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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
15/30

狐仙台

やっと半分ってくらいでしょうか。

引き続き、よろしくお願いします。


「普段、家の事をしてこなかったツケが回ってきた訳よね」


 時同じく仙台では、欅が自笑してぼやいていた。

 仙台に残った欅は、萩太郎を助けるべく広瀬川に架かる愛宕大橋を南へ渡っていた。茂ヶ崎にある八木山家を訪ねるためである。兎にも角にも二匹だけでは太刀打ちができないということで、八木山家と富沢家を引き合いに出そうと青鹿は考えた。

 

 少なくとも、萩太郎が富沢家に捕まっているという事は話しておいて損はないはずである。貂族は狐狸貂猫の中で最も仲間意識が強い。一匹では化け術が使えない貂族は必然的に結束力は強くなるからである。そうでなくとも、八木山家が動いてくれる可能性は高い。萩太郎は現八木山家当主の長男、つまり立場としては跡取りだからである。

 萩太郎は嫌がるかもしれないが、現状を打破するには打っておいて間違いない手だった。尤も青鹿がうまく事を運び、海潮と姫が恙なくくっ付いてしまえば話は済むのだが。


「どこ行ったって本家の雰囲気は好きじゃないのに」


 欅は自分の心中を呟いて、仕方ないのだと納得させようとした。

 家からも、どちらかと言えば疎まれている自分が他家の、しかも当主筋の家を尋ねると思うと色々と気が重くなる。どちらかと言えば、何でも飄々とそつなくこなす青鹿が仙台に残り、姫と海潮の顔を知っている欅こそが鳴子に出向ければ良かったのだが、そうできない理由があった。

 欅は極度の方向音痴なのだ。住み慣れた仙台でさえ、時たま迷うことがあるというのに、初めての土地に単身乗り込むなど遭難必至である。


 広瀬川は黄昏の光をたゆたゆと吸い込んでいる、そんな時刻になっていた。


 八木山家の当主である八木山藤十郎は、明後日に行われる狐狸貂猫の七夕祭りの会議に出席していて不在であり、戻るのがこの時間になるという事は予め分かっていた。

分かっていたが実際に動けないというのは、とても歯がゆいのだと欅は少々焦っている。

 橋を渡った先は切って付けたように、山と住宅街が隣接し、山沿いに建物が続いている。

 コンビニの駐車場にて訪問前に一服すると、欅は人目に付かぬようにマンションの裏手で狐の姿になり、森の中の道なき道を進んで行った。やがて八木山家の縄張りに入ると、木陰から見張りをしていた二匹の貂が顔を覗かせた。


「おや、荒井のとこから狐が来たよ」

「悪いんだけど、牡丹と香菊と紅葉を呼んでくれない?」


 欅は余計な事態になるのを避けるべく、青タン三姉妹に取り次いで貰おうと思った。


「どうする?」

「いいんじゃないの、荒井家だし。よく見たら荒井欅だ」


 二匹の貂はここで少し待っていろ、と言い残し森の奥へ消えて言った。不本意ながら自分の『荒井欅は面倒見の良い子供好き』という不名誉な噂に感謝した。

 やがて人間姿のまま、何故か包帯や絆創膏を付けた青タン三姉妹がやってきた。欅はゾクリと嫌な予感がした。


「ケヤキ姉ちゃん」

「どうしたの? まさかあの後、狸にやられたの?」

「違うよ。家に近道しようとして崖から滑り落ちたの」


 安心したいけれど、心配になることを言われ、欅はよく分からないため息が出た。


「けやき姉ちゃんも大丈夫だった? 昨日の付いてきていたの狸だったでしょう」

「平気よ。今日はね、お願いがあってきたの」

「「「お願い?」」」


 三匹の声が重なった。


「あなた達のお父さんとお母さん―――いえ、八木山家のご頭首に会わせてもらえないかしら?」




 案ずるより産むが易し――とはよく言ったもので、あっけなくお目通りが叶った。三姉妹に連れられて、森のうろ穴に入ると化け術でまるで応接間に見せかけた部屋に案内された。青タン三姉妹が幻術の主なのか、子供染みていてところどころが可愛らしかった。

 再び人に化け、椅子に腰かけてしばらくすると、恐れ多くも当主の細君である八木山菫がお茶を運んで持ってきた。


「待たせちゃって、ごめんなさいね」

「いえ、こちらこそいきなり押しかける形になってしまい、申し訳ありませんでした」


 初めて会ったが、話に聞いていた通りの性格であるのが所作や声から伝わってくる。良く言えば柔和、悪く言えば天然というのが、よく聞く八木山家当主夫人の評話である。

 どうしていいか分からない欅は、取りあえず失礼が無いように畏まっておくことにした。


「いいのよ、気にしなくて。ウチの旦那は七夕の準備で出かけてしまってるから、私だけで申し訳ないのだけれど、大丈夫かしら。夕飯には戻って来るって言ってたんだけど」

「ええ、アタシは構いません」


 細君の耳に入れておけば当然、当主にも伝わるだろうから問題ではない。


「良かったわ。それでどんなお話しかしら、家同士の会合に出たことは何回かあるんだけど、他家の化獣さんとこうやって話すのは初めてかも知れないわね」

「アタシもです」

 

 細君の物腰の優しい態度に欅はホッとした。自分も少し緊張を解くと自己紹介も程々に話し出した。けれども、神婚の話題はあえて伏せておくことにした。肝心なところが不明瞭になるが、様子を見るためにそうした方がいいだろうと言うのが二匹の出した結論であったのだ。


「欅ちゃんの話は分かったけれど、どうしたらいいのかしらね。まず、ウチの萩太郎を助けるのが先決かしら」

「一番はそれですが、富沢家と八木山家の問題になってしまうのではないでしょうか?」

「そうよねえ、カチコミって訳にも行かないだろうし」


 おっとりとした口調に最も似合わない単語にドキリとした。

 八木山家に動いてほしいのが本音だが、それが種になり揉め事になってほしくはない。


「それは一番やめた方がいいかと」

「けど、こっちの長男が軟禁されてるってことを考えると、向こうも文句は言えないんじゃないかしら」


 確かに言う事も尤もだ。大義名分はある。


「けど、やっぱりそうなると何でウチの息子が捕まってるかって事なんだけど、やっぱり話してはもらえない」

「それは――」


 それを話すかどうか、青鹿と欅は最後まで迷っていた。


 萩太郎が捕まっているのは、神婚を妨害しようとしているからだ。それ聞いた八木山家がどう働くのか、全く予想できない。文字通りに神様が関わっている事態なのだ。万が一、富沢家や風梨家の動向に賛同されてしまうと、いよいよ青鹿の失敗が許されなくなってしまう。


「旦那にだったら、話してもらえるかしら?」


 しかし予想通り、話さずに事が運びそうにはなかった。ならばせめて、直接相手の顔色を窺いつつ話せるように細君の申し出に従う事にする。


「それなら旦那が帰ってくるまで、時間があるから夕ご飯にしましょうか。食べてって」

「いえ、待たせてもらいますが、夕飯までご馳走になる訳には」

「いいのよ。牡丹や香菊や紅葉がいつも遊んでもらってるみたいだから、お礼もしたかったしね」

「はあ」


 意外にも強引に押し切られ、言われるがままご馳走になることにする。母親から呼び出され、事情を聞いた青タン三姉妹は飛び跳ねて喜んでいた。

 やがて夕食を食べ終わり、そのお礼も兼ねて三姉妹と遊んでいると外が騒がしくなったのに気が付いた。


「あら、帰って来たみたいね。おかえりなさい」

「ただいま。荒井家からお客さんだって?」


 うろ穴の中に普通の貂より二回り以上の真っ白い大貂が入ってきた。周りが人間に化けているので、人間の姿を想像していたので少しだけ混乱した。

 思えばここが巣なのだから、人化する必要は皆無である。

 欅はすぐさま変化を解いて狐の姿に戻った。目上の者と話すとき、特に理由がなければ目上の者に化け方に合わせる。人に化けていれば人に、木に化けているなら木に、化けていないのであれば化け術を解くのが狐狸貂猫の礼儀であるからだ。


「お初お目に掛かります。荒井柳ノ助が三女、欅と申します」

「これはこれは、ご丁寧にどうも。八木山家頭領の八木山藤十郎です。どうぞよろしく」

 

 まるで日本昔話の絵本のように、大貂と狐は互いにお辞儀し合った。

 青タン三姉妹は、その様子を面白そうに眺めて、狐姿の欅に抱き着いてきた。


「お夕飯は?」

「まだだが、欅ちゃんの話を聞こう」

「いえ、アタシは時間がありますからいくらでも待ちます」


 欅はなるたけ下手に出ようと決めていた。


「そわそわしながら飯を食いたくないんでね。話してもらえた方が有難い」


 だが、向こうからそう言われてしまっては仕方がない。欅は覚悟を決めた。

 母親から窘められ、三姉妹は欅から離れたが、すぐ後ろに仲良く並んで座っていた。


「先ほど奥様にはお話ししましたが、こちらのご長男である八木山萩太郎殿が富沢家に捕まっております」

「あぁ、昼間そんな話を聞いたな」

「ご存じなのですか」


 もっと違う反応をするかと思っていた欅は、肩透かしを食らった。どこで誰から聞いたのかよりも、何をどう聞いたのかが気になり、欅の胸中を嫌な感覚が走った。

 藤十郎の表情からは何も読み取れなかった。そして何も知らないのか、朗らかな口調で続けた。


「相変わらず瘋癲(ふうてん)をしている。ひょっとして荒井家も関わっているのかい? そうだとしたら迷惑をかけるね」

「いえ、そんな事はありません」

「それを知らせに来てくれたのか?」


 それもありますが――と、欅は一呼吸を置いた。そして頭を下げながらきっぱりと言う。

「その事も踏まえた話なのですが、萩太郎殿を助けては頂けませんか?」


 沈黙があった。

 欅は恐る恐る藤十郎の顔を見た。そこには物思いに耽っている顔があった。


「話が見えないね。辛い物言いは言葉の綾だが、萩太郎がどうなったところで荒井家には何の関係もないはずだ」

「荒井家の者として動いているのではないのです。アタシは友達として動いております」

「友達」


 藤十郎はあからさまに驚いたのが分かった。

 八木山家当主の相手をしていることや、全く読めない藤十郎の顔つきなどに動転してしまった欅は、耐えきれず口が決壊したかのように捲し立てて喋り出す。


「訳はアタシの口からはお話しできません、無茶で自分勝手で無礼な進言は百も承知です。ひょっとしたら、泉家の青鹿という猫が事を収めてくれるかもしれません。しかし、萩太郎がいれば盤石に事が運びそうなんです。けど、アタシだけじゃアイツを助けらない」

 

 つい感極まってしまった。

 藤十郎は至って落ち着いたまま、尋ねてきた。


「一つ聞きたい。もし話せないならそれは構わない。答えられる範疇で答えてくれれば構わない」

「はい」


 いったい何を聞かれるのかと、体を強張らせた。


「あいつは…萩太郎は自由になったとしたら誰かの為に動くつもりなのか」

「そ、そうです」


 欅が頷くと、再び間があった。

 藤十郎は深く何かを考え込んでいたが、やがて細君と顔を見合わせると、急にすくっと立ち上がる。欅は何かをしくじってしまったのかと、尻尾の毛が逆立って針のようになってしまった。


「ったく、アイツと来たら、面倒ごとばかり起こして。誰に似たんだろうな」

「そりゃあ、貴方と私に似たんでしょうね」


 細君から笑い声が漏れた。

 途端に雰囲気が和やかになってしまい、欅は細君の笑い顔が萩太郎と似ているななどと気楽な事を思った。


「けど聞いただろう。あの萩太郎が友達の為に動く気を起こしているそうだ」

「ええ。しばらく見ないでいたら、そんな事になっていたのね」

「早速、明日にでも富沢家に出向くとしよう」

「使いを出しますか?」

「そうだな。いや待てよ――」


 藤十郎は悪戯に笑った。


「――どうせなら、もっと大事にしてやろう」


 八木山夫妻のトントン拍子の決定に、欅はすっかり置いてけ堀を喰らっていた。それは欅の傍にいた青タン三姉妹も同じだったが、自分の両親が珍しく、まるで子供の様にはしゃいでいるのにも気が付いていた。


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