第06話『大事なのはタイミング』
11月1日。
今日は面白いことが起きた。面白い、と言ってももちろんラケット達三人組に関することだ。
いつものように朝、天王寺駅に着いた。ホームにいたのはスパイクだけだった。お洒落な服装を身にまとい、相変わらず整髪料なんかを使い、格好つけている。
手元のスマートフォンに集中して何かメッセージを送っているように見える。
見た目通り交友関係が広大なのだろう。なにせ女の子に十回も振られた男だ。知り合いは多いんだろう。
それも大人になれば厳選されるんですけどね。
停車したところでスマホから顔を上げたスパイクが乗った。続けて階段から降りてきたバットが駆け込んできた。更に遅れて、階段を駆け下りて来たラケットがなんとか乗り込んだ。
直後に出発するもんだから車掌に感謝である。それにしてもこいつら結構ギリギリなんだけど大丈夫か? 俺が見ているところでは今のところないがそれ以外なら遅刻しているんじゃないの?
「はよっすー」
「おー。おはよう」
悠々と挨拶するスパイクに対し、バットは少し苦しげに息を吐きながら応える。ラケットはと言えば全力で走ったのか息を整えるのに精いっぱいで片手で応じるが、言葉にはできていない。
「いやー昨日の文化祭楽しかったよな」
「劇よかったよな。ちょっと危なかったけどさ」
「そーそー。な、よかったなラケット。いちごちゃんと一緒に王子様とお姫様やれて」
「ああ。突然王子役の三島が倒れてラッキーだったな。不謹慎だけど」
三島くん……。
まあ、顔を見たことのない人間などどうでもいいが。三島くんが倒れてどうして代わりにラケットが出演できたのか、それは学校でいろいろあったのだろう。
その話を聞くことは叶いそうにない。
「ああ、うん。それはよかった。よかったんだけど……」
ラケットは息が整ったのか、はっきりと話すことが出来ている。しかしどこか歯切れが悪そうだ。
「そういえば告白の返事なんて帰ってきたん?」
スパイクが聞くと、ラケットの肩がピクっと動いた。
言い淀むラケットを見てスパイクとバットは顔を見合わせ、怪訝な顔をしている。
まさかラケット……
「実はさ、告白してないんだよね……」
ラケットの言葉に、スパイクとバットは雷が落ちたように固まる。いやぁーと照れたように頭をかいている。それ、バカっぽいからやめた方がいいよ。
「は?」
「何やってんの?」
体格のいいバットと見た目がチャラいスパイクが呆れと怒りを孕んだ冷たい目を向ける。目線の先は小柄なラケットだ。
その様子は気弱な男子をカツアゲする二人組に見えなくもない。今誰かが通りかかれば通報されてもおかしくないだろう。ここが電車の中でよかった……。
「いやー二人きりになった時にさ、電話かかってきたんだよ。ね、スパイク」
実際は気弱な男子などではなく、強気にスパイクを威圧していた。いや、それはスパイクが悪い。
「え!? あの時だったのかよ。いやそりゃごめん謝るからその恨みこもった目で俺を見るな」
「はあ。まあいいけどさ。よくないけど」
「どっちだよ」
「そのおかげでいちごちゃんと劇に出れたのは嬉しいけどさ。タイミング考えて欲しかったなー」
チラチラっとスパイクの方を見ては何やら含んだ視線をぶつけている。
スパイクが電話をかけたタイミングはたしかに悪いが、自分のいない場所の状況を鑑みて電話をかけるなんてことは誰もできないだろう。授業や仕事なら考えられるが、自由時間はそうもいかない。
「いやごめんって」
「いいけどさ。よくないけど」
「どっちだよ」
ん? デジャブを感じた。
このまま会話がループするんじゃとよくわからない不安に苛まれたが、スパイクがその流れを断ち切った。
「その後に機会はなかったのか?」
「二人にはなれなかったよ。クラスの人の殆どが部活の方の打ち上げに参加するとかでクラスの打ち上げはなくなったしさ」
それで今日に至る。メールや電話で告白するという手もあるが性格的にラケットはそうはしないだろう。
俺もラケットのことはそんなに詳しく知らないが。
「そっかー」
「ま、しゃーねーよ。次頑張れ」
「そうする」
誰一人として全く同じ考えを持っている人間なんていない。だから人と人とが関わる限り、何かしらのすれ違いやズレは生じる。それは子供だろうが大人だろうが関係なく発生するもので、それを全部、防ぐことは出来ない。
今回はタイミングの問題だったが、いつもそうだとは限らない。もしそれが些細な事であっても、人はその解決に尽力するだろう。
そして、人は成長する。
今のラケットのように。
「あ、そういえばいちごちゃんから遊びに行こうって誘われた」
「うぉぉぉい!」
「ラケットが情けないから自分で動いたのか……」
まあ、そんなことだろうとは思ってたけどね。