第03話『作戦会議』
五月。
四月の時に比べ、少し暖かくなった。冬が残した僅かな寒さは暖気に飲み込まれたようだ。その証拠に待ち行く人の服装が若干、薄くなった気がする。
電車の中の暖房もほとんど稼働していない。この当たりの季節が過ごすには最適な気がする。
ぼーっと考えていると、例の三人組が入ってきた。いつの間にか天王寺駅に着いていたようだ。
「――からさーバットはチンパンジーだよな」
「バットが? 僕はゴリラだと思うけど」
「お前ら失礼だぞ」
「そうだな、チンパンジーに失礼だな」
「ごめん。ゴリラに失礼だった」
「そっちじゃねえ」
憤慨するバットを適当にあしらい二人が笑い合う。
「バットはマウンテンゴリラってことで」
スパイクが調子よく結論づける。
「もうそれでいいわ……次はラケットな。ちなみに俺はハムスターだと思う」
ラケット可愛いな。まあ確かに細身で女顔のラケットには似合っているのかも。女装とかさせれば面白そうだな。ラケットの宴会芸はそれで決定だ。
「お、合ってんじゃん。はいハムスターで決定ー」
二人の意見が合致するとすぐに決まった。
どうやら三人は、自分達を動物に例えたら何かっていう遊びをしているらしい。
くだらないな。まあしかし、学生の時は俺もそんなどうでもいい話ばかりしていた気がする。学生とはそういう生き物なのだ。
「僕そんなに男らしくないかな……」
本人はどうやらご不満なようだ。確かにハムスターと言われればそう思うのも致し方ない。男らしいのとはかけ離れている。
意中の女子がいる男子としては不本意なことだろう。
「わかりにくくはあるな」
ラケットの男らしさは顕著ではないらしい。男らしさとは内面の問題だ。精進したまたえ、少年。
はー、とため息をついたラケットは切り替えたように顔を上げた。
「スパイクは――」
「お、俺か? なんだなんだ?」
自分に矛先が向いて喜ぶスパイク。これはひょっとするとマゾの気質があるのかもしれない(大嘘)。
「ヒモかな」
「合ってるじゃん」
「酷い!」
ラケットの辛辣な物言いにスパイクは叫んだ。
お二人さんはスパイクの扱いが雑らしい。いや道具の話ではなく。
生き物ですらないあたり三人は仲がいいんだと思う。何でも言い合える仲だと、そう思っておこう。
「ちなみにこれはロープと無職のヒモでダブルミーニングになっています」
「より酷い!」
どうでもいいし、全く上手くない掛詞を説明するラケット。
「無職よりのロープだな」
うんうんと頷くバットだが何を言っているのかよくわからない。なんだ無職よりのロープって。どんなロープだ。
あ、もしや無職と無色を掛けて「無色よりのロープ」と言ってるのでは? ――いやないか、深読みのし過ぎだな。
「どっちでもいいわ!」
小気味良い突っ込みで会話を回すスパイクに畏敬の念を持つ。さすがチャラ男もどき。
久しぶりに彼らを見るがどうやら大きな変化はないみたいだ。実力テストの結果やラケットの好きな女子との進展具合はどうなのか気になるが直接聞くわけにもいかない。そのうち分かればいいなぐらいに思っておこう。
「そいやさー」
祭りの掛け声のような言葉を使い、スパイクが二人に呼びかける。
「土曜日の遊園地のことなんだけど、俺らは男三人じゃん? でもみかんたちは二人なわけだろ? あと一人女の子がいた方がバランスいい気がするんだけど」
遊園地に行くのか? 蜜柑というのは名前か? にしては変な名前だな。まんま果物の名前ってそうそういないぞ。
それに、スパイクはチャラ男の割にそんなことを気にするのか。可愛いところもあるじゃないか。
「そんなら俺の妹を呼ぼうか?」
バットがそんなことを言った。妹と友達と女のクラスメイトが同じ空間にいるって居づらくないか?
「いいじゃん。そうしようぜ」
「僕も賛成。ピアノちゃんに会うの久しぶりだし」
「おい。俺らの渾名に妹を巻き込むなよ。俺はその渾名で呼べないだろ」
居づらい、等と考えるのは古いのだろうか。もしくはかねてから交流があるのかスパイクとラケットの反応は芳しい。
「ごめんごめん」
「莉絵ちゃんだよな。ちゃんと覚えてるって」
軽くラケットが謝るとスパイクがすかさずフォローを入れる。
「覚えてるならいいけど……じゃあ誘っとくわ」
「おー頼んだ」
人数の問題は解決したようだ。よかったよかった。
「で、だ。本題に入ろう」
神妙な顔持ちでスパイクが言う。途端に場の空気が重くなる。
バットも真剣な表情になる。
が、ラケットは二人から目を逸らし始めた。
ふむ、これはラケットの恋愛に関する話かな?
「ラケットといちごちゃんをどうやって二人きりにするかだな」
苺ちゃんというのがラケットの想い人だろう。女の子二人組は蜜柑と苺が好きなのか? それがそのまま渾名になっている、とか。ありえるな……。
こいつらのネーミングセンスは少々異質なところがある。
「ああ。俺達の最重要任務だ。心してかかれ」
「そういうのは僕がいない所でして欲しいな……」
「莉絵ちゃんはバットに任せた。俺はみかんをどうにかする」
「そうだな。お前がみかんといい感じになったらムカつくが莉絵はスパイクに任せられないからな。それが妥当だ」
ラケットの呟きは虚しく、二人で計画を練り始めた。心底居心地が悪そうで居た堪れない。
そういうのは秘密裏に行われるものじゃないの?
見てて面白いからいいけどさ。
「バットの言い方は引っかかるがそういうことだ。俺達が動き出したらラケット、お前頑張れよ」
背中を叩いて応援するスパイク。
バットも任せろ、安心しろと言いたげに笑顔を浮かべている。
「二人とも……僕、頑張るよ」
そうして、三人は出ていった。
ラケットはいつも頑張ってるな。
まあ、一緒に遊園地に行くほどの仲だ。心配しなくてもいい感じになると思うよ、おっさんは。