契約:3
「――さて、これで魔法というものが本当に存在することが解って貰えたと思うけれど……ちょっと、きみ、人が説明しているの寝ないでよ」
「むにゃ?」
グリに肩を揺すられ、顔を上げる。お腹いっぱいになったとたん眠気が襲ってきたわたしは、つい舟を漕ぎかけていた。
「よだれよだれ」
おおっと……口から汁が。あわてて手の甲で拭う。
「……汚いなぁ」
「……これは見なかったことにして」
呆れる相手にばつが悪くて頼んだ。
「りょーかい」相手が肩を竦めながら言う。
「それじゃ、話の続きだけれど──いいかいアンジェ。君の遠いご先祖さま達は、みんな魔法が使えたんだ。なにも特別な力じゃなかったんだよ」
「え、そうなの?」
「今から一万四千年ほど前の話だけれどね。人類はその頃、天空をも支配するほど高度な魔法文明を築いていた」
「……嘘でしょ? そんな話歴史書のどこにも載ってないけど」
「うん、それも仕方がない――神罰が下ったんだ」わたしの疑問に、グリは神妙な顔付きになりそう答える。
「当時、魔法は神様から授けられた神聖なものだったんだ。けれども、私利私欲に走った人類は戒律を破り世界との調和を崩し始めた。
おごれる人類が力を求め、やがて悪魔とさえ契約を結ぼうとしたその時、ついに神は怒り世界は十日間の炎に包まれた。天は激しく荒れ大地はことごとく海の底に飲まれていった。
そうして大地は、一旦不浄な物から生まれ変わり今の姿になったんだよ。今現在どこにも記録が残ってないのはそのためさ。
ところが、ごく一部の人間は神様の目を盗み魔法の技術を現代へ残すことに成功した。自らの力を本――すなわち、文字へ転写することによってね。僕はそうして生まれた過去の遺産という訳」
「そ、それってひょっとして凄いことなんじゃ……」
「ああ、奇跡に近い出来事だろうね」彼もまた同意し頷く。
「――さて、アンジェ。きみはこの力をどう使いたい?」
「へ?」
突然そんな話を振られわたしはきょとんとした。
「どうって……なんでそんなことわたしに聞くわけ?」
「だって、君は僕のご主人様だろう?」
「な、なにそれ!? 聞いてないけれど?」
「きみが見付けてくれたのだからこの力は君だけのものさ」
「ちょ、ちょっと! そんなの勝手に決めないでよ」
「じゃあ、捨てる?」と聞かれ、うっ、とわたしは言葉に詰まる。
「それはちょっと……勿体ない……かも……」
意地汚くも先の料理の味を思いしていた。そんなわたしを見て、グリはやれやれと肩をすくめる。
「図星みたいだね。ま、その程度で済むなら僕は構わないけれど。……問題はそんなに簡単には済まないんだよなぁ」
面倒臭そうに頭を掻きながら彼は言った。
渋面を作る彼にどういうこと?とわたしは訊ねた。
「うん、例えばそこの甦ったきみの犬を見てもらえば解ると思うけれど」
促され、視線をむければあくびを噛み殺しているジェイクが。
「魔法の力は強力すぎるんだ。それこそ、死者を甦らせることなんて朝飯前な位にね。ただ、それには対価を伴う。魔法の力はなんらかの生命……というか、正確には魂を引き換えに世界に干渉するんだ。たまたま今回はすぐ側に媒体があったから良かったものの――」
「ちょっと待って!」
今の発言に気になる箇所があり、彼の言葉をわたしは遮る。
「媒体って言ったわよね。それって……もしかして……」
ご明察、とグリは怪しげな笑みを浮かべた。