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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
21/30

仙台七夕のジンクス

ようやっと終章の始まりが載せられました。


この流れをきーぷしていきたいものですね。

 

 ジンクスというものがある。


 昔から続く生活の中で生まれる習慣、経験、法則、因習などを元にした口伝・俗説などがそれに当てはまる。個人的なものもあれば、全体的に認知されているものまで様々であり、中には理に適っておらず、迷信や民俗的な強さが色濃く出ているモノもあるので、明確に定義するのは難しいであろう。

 理に生きるのは人間の長所とも短所とも言えるところだが、小生は人の理屈好きな所は嫌いではない。一体全体どこに目を付けて生きているのか分からなくなるほどの突飛な発想は、人間独特の化け術と言っても過言ではなかろう。だから学びに生きる彼らは、自らの化け術を化け学と呼ぶらしい。

 土地にはその土地の理があり、即ちそれが地理となる。だから場所によって生まれるジンクスは勿論違い、とどのつまり仙台には仙台のジンクスがある。


 曰く、仙台に美人は生まれない。

 曰く、青葉城と五つの神社を線で結ぶと、六芒星の結界が浮かび上がる。

 曰く、光のページェントを一緒に見た恋人は破局する。


 そしてもう一つ。仙台に住む者であれば必ず一度は耳にするであろうジンクスがある。

 

 曰く、仙台の七夕祭りには必ず雨が降る。



 このジンクスに関してだけ、小生は理由を説明することができる。

 古来より人に身を窶して生きてきた小生らは、いつしか始まった仙台の七夕祭りをも模倣し出した。

けれども元来の気性が荒く、部族間での争いも中々絶えない事から、狐狸貂猫の七夕祭りは人間たちが行うものに比べ、些か粗野なものに変化した。その上、時代が下るごとにより派手に、より騒がしく化け術の真価を見せつけるかのようなものになっていき、現在に至る。そしてそれは、各々が一切の憂いなく化け術を使えるように、決して誰にも気が付かれない場所で盛大に開催してきた。


 だから狐狸貂猫の七夕祭りは、風梨家の人間以外には話すことも見せることも禁じられている。 


 海潮を連れて行くというのは、未だかつてない程の禁忌に触れる――ことになるかもしれない。何しろ未だかつてない程の事なので、一体どんな罰が下るのか予想もできないのだ。

 海潮には姫に会わせると言っただけで狐狸貂猫の面倒な掟の事は黙っておくことにした。化獣の決めた掟など、海潮には何の関係もないのだから。


  ◇


「せめて、道になってるところを通ってくれよ」


 貂姿の小生を見失わないように必死に獣道を歩く海潮の声が、森の木々をすり抜けていった。

 海潮と小生は、アパートで酒盛りをしつつ夜を明かし、明朝に貂族の住処を目指して子平町を出た。思えば富沢家がまたちょっかいを出してこないとも限らない。昨日の内に動いておけば良かったと、朝になって気が付いた小生は足早になっていた。

 小生らの七夕祭りには、少し変わった方法でしか行けないため、海潮を一度茂ヶ崎の住処に連れてくることになった。ただ、それを説明するのはとても難しいので、百聞は一見に如かずと言い包めていた。

普段は見張りの貂が上手く化かし人の足を遠ざけるので、うろ穴に風梨家と関わりのない人間が立ち入るのは八木山家始まって以来の珍事である。

「生憎と、人間が通れるような道は作ってないんでね。四つん這いになれば、幾らかマシになるんじゃないのか」

「顔に草が当たるだけだ」

「ホントにやるとは思わなかった」


 色々と諦めた海潮は、やぶ蚊を払おうともしなくなっていた。やがて森が開け、ちょっとした広場になる。貂の住処になっているという、異世界に入ったかのような雰囲気は海潮も感じ取っていたようだ。


「帰って来たよ」


 誰かがそういうと、草木の陰から続々と同胞らが貂の姿で顔を出した。事情が事情とは言え、やはり実際の人間が自分たちの住処にいるのに戸惑い、警戒しているようだった。

 そして、戸惑っているのは海潮も同じであった。


「お、おお…」

「何だよ」

「やっぱり、あちこちで動物が喋っていると変な心持ちになるよ」

「何度も喋っていただろ」


 小生は鼻で笑ってやった。


「こんなに大勢じゃなかったじゃないか。改めて思うけど、やっぱり妖怪なんだな」

「当たり前でしょう」


 不意に後ろから聞こえた声に海潮は振り向いた。すぐ近くにいた黄金色の毛並みに思わず飛び退いた。


「きつ、ね?」

「欅だよ」

「け、欅?」


 首だけで肯定してやると、海潮は訝しがりながらもまじまじと狐を見た。


「狐って言うのは知ってたけど、本当だったんだ」

「何ならサービスで頬っぺたつまんであげましょうか?」


 海潮は自虐的な笑い声を聞かせると、頬を叩いて白昼夢から覚めた。一つ深呼吸をして精一杯普段通りに振る舞おうとしていた。


「ところで、何でみんな人間の姿にならないの?」

「正体知ってるんだから隠す必要もないし、正直こっちの方が楽だし」

「そりゃあ、そうか」

「七夕に向けてリラックスしておきたいしね」

「萩太郎も言っていたけど、何かやるのか? 七夕に」

「すぐ分かるわよ」


 そっけない返事をして、欅は肝心の話を聞いてきた。


「それで、なんて告白するかは考えたの?」

「萩太郎をどう説得しようかって考えてて…それどころじゃなかった」

「順序が違うじゃない」


 馬鹿を見る目を直に向ける欅に押され、海潮は顔を背けた。そして、ようやく自分のやろうとしている事を自覚したのか、表情を強張らす。


「そういえば、風梨さんはここに来るのか?」

「いや、ここには来ない。空にいる」

「は? 空?」


 小生は今までで一番呆けた顔を見た。こんな面持ちになることは予想済みだったので、笑いはしない。

 どういうことだ――と追問しようとした海潮の声は、父の声に出鼻を挫かれた。


「夏月海潮殿ですね」


 父は人の姿に化けてきた。声は朗らかだが強面なので、気弱な海潮は本能のように会釈して返事を返した。


「八木山家当主の藤十郎と申します。この度は倅が色々とご迷惑を掛けます」

「ああ、いえ。こちらこそ」

「人の目には中々驚くことが多いかと思いますが、どうせなら楽しんで行ってください」

「はあ」


 それからは日暮れまで、各々が自由に時間を潰していた。

 弟妹や親戚たちも、喋り方や立ち振る舞いから海潮が危険でないことが分かったようで徐々に打ち解けていった。母は母で、小生の治療のお礼と称した歓待ぶりを発揮し、海潮はかえって申し訳なさそうだった。


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