契約:2
そう言われた次の瞬間――
わたしは、思わず目を見張った。
始めに彼の指先がぽわっと光り、蝋燭にも似たか細い火が生まれたのだ。
それがぐい、と飴のように伸びてそのまま竈の方へと走ってゆく。
瞬く間にそこへ火が点き、同時にどこからか現れた薪がパチパチと小気味良い音をたて爆ぜ始める。
虹色の光のつぶてが窓の方へと走っていって、ガラスをすり抜け野を駆けてゆく。
するとそこには、たわわに実った黄金色に輝く麦の穂が。
ぶうぶう。どこからか豚の鳴き声が聞こえてきて、そこから次いでコケコッコー。にわとりまで現れころりと卵を産んでいった。
ふわりと鉄鍋が宙を浮き、そこからこぽりと湯が沸きだす。
「卵はオムレツゆで卵♪」
楽しげにグリが歌うや木のテープルの表面が揺れだし、もこり膨張したかと思えば食器がたちまち現れた。木の匙ボウルに絵入りの平皿。そして器の中には熱々のポタージュ!
「うわ! た、食べ物ッ!」
美味しそうな芳醇なバターの匂いが一斉に鼻に飛び込んできた。
思わずわたしは身を乗り出し、行儀などそっちのけ。お皿をひっつかみズズズズッ!と喉の奥へと流し込む。
おいしい!
これ、すごくおいしい!
濃厚なスープはほのかににんにくと胡椒の香りが効いていて、空腹の胃には堪らない刺激となる。
ハフッ! ずずっ! ずずずずずーっ!
一心不乱。無我夢中でそれを平らげた。なにせまともな料理はおろか、食事など本当に久しぶりなのだ。ああ〜っ、幸せ!超幸せ!
食べ物っておいしいなぁ。もっともっとこれ食べたい!
器が空になるや否やポワ、と煙が吹き出て、今度は食卓にパンとチーズが現れた。柔らかい白パンと充分な歯応えが楽しめる黒パン。滑らかなバターと林檎、黄桃のジャムまで添えてある。もう、至れり尽くせり!
ザウアークラウト(キャベツの酢漬け)に香草のサラダ。焼きたてニシンのパイにソーセージ、ふわっふわのオムレツに野いちごとババロアのムース。こんなのお祭りでもなきゃ一度に食べられない!
うわっ! うわっ、うわわっ!
食卓を豪勢に彩る料理の数々に思わず目を奪われ、手当たり次第にかぶり付く。
ああ〜、このソーセージ絶品だよぉ……
ソースをパンに浸けて食べるのも堪らないよぉ……。
「はっはっは。そんながっつかなくても無くなりはしないよ」
お次はかぼちゃのパイ、瑞々しい葡萄と洋梨の盛り合わせ。くるみとナッツ、大好きなチョコレートケーキ!
満足そうな笑みを浮かべ足下のジェイクにも肉を分けてやるグリは超いいやつだ!
わたしは口まわりをソースと肉汁でべとべとにしながらありがとうグリ!ありがとうグリ!と何度もお礼を言う。
ここで死んじゃってももう悔いはなーい!
「おっと、それは困るぞ」
満腹感一杯で机に伏すわたしを見て、グリは苦笑をもらしていた。