契約:1
◆1
――グリモワール。
わたしの前に現れた謎の少年は自らをそう名乗った。
彼がわたしを「アンジェ」と愛称で呼ぶため、今後はそれに倣い「グリ」と呼ぶことする。
ところがそちらは彼のお気に召さないらしい。
露骨に嫌そうな表情を浮かべた彼に
「どうして? 可愛いじゃない」
と訊ねてみたのだか、
「……君は僕のことを犬かなにかと勘違いしてないか」
そう、不機嫌なままちぃ、と舌打ちをこぼすのだ。存外プライドが高いということが取り敢えずは分かった。
名前は分かったけれど、一体なにが目的だろう。この人は。
物取りにしては……やけに小綺麗な格好をしているなぁ。仕立ての良さそうなシルクのシャツにスボンとサスペンダー。貴族の子供とかそういう類いのものなのだろうか。
けど、うちはそんなのと全く繋がりのないただの庶民だし……
「フフ、解らないといった顔をしているね」
面白そうに形のよい眉を上げて、それから近寄ってきたジェイクをひとなで。嬉しそうに尻尾を振っている。
こら、ジェイク、知らない人にそんな簡単になついちゃいけません。
「取り敢えずお礼を言おうと思ってさ」
「お礼?」
「そう。お礼。昨日、君は箱を見つけてくれただろ?」
そう言われふと思い出す。
「あの箱貴方のものなの?」
すると彼はチッチッ、と一本指を立てるやそれを真横に振った。
「いいや。所有者ではなくアレは僕そのものさ」
「……は?」
突然飛び出た意味不明な発言に、頭の理解が追い付かなかった。
「ちょっとなにいってんのかわかんないんですけど」
正にそれ。怪訝な表情を浮かべたわたしに対し、フフン、と得意気にグリは鼻を鳴らしてみせる。
「アンジェ、君は魔法というものを信じるかい?」
「唐突になに?」
「いや、口で説明するより実際目にしてもらった方が早いと思うから」
うん……そうだな……。ぐるり殺風景な小屋の中を見回し、グリはよし、と竈の方へ指を指してうなずく。
「君、お腹空いているだろう」
「えっ。何か作ってくれるの?」
「フフ、奇跡を見せてあげるよ」