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こりてんみょう  作者: 音喜多子平
11/30

富沢鶴子


 そんなことはどうでも良く、小生は声を荒げた。


「おい、待て。何の冗談だ」


 しかし、鶴子はまるで聞こえていないように飄々と自分の話を繰り出した。


「もう一つ、もう一つと続けてきて申し訳ありませんが、最後にあなた達に聞いてもよろしいですか? その後に詳細をお話しします」

「まどろっこしいやり方はやめて、さっさっと言いたいを言え」

「夏月海潮さんが里佳様に、まあ、その逆もあったとしてお二人は切っ掛けさえあればお付き合いをするとは思いますか?」

「ああ、どっちかが好きだと伝えりゃ、手放しでくっ付くさ」

「雁ノ丞。あなたも同じ見方ですか?」


 鶴子に再び戻った厳格、かつ意味の分からない雰囲気に飲まれてしまい、雁ノ丞は返事が出来ない。


「そうなったお二人を応援する?」

「当たり前だろう」

「…そりゃあ、応援するさ」

「それは青鹿さんと荒井欅さんも同じでしょうか」


 小生は力強く頷いた。


「青鹿はまだ海潮に会ったことがないが、一目で気に入るだろう。欅だってだって無関心を装っちゃいるが、応援してるさ」

「となると青鹿さんは別として、やはり欅さんにもお越し頂いた方が良いかも知れませんね…」


 フッと力を抜くように息を吐いた。その落ち着きが小生の怒りと得も言われぬ焦りに火をつけた。

 喉を唸らせ、結論を焦らす鶴子を睨んだ。


「話は終わりってことで良いのか? だったら、姫が結婚するとかいう話の詳細を聞かせてもらおうか」

「言葉通りの意味です。里佳様は八月七日にご結納される予定です。より正確に言えば、神婚ですが」


 一瞬、何を言っているのかが分からなかった。刹那的に何度もその言葉を反芻し、結局は鸚鵡返しに返す

だけが精一杯だった。



「神婚だと!」



「てことは、相手は…」

山王蔵之(さんのうくらの)(ぬし)様です」

「このご時世に人身御供かよ」


 小生は全てを理解して、吐き捨てるように言い放った。


「誤解を招くような言い方はやめなさい。里佳様は亡くなる訳ではありません」

「似たようなもんだろうが。神婚をすれば現世には余程特別な理由がなければ顕現できなくなる。人とも化獣とも関わりがなくなるなんて、残されたこっちの身になってみりゃ死んでるのと同じだろう」

「神界はそれも含めたとしても余りあるほどの高貴な場所です。それに知っているでしょう。これは風梨家の為でもあるのです」

「神婚の見返りは知っている。けれど、それだって即物的なものじゃなし、そもそもご当主様が悪いってことじゃないか!」


 雁ノ丞はガラにもなく、鶴子に歯向かう様に言い切った。


「とんだ馬鹿が跡目を継いで嫌な噂ばかりだったが、やっぱりそうなのか」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『お役目』が代わるのは当主が亡くなった場合のみである。

だから大抵の場合は、次の交代までには数十年の年月を要する。前回の交代があったのは、今から十一年前になる。だから、ほでなすの会の面々の中では、小生と青鹿が自分の一族が『お役目』を担った時期がない。欅としても物心がついて直ぐに富沢家に役目が移ったため、覚えていない事の方が多いだろう。

 そうなると基本的には富沢家と各家の重役を除けば、噂でしか風梨家の実態を知ることはできない。最近では他の狐狸貂猫同士が慣れ合う事を良しとしないと考える連中が多く、そうした考えが拍車を掛けている。

けれども小生たちは雁ノ丞から、かなり正確な情報を聞くことが出来ていた。そして耳に入って来る、現当主にまつわる噂はとんでもなく酷いモノだった。経営の才は無く人情味も薄い、その上金使いも荒いという禄でもない話しか聞いたことがない。姫の父親と言うのも信じられない事実である。

 恐らくはそんなロクデナシの経営手腕のせいで、取り返しのつかない様な損失をたたき出したに違いない。それは風梨家が傾き、『神婚』に頼るほかない程の大きな失敗なのだろう。

『神婚』という儀式には、人間の抱える大抵の問題などはいとも容易く覆すことのできるような、偉大な力と意味合いを持つ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「当主様への侮辱は目を瞑ります。しかし、それ以上は聞き逃しません」


 鶴子の事は苦手である。しかしながら好感を持てることだってある。

 姫の事を第一に考えている、という鶴子の信条だ。

 年の近い鶴子と雁ノ丞の姉弟は、幼い頃から姫の遊び相手兼、お目付け役として傍にいた。表に出しこそはしないが、鶴子の姫に対する思いは小生のそれと同じだと思っている。だからこそである。


「なあ、海潮はともかくとして、あんな事を聞いてくるってことは姫の気持ちも多少感づいてるんだろう? なんで姫の気持ちを分かろうとしないんだよ?」


 小生の言葉に鶴子は、怒っているとも、怒っていないとも取れる極めて不思議な目線を向けた。


「あなたこそ、神婚を受け入れられた里佳様のお気持ちが察せませんか。家があっての自分です。何故、家の為になろうとする里佳様のお気持ちが分からないのです?」

 

 その言葉には腹も立たず、いつも感じるような苦手意識も芽生えなかった。

 普段の鉄仮面の装いではない。まるで何かを妄信しているような気味の悪い程、凪いだ口ぶりだった。正気のままに正気を失っている。こいつは最早、話にならない。

 そう感づいた小生は、すぐさま立ち上がった。


「萩太郎、どうする気?」

「海潮に会いに行く。会ってこの事を伝える」

「伝えてどうするつもり?」

「それを聞いて潔く諦めるというのなら良し、そうでないのなら姫に告白でもさせる。神婚の掟は知ってんだろう?」

「そうか。既に結婚している女は認められない…けど、後三日しかない中で結婚は流石に……」


 雁ノ丞はその掟については半分しか理解していないようだったので、付け加えて小生の目的も教えてやった。


「同時に婚約している女も神婚はできない。そして、それは口約束であっても認められているはずだ」


 鶴子は疫病神を見るかのような目で小生を見て、

「…お役目や狐狸貂猫の掟のことなど蔑ろにしているものとばかり思っていましたが、随分勉強されていたのですね」と言って唇を噛んだ。


「雁ノ丞、悪いが先に行くぞ」

「行かせませんよ。何のためにこの家にあなたを招いたと思っているのです」


 無視して入ってきた障子を乱暴に開けた。その刹那、鶴子の言葉の意味を理解した。


「しまった!」


 あるはずの中庭はなく、ここと同じような座敷が広がっていた。小生は構わず進み、別の障子を開けるが見える光景は座敷ばかりが続いている。気付くのが遅すぎた。



 化かされている。



 それもこれだけの規模で化かすという事は、相当数の狸が絡んでいることになる。


「あなたの化け術は皆に手本するようにと言うほどに見事だと思っています。まあ、それ以外の一切を見習うなとも教えていますが」

「余計なお世話だ」


 こんな時にも皮肉を飛ばして来るのは流石だと感心してしまった。


「しかし、多勢に無勢という言葉もあります。ここは抜けられませんよ」


 その言葉を合図に、残り三つの障子が一斉に開いた。

 春の梅、夏の朝顔、秋の薄と四季折々の景色の中、その季節の花が咲き乱れる部屋となっている。振り返って見れば、雁ノ丞を押さえた鶴子が雪椿の花々に囲まれて立っていた。


「狸の分際で、鶯浄土の猿真似かい?」


 敵ながら天晴な化け術であった。思わず見とれてしまった事を悟られぬように悪態をつく。

 右から梅の木が枝を伸ばし、まるで掴みかかるように襲ってくる。けれども、如何せん動きがぎこちない。徒党を組んで化けるのは貂の専売特許ではないにしても、慣れていないのが一目で分かった。小生は富沢家への嫌味のつもりで鶯に化けると軽やかに、襲い来る枝の隙間を縫い進んだ。

 そのまま勢いに乗って、雁ノ丞を助けるべく冬の間へ突っ込んだ。途端に椿の枝葉が生い茂ってきたのだが、やはり動きが拙かった。そのくらいで小生は怯まない。

 鶯から貂の姿へ戻ると、久しぶりに四つ足で全力疾走をした。爪が畳の目に食い込み、十二分に力を込められる心地よい感覚が全身に伝わった。黒毛の尻尾だけを鋭い大鎌に化けさせると、牙を食いしばりながら飛び掛かり、反動を使って枝葉を悉く薙ぎ倒す。

 それを突破すると、バタバタと散らばる枝に囲まれながら体を捻り、妖術にて景気よく大風を起こす。そして飛散する木屑に紛れると、一目散に鶴子の懐に入り込んだ。反応できていないことは明白だった。再び人間の姿に化けて雁ノ丞を掻っ攫うと、そのまま冬の間を突き抜けようとした。


 しかし、その転瞬。


 体が一気に重くなった。

 

驚き振り向くと、雁ノ丞が小生を引き留めようと全体重を掛けてきていた。咄嗟に手を離そうとしたが、雁ノ丞の行動に理解が追い付かなかった分、相手が一瞬早かった。両手が伸びて蛇のように小生を這い伝い、そのまま転ぶように倒れると、力強く畳へ押さえつけられた。

 まさか裏切られたのか、と恨み眼で睨みつけ、雁ノ丞の名を叫ぼうとしてそれを飲み込む。

 小生が掴んでいたのは雁ノ丞に化けた鶴子であった。いつもの市松人形の様な表情が、更に冷たく無機的に見えた。

 すぐさま加勢の狸が手枷足枷に化け、小生へのしかかる様に押し寄せた。

 

 小生の身動きが取れないのを確認すると鶴子が、

「皆、ご苦労でした。普段のお勤めに戻ってください」と言った。

 

 部屋の変化は解け、さっきの座敷を残すばかりとなった。けれども用心深く障子と襖の向こう側には、まだまだ狸の気配が立ち込めていた。残っている狸と、変化を解いた狸たちの数を考えると、雑感ながら富沢家の半数以上の狸が揃っているように思えた。雁ノ丞は既にどこかに連れて行かれたのか、この場にいない。


「里佳様の為です」


 尋ねた訳でもないのに、鶴子はそう小生に言ってきた。蝉の声が五月蠅いまでに鳴っているのが、今更耳に入ってきた。


「どこがだよ」

「私は…」


 鶴子は言い淀んだ。そして、それを払拭するように胸に空気を入れた。


「私は里佳様が夏月海潮さんとご一緒になって頂いても構わないのです。けれども、今の状況はどちらを選んでも里佳様の心にわだかまりが生まれるでしょう。どちらが最良なのか、私には分かりません。ならば『お役目』を担っている狐狸貂猫として判断したのです。私は里佳様にお仕えしているのではない。風梨家に仕えているです。このお家の為に動きます」



 小生は雁ノ丞の名を叫んだ。けれどもその声が届いているのかどうかすら分からなかった。

サブタイトルってなかなか思い付かないものですね。

その一とかにすればよかった。。。

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