第09話『帰りの電車にいた者』
目に焼き付くような眩しい夕焼けは地球の裏側に回り、見えなくなった。月は暗い夜空を照らし、帰路につく人や夜の街へ繰り出す人を真上から見下ろす。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン帰りの人や仕事終わりの人が多いのか、朝の通勤ラッシュ並に車内は混み出す。
車内は冷房によって強引に蒸し暑さをかき消している。快適であるのは間違いないとは思う。
しかし、昔と比べ人類は進歩しすぎている。このままではいつ宇宙侵略に乗り出してもおかしくない。
いや、それはないか。地球外の生命体から攻撃を受けたならいざ知らず、積極的に地球人が全員協力して宇宙侵略を志す事態など起きるはずがない。纏まりの無さでは宇宙一の種族と言えるのではないだろうか。
他の種族がいるのかは怪しいところだが。何言ってんだろ俺。
ともあれ、そんな満員となった車内の扉付近では例の女子中学生二人がもみくちゃにされている。
俺はと言えば、幽霊が出ると噂の席にいつものように座り込んでいる。
時刻は既に八時を回っていて、女子中学生がこんな時間まで外にいて大丈夫なのかと些か心配になる。
「あ、そういえば晩ご飯どーする? レンちゃん」
「そうだねえ。ラーメンでも食べに行こうか」
「いいねーそうしよう」
女の子が二人でラーメンだと。最近の女子中学生はそんなことが出来るのか。やっぱり進んでるんだなあ。ところで君達、ちゃんと両親には連絡してるんだろうね?
「てかさ電車の中混みすぎじゃない?」
「私達もその一因になってるんだからそういうこと言わない方がいいよ」
「そりゃそうだけどさー」
レンちゃんだってわかっているだろうが、まあ確かにこんなに人が多いのは好ましくない。冷房は効いているはずなのに暑苦しさを感じずにはいられない。
あと君達もう少し小声で話した方がいいよ。最近の人は何がきっかけで怒るのか分かったもんじゃないからな。
「リンさー。最近この電車乗るよね」
「そうかな? あんまり意識してないけど。来たやつを乗るって感じ」
「いやいや結構多いよ? ほら、あそこの席見てよ」
そう言って目線で俺の席を指した。何を隠そう、俺の隣の席はこんなに混雑しているというのに空席なのである。
その原因は分かっているが、認めることは出来ない。
「リンは知ってるよね。私が霊感強いの」
「知ってるけど。あんまり言わない方がいいよ? 恥ずかしいよ?」
「本当のことなんだからいいの」
霊感ね。テレビでしか聞かなかった単語だ。霊感だの霊媒師だの、心霊スポットだの廃病院だのそんなのは全部嘘っぱちだ、と思う。芸能人が泣き喚いているのは演技で、「お分かりいただけただろうか」のフレーズと共に映し出される映像は全部CGなのである。
それらを信じている者がいるとすれば、その人は中学生以下の人だろう。
大人になるとね。もっと怖いものができるんだよ……。
とまあ、幽霊の有無はいいとして、実際に「霊感がある」と言う人がいても大抵の人は冗談と受け止めるだろう。親交の浅い人なら深く追求されることは無いが親密な関係ならそうもいかない。
過程はどうあれ、いつかは止めさせられるだろう。
いくら言っても止めなかったらその時が縁の切れ目になるかもしれない。
「まあいいよ、聞いたげる」
「あそこの席、空いてるように見える? 人が座っているように見える?」
「空いてるように見えるけど」
「そう……」
ごく自然に、当たり前に、リンちゃんはそう言った。それを聞いたレンちゃんはこっちを睨んでいる。明らかに俺を睨んでいる。思わず目が合わないように視線をそらした。
「絶対何かいると思うんだけどな……」
「そんな怖い話してないで、もっと楽しい話をしようよ」
中学生なら幽霊の話は怖い話の内に入るのだろう。いないと分かっていてもなぜか怖いと思ってしまうその気持ちよくわかる。俺も小さい頃はそうだった。
レンちゃんは暫し熟考の末、眉間に寄せたしわを解いた。
「そうしよっか」
「あ、そうだ。ユニバにいたときにさ、お兄ちゃんからメール来てたんだ」
「へ、へーそう。それが何?」
「教えて欲しい?」
「別にいい」
明らかに教えて欲しそうである。レンちゃんの恋心はばれているのだろうし、隠す意味もないと思うけど。いや、隠せてないけどさ。それにリンちゃんもリンちゃんだ。今時、時代遅れの珍しいツンデレを弄ぶのもいいかげんにしろ。可愛いからもっとやれ。
「じゃあいっか。お兄ちゃん、女の人とユニバに行くって言ってたんだけどなー。まあ別にいいって言われたしもうレンちゃんには関係ないよね」
そこで、電車は大正駅に着いた。まばらに人が降車していき、その中にはリンちゃん、レンちゃんも混じっていた。今時の女子中学生が遊園地帰りに何を話すのかは知らないが、きっとあのアトラクションが良かった、ご飯がおいしかった、今日は楽しかったと姦しく変えるのでないだろうか。
あーでも、それは西九条に来るまでに話しつくしたのかも。となると……もうなんでもいいや。どうせわからないし後をついて行って盗み聞きすることもできないし。
「死ねクソガキ」
と、唐突にどこからともなくそんな言葉が聞こえた。一瞬のことで今の声が男性か女性か、子供か大人かわからなかった。若々しい怒りのような感情が読み取れたがそれだけで若者と決めつけるには弱すぎる。
相変わらず車内はパンパンで、俺以外の人は窮屈に耐えているか、スマホを弄っているかで気づいていないみたいだ。
ただ、今の声を聞いて胸のあたりから黒々としたモヤモヤがこみ上げてくるのは何故だろうか。




