第05話『決心』
十月になった。
この時期はもう秋と呼んでいい気がする。
暑さもだんだんと抜けていき、中旬を過ぎれば気温が二十度を下回ることが珍しくなくなってくる。
落ち葉が街を茶色く彩り、冬の予兆を感じさせる。
休日が少ないことも関わってか、どこか世間では哀愁が漂っている。
一方、学校という世間の縮図で生きている高校生は目前に迫る文化祭に現を抜かしている。
見かける学生から感じるのは元気ばかりだ。年若くしてすでに哀しみに満ちた学生もいるがそんなのはごく一部だ。
天王寺駅で乗車した二人組はその一部には入っていない。ラケットとバットは朝から文化祭談義に興じていた。
「ねえバット、僕決めたよ」
「そっか」
「昨日、スパイクに言われてこのままじゃ駄目だって。そう思ったんだ」
「いいんじゃないか? 何のことか知らないけど」
こらこら友達の決心を適当に扱うな。
ラケットの目が馬鹿を見る目になってるぞ。
「スパイクから聞いてないの? どうせ言うだろって思って僕は言わなかったんだけど……というかスパイクは?」
「聞いてないな。あいつなら熱が出て休みって。グループトークで来てただろ?」
「あ、見てなかった」
携帯を確認して得心したようにポケットにしまった。
熱が出たって、大丈夫なのか? 度合いによるが場合によっては死に至る可能性もある。極端な話だが。
無事を確認するまでは安心できないな。
なんなら俺から会いに行きたいぐらいだ。
「スパイクは置いといて、何を決めたんだよ」
「今度の文化祭にいちごちゃんに告白する」
「へー、いいんじゃええええええ!!!!」
おおー。とうとう告白かー。という俺のうっすい反応とは対照的にバットは完璧なリアクションを見せた。ここまで完璧だとラケットも言ったかいがある、とばかりに胸を張っている。
絶対そんな気持ちじゃないな。
「スパイクに『大事なのは付き合えるかどうかじゃないだろ。お前がどう思ってるかを伝えることだ』って言われてさ。気持ちを伝えることにしたよ」
「あいつの場合ポンポン伝えすぎだけどな。みかんちゃんで何人目だよ」
「十人ぐらいだね。スパイクは見た目はかっこいいから付き合うまでは簡単っぽいし」
「毎回振られてるけどな。でもみかんちゃんとはうまく行くと思う」
「僕もそう思うよ、振られる度に僕達に泣きついてくるのそろそろ本当にウザイからむしろうまく行け」
いつの間にか攻撃を受けているスパイク本当に哀れ。
「スパイクは置いといて。心配すんな。ラケットも成功するから。いちごちゃんお前のこと好きだし」
おおお。成功が約束された告白なのか。俺は相手が相手だったからな。本気とわかってるくせに冗談にしやがったのは今でも覚えている。
今度会ったら文句言おう。
「え、ごめん何だって?」
バットの決定的なアドバイスも虚しく、ラケットは欠伸をしていて聞いていなかった。
ラケットてめえ最悪だな。友達の話はしっかり聞いた方がいいぞ。
バットの方も信じられないという目でラケットを見ている。見下している。
言って言ってと揺さぶるラケットに絶対言うかと口を噤んでいる。
まあ、適当なことを言ってその気にさせてもし失敗したら大惨事だ。安心して告白すれば気持ちが籠らないかもしれない。それなら本番まで成否を気にしていた方がいい。
「全然関係ないんだけどさ」
「何、話変えようとしてもそうはいかないよ。絶対に吐かせてみせる」
「ゲロなら吐いてやるぞ……うっ」
苛立ったのかバットは指を喉に突っ込み嘔吐く素振りを見せる。うにうにしていた手をサッと隠し、ラケットはバットから離れた。
「ごめん。しつこかった」
「いーよ」
素直なのはいいことだ。すぐに謝れるところもラケットの美点ではないだろうか。
「戻すけど」
「ゲロはやめてください」
「話をだ。今俺たちって前から三番目の車両に乗ってるよな?」
「え、そうなの?」
へーそうなんだ。俺も確認したことなかったな。初めて知った。
「ここって色々噂があるじゃん?」
「何それ?」
小声で話すバットだがラケットはなんのことかわかっていない。
「知らないのか。ならいいやわざわざ教えることでもないし」
「え! そこまで言ったなら教えてよ気になるじゃん」
「いやいい」
「いやいや僕が気になるの!」
「しつこい」
ピシャリと言うとラケットは黙り込んだ。さっきのやり取りが効いているのだろう。負い目を感じているのかラケットは強気に出れない。
にしても噂ねえ。バカバカしい。あんなのどこまで本当なのか。噂なんてものは独り歩きするもので、この車両に関することもどうせ出鱈目に決まっている。
いつもこの車両にいるが噂など聞いたこともない。
噂についていろいろ考察していると、いつの間にか二人の姿はなかった。
桃谷駅を過ぎていたようだ。既に駅は見えなくなっていたが、今見ている景色は桃谷と鶴橋の間で見える景色だ。
たった二人が出ただけで、それなりに詰まっている車内は信じられないほど静かになっていた。




