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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
13/30

ほでなすの会、こりてんみょうのそれぞれ

三日ぶりです。。。

 

 風梨家において小生が捉えられた座敷から程遠く、所謂ところの離れの一室。そこに鶴子と雁ノ丞が物言わずに佇んでいた。

 この離れは『お役目』を担う狐狸貂猫の為に設けられた建物である。

 鶴子は悪戯を叱られた子供を諭すような声音で切り出した。


「手を出して」

「僕を自由にしていいの」

「信用しているだけです。私の弟を」


 ずるい言い回しだと、雁ノ丞は思った。

 鶴子は雁ノ丞の手首に掛かっていた枷の化け術を解く。

 見れば只の木綿の糸が幾重にも絡まっているだけであった。鶴子は袖から出した糸切り鋏で丁寧にその木綿糸を切った。


「あなたの心中が分からない訳ではありません。ただ――いえ、言うだけ馬鹿馬鹿しいですね」

「萩太郎は?」

「少し前までは暴れていましたが、今は大人しくしていますよ」


 そう聞いた雁ノ丞は、すくっと立ち上がり部屋を出て行こうとした。鶴子は思わず身構え、警戒した。


「雁ノ丞? どこへ行くの?」


 障子に手を掛けたところで立ち止まった雁ノ丞は、ゆっくりと振り返り、


「婚礼が三日後な上、萩太郎の見張りにかなりの数を出してるんだろうから、出来の悪い弟の手も借りたいんじゃないの?」と告げた。


 鶴子は息を飲んだ。


「雁ノ丞、あなた――」

「いいんだ」


 雁ノ丞はひんやりと笑った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 小生が掴まり、それからおよそ一時間半がたった頃。

 欅と青鹿が風梨家の裏手へとたどり着き、恐る恐る中の様子を窺っていた。青鹿は身軽になるという理由で元の姿に戻っていた。そして、その後ろに不機嫌そうな顔をして猫に化けた欅が付いてきていた。

 仙台の狐狸貂猫は、他の狐狸貂猫の原型に化けることを嫌う者が多い。単純に心の奥底では自分の種族が一番だと思っているのが原因だろう。しかし流石に街中を狐が闊歩する訳には行かなかったので、苦肉の策であった。


 屋敷を囲う塀の上から、二匹は邸内の青々しい木に飛び移った。青葉が茂っているが庭は軒先の様子はよく見えた。こちら側は、木の真下から見上げられでもしない限り見つかる事は無いだろうと思う。


「さて、ここまで来たもののって感じだねぇ」

「あまり変わりなさそうだけど」

「そうでもないさぁ、耳を澄ましてみなよ。奥の方ではドタバタと忙しない」

「いっそのこと忍び込む?」


 欅は止められるつもりで言ったのだが、青鹿は口が裂けるように笑った。猫の顔のまま笑ったので、幾分不気味である。


「いつでもトンズラできるようにしておきなよ」

「流石にやり合うつもりはないわよ」


 とは言ったものの、いざスカした市松人形の顔でも拝んだ日にはどうなるかは分からない。少なくとも血が騒ぐのは感じた。


「とりあえず、情報収集が最優先で」


 欅は力強く頷いた。

 機会を窺い、さあ行こうかと合図を出そうとしたところで、青鹿は奥の通路から一匹だけで歩いてくる雁ノ丞の姿を見た。周りに他の狸が居ない事を確認すると、すぐさま木から飛び降り駆け寄った。


「雁ノ丞」

「青鹿。無事だったんだね…そっちの猫は?」

「アタシよ」


 欅はようやく普段通りの人の姿になった。あの欅が猫に姿を変えていたのかと思いつい面白かったのか、雁ノ丞は微笑んだ。


「欅も無事だったんだ」

「何とかね、あんたのお仲間は大分しつこかったけど」

「そんな事より、何がどうなってるんだい? 一先ず姫さんの結婚の噂と萩太郎の事が知りたい」


 雁ノ丞の顔は曇った。困ったときに唇噛む、鶴子と同じような癖が出ていた。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。姫の結婚ってのは本当だよ。山王蔵之神さまと神婚するらしい」

「神婚!?」


 忍び込んでいることも忘れ、欅の愕声が響いた。

 横でまともに聞いていた青鹿が、その声量にその場でたじろいだ。


「声が大きいよぉ」

「萩太郎もここにいるけど、捕まっていて身動きが取れないみたい」

「何で助けに行かないのよ?」


 そう聞かれて歯がゆい表情を浮かべた雁ノ丞に、青鹿は助け船を出してやった。


「それは(こく)すぎるだろう、敵陣のど真ん中だ」

「まあ、取りあえず私たちが揃えば萩太郎を助けて逃げるくらいは…」

「悪いけど、僕は行けない」

「え?」


 二匹は雁ノ丞の言葉に耳を疑った。普段の彼からは想像できない程冷淡な声だったのも驚いた。

 欅は固まっていたが、青鹿は雁ノ丞が偽物だと勘繰って距離を置いた。当の狸はさらに続けた。


「理由は分かるだろう。僕は富沢家の狸だ。風梨家の令嬢が結婚するっていうのなら、その支度をしないといけない」

「何言ってんのよ。あんた姫を神婚させるっての?」

「風梨家がそれを決めたのなら、富沢家はその為に動くまでだよ。分かるだろう」

「分からないわよ。アタシ達で海潮と姫のことを見守ろうって言ってたじゃない」

「それどころじゃない事情だってことだよ」


 決して大声でないのに、腹の底に届くような声である。

 二匹は頭に浮かんでいた説得の言葉も文句も、全部忘れて押し黙ってしまった。欅は化ける余念も無くなるほどに怒ったのか、狐に戻ると今にも飛び掛からんくらい身を屈めた。喉が唸るのがよく分かった。けれども勘良く動いた青鹿に宥められる。


「落ち着きなよ。雁ノ丞の立場が分からない君じゃないだろう」


 青鹿に窘められ、再び人に化けたのを怒りを落ち着かせた証とした。


「ああ、そうだ。様子を見に来るんじゃないかと思って渡そうとしてたものがったんだ」


 そう言って紙袋を一つ差し出してきた。


「いらないわよ、そんなもの」

「…そう言わないでよ。しばらく会えないだろうから、借りてた小説返すよ」

「だからっ―――」


 雁ノ丞は声にならない声を上げる欅の態度など意に介さず、笑って紙袋を手渡した。


「はい。袋に入れておいた」

「……」

「さ、せめて見つからないうちに早く戻って」

「そうさせて貰うよ」


 そして青鹿に手を引かれるまま、トボトボと歩いていく欅に雁ノ丞は声を掛けたのだった。


「全部終わったらさ、また飲みに誘ってもいいかな?」

「いい訳ないでしょ」


 欅の予想通り過ぎた返事に、雁ノ丞は返事をしてくれただけでもマシだと思った。だがそうは分かっていても、寂しくそれでいて明るい笑顔を見せた。


「だよね」


 二匹が去った後、どこか苦しげな鶴子が雁ノ丞に近づく。足が止まると、雁ノ丞は二匹を見送った先と閑古な庭を見ながら話し出した。


「ごめん、姉さん。誰か呼んで捕まえるべきだった」

「いえ。萩太郎さんさえ捕まえてしまえば、後はどうにでもなります。青鹿さんと欅さんだけではできることもないでしょうから。それにしても辛い思いをさせますね」


 雁ノ丞はへへへと、強がるように笑う。


「結構つらいね、こういうのは。ごめんね、姉さん」

「いいのです。いつの間にか立派な狸になっていましたね。私こそ信用しきれずに見張りを立ててしまって、恥ずかしい事をしました」

「いいさ。気にしてないよ」

「さあ、戻って準備の続きをしましょう」

「うん。ホントにごめんね、姉さん」


 名残惜しそうな雁ノ丞のその視線は、踵を返し母屋に向かう中で迷いのない眼光に変わった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二匹は難なく風梨家を出ると、とりあえず仙台駅を目指し足早に歩いた。欅は放心しているようで、手渡された袋が淋しそうに揺れている。付き添う青鹿は万が一の追っ手を警戒して何度も後ろを振り返っていた。

 宮城野通りに入ると、二匹はようやく一息つくことが出来た。状況を整理しようとベンチに腰を掛ける。


「追っ手は来ないみたいだね。一先ず安心かな」

「…」


 返事はなかった。が、煙草に火を付けたので完全に呆けている訳では無いようだ。欅もまずは落ち着こうと必死なのだろう。


「そんな落ち込むなよ…てのは無理かねぇ。まさか雁ノ丞が向こうに付くとは思わなんだ」

「あんなにあっけらかんと、裏をかくような奴じゃないと思ってたんだけど」


 声は聞けたものの、声に表情はない。それでも話を止めまいと青鹿は相槌を打った。


「そうだね」

「容量悪いっていうか、自分がないっていうか。だから、何か一緒にいて面倒見たくなってたのよね」

「相変わらずの姉御肌だ」


 青鹿は常々、鶴子と欅は根本的な所でとてもよく似ていると思っている。尤も、そんな事を言おうものなら双方から怒りと反感を買う事は必至なので、口が裂けても言わない。


「こんなことするとは思わなかった」

「雁ノ丞が選んだんだ、仕方ないさ」


 青鹿は慰めの意味で、欅の肩をポンと叩いた。


「さあ、今後の事を考えよう。やっぱり萩太郎を助けるのが先決か…如何せんオイラと欅だけってのが辛いところだけど」

「違うわ。雁ノ丞はこっちの味方よ」


 そう言って欅は、例の袋を差し出した。

 青鹿は黙って受け取ったが、雁ノ丞が味方だという意味が分からない。


「アンタ、アタシが小説を貸したって聞いて何とも思わないの? 普段はあんなに勘が良いくせに」


 言われて青鹿は苦笑した。雁ノ丞が居なくなったと思い込み、落ち込んでいたのはむしろ自分の方だったと気付いたからだ。

 字を読むのが大嫌いな欅が小説など貸す訳が無い。あのやり取りは決死の虚仮威しであり、雁ノ丞は自らが獅子身中の虫ならぬ、狸身中の虫に化けるという役を買ってくれた合図であった。

 雁ノ丞の渡してきた紙袋の中に入った小説の間には、直筆のメモが数枚挟まれていた。


「あの短時間で、よく纏められたものよね」

「へえ、こいつは凄いや。婚礼の段取り、サークルの旅行の行き先に、成程、神婚を取りやめる方法も書いてあるよ、これは知らなんだ。ええと萩太郎は…かなり厳しい状況みたいだね」

「あいつが厳しいってどんなよ」

「富沢さんところの狸の半数が付いているんだって」


 青鹿はぴらぴらと、指に挟んだメモをチラつかせた。

 その様子を想像した欅は、頭から嫌なイメージを追い出すような溜息を一つ吐き出した。


「ご苦労なことね」

「けれどその分、オイラ達の事にかまけてられる暇も人手も無いはずだ。まだチャンスはある」

「手が足りないのはこっちも同じでしょう」

「まあ、そうなんだけどね」


 的確なご指摘に笑って答える。青鹿はいつの間にか普段の息遣いで喋っているのに気が付いた。状況は何も変わらず、数の上でも劣り過ぎている。なのにも関わらず、二匹は既に何とかなりそうな気がしてきている。緊張なのか、焦燥なのか、期待か高揚か。二匹は、やけに高ぶっていた。


「で、アタシ考えるのはあまり得意じゃないんだけど、これからどうすんの?」

「ん~、難しいね」

「そんな事は分かり切ってるわよ」

「でもやるべきことは分かってるんだ。神婚ができないように邪魔する」

「それも分かってるっての」


 欅もいつも通りに、ハナ差四着で三連複二百三十倍の馬券を外してしまったかの様なしかめっ面に戻っていた。


「このメモには姫が人間の誰かと婚約すれば神婚は無くなると書いてある。ま、その誰かってのは海潮さんになるんだろうけど」

「は? どういうこと?」


 青鹿は説明するよりも早いと思ってメモを見せた。


「…なるほどね」

「さて、ではできることを整理して、一番手っ取り早いのは―――」


 青鹿は欅の神経を逆なでするように、おもむろに勿体ぶって作戦を練り出したのだった。


一日一話とは何だったのか、もそっと頑張ります

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