も言われぬ気配は剥がれ落ちた様な気がした。そして今度は海潮の隣にまとまり、共に車座に加わってきたように思えてならなかった。

 それからの海潮は絡み酒になった。初めの内は付き合って酒を飲み交わしていたのだが、その内全員が慣れぬ海潮の対応にうんざりしていた。


 それでも鶴子だけは甲斐甲斐しく相手をしていた。


 改めて思う。鶴子はお堅いのではなく、単に人間の世話を焼くのが好きなだけなのだろう。姫の想い人だった男の恋路を致し方なしとはいえ邪魔だてしていた事も何かを感じているのかも知れない。

 鶴子とは今後は上手く付き合って行けると、漠然と思った。もう小生は、誰かの為に動くのを馬鹿馬鹿しいと笑いはしない。


 やがて、飲みきれないと思っていた程に用意した酒は全てなくなった。その半分近くを平らげた海潮は絵に描いたように潰れている。

 そのまま寝かせて、残った狐狸貂猫たちはいそいそと後片付けを始めた。


「さ、お開きにしよう」

「なあ、みんな。本当にありがとう」


 寝言かどうかも分からない海潮のその言葉に、小生らは思わず笑ってしまった。


「最後はどうする? 一本締め?」

「そいつはいいねえ」

「海潮、立てるか?」

「当たり前だ」


 とは嘯いたものの、海潮はよろけて倒れそうになった。

 傍にいた鶴子と欅が慌てて助けていた。二匹とも顔を見合わせ、バツの悪そうな顔をしつつも、そっと海潮を横にした。何度か呼びかけてみても、気絶したように眠っている。


「駄目ね、潰れてるわ。萩太郎が音頭取ってよ」


 そう言われ小生は負けず劣らず酔っ払いながらも、手締めを仕切ることとなった。

 小生は全員を見回した。柄にもない事を言ってしまうのは、酔いのせいにしてしまおう。


「海潮には悪いんだけど全部終わっちまえば、俺は楽しかったとしか言えない。きっと、俺は自分のやりたいと思ったことが全部できたからだと思う。みんな思う事は違うだろうけど、ともあれ空の上の姫と、狐狸貂猫と序でに、ここの人間のご多幸を祝しまして一本締めでお開きにしよう」


 両腕をピンと伸ばし、夏真っ盛りの空気を思いきり肺に入れた。


「それでは皆様、お手を拝借。よぉっ!」


 穴蔵神社の境内に手と手が重なり合う、何とも小気味よい音が響く。


 この音は、空の上と男の夢の中にまで届いてくれることを願った。



 了


この話を持ちまして「こりてんみょう」を完結といたします。


お目に止めて頂きまして、ありがとうございした!


この次に書きたい小説も決まっているので、ぼちぼちと載せてまいります。

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