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青春してる奴らと眺めるだけの奴  作者: 奈宮伊呂波
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第02話『男子高校生』

 春になると開いた扉から寒さと暑さを兼ね備えた空気が流れこんでくる。扉がしまっている時は空気の循環が滞り、むわっとした空気が溜まる。

 満員なのも影響しているだろう。


 なんて電車の中でぼんやりと考えていると、いつの間にか景色は移り変わりホームに着いていた。

 柱には天王寺と書かれている。

 人が乗り降りするこの瞬間は、当たり前だが扉が開いてしまう。そのせいで急な気温変化が起こり、身震いしてしまう。


「今年は同じクラスになれてよかったよな」

「バットはいいけどスパイクはやだ」

「ラケットひでえ」

「俺もスパイクはあんまりやだかな」

「バットひでえ!」


 男子が三人入って来た。学ランを来ている当たり学生だろう。

 バット、スパイク、ラケットというのは渾名か? 色物にも程がある。それにスパイク君の扱いが酷くて可哀想だ。

 恨み声を漏らすスパイクだが笑顔が浮かんでいる。

 三人の中は随分いいみたいだ。


「あ、あそこ座れるんじゃない?」


 ラケットと呼ばれた少年がこちらを指さす。目が合ったようだ。ラケットの顔は男の子らしくなく目がクリッとしている。体格もそれに合っていて若干小柄になっている。変な女子に「なんちゃら君可愛いー!」と言われるタイプの男子だ。女の子であったならば、思わず抱きしめてしまいそうだ。ごめん冗談です。

 しかし目が合ったのも気のせいで、よく見ると俺の座っている場所の隣を指している。俺の隣がちょうど三人分空いている。

 二人が言われたことに反応し、並んでこちらを見る。一人は喜びを顕に、もう一人は眉をひそめている。

 そんなに嫌な顔をするなよ。幸せが逃げるぞ。


「早く座ろうぜ」


 スパイクと呼ばれた少年が嬉々として俺の隣に向かう。髪の毛が妙な方向に向いているので恐らく整髪剤を使っているのだろう。一般にチャラいと言われる人種だ。

 サッカーしてそうだな。あ、それでスパイクか。

 とすると、バットは野球。ラケットは、なんだろう。卓球か?


「そういやさー」


 座るや否や、バットと呼ばれた少年が切り出す。

 さっきの顰め面はどこかへ行ったようだ。

 頭を見ると、見事な坊主頭になっていた。坊主頭か。バットと来れば野球でもしてるんじゃないかと思ったが、これも十中八九当たっているだろう。

 近くに来て分かったが、坊主の少年、バット君は体格ががっちりしている。甲子園でも目指しているのか?


「なんで今日制服なん?」

「バット聞いてなかったの? 今日は実力テストがあるんだよ」


 ラケットが呆れたような声で答える。

 なるほど、どうやら彼らの学校ではテストの時は制服らしい。最近の学生が私服で学校に行くのはどうかと思うのはおっさんだからだろうか。


「げっ! 嘘!?」


 バットよりも先にスパイクが反応した。

 じゃあなんでお前は制服なんだよ。


「ええ、スパイク知らないの? なんで制服なの?」

「制服来てこいよーとは言ってたけどテストとは聞いてなかった」


 あわわと慌てる様子がおかしく見える。見た目強そうなやつが慌てているのは面白いな。


「テストって言うけど皆そんな勉強してないだろ? どうせ」


 ここで言う「皆」とは学年全体のことだろう。


「そうだと思うよ。まあうちの学校って偏差値がそこそこ高いからバットもスパイクも地頭はいいし大丈夫じゃない?」


 なるほど、君達の学校は学力が高いんだな。となると、学ランを着ているし桃谷が最寄りのあの学校かな。

 名前はなんだっけ?

 思い出せない。まあいいや。


「まあな」


 急に褒められて照れくさくなったのかニヤリと笑ってスパイクが応じる。バットは何も言わないが若干、口角が上がっている。

 あらあら照れちゃって。

 褒め言葉を言ったラケット本人は「事実じゃん」と言わんばかりの顔をしている。ただの真顔だが。


 男子高校生三人がそうこう話しているうちに桃谷駅が見えた。俺の予想が正しければ、彼等はこの駅で降りるはずだ。

 心の目で凝視していると、俺の願いが通じたのか、三人は席を立った。


「それでさー」


 スパイクが何気なく言った。


「クラスの子で、誰が可愛いと思う?」


 その言葉を最後に三人は電車からいなくなった。

 待ってくれ! そんな面白い話をするならもう少し残ってくれ! くたびれたおっさんに青春の青臭さを、懐かしさを与えてくれ!


 そんな俺の小さな願望も虚しく、電車にいるのは悲しいかな俺のようなおっさんやおばさんばかりだ。

 どこを見てもスーツ、スーツ、スーツ。うんざりするほど真っ黒だ。

 朝だというのにすてに皆一様に疲れた顔をしている。こいつらは何を活力に生きているんだ。

 もっと人生を楽しめよ!



 ◆ ◆ ◆



 それから一週間が経った。

 久しぶりにあの三人に出会った。今日は私服だった。ラケットは「親に買ってもらいました」服で、バットはジャージを着ている。部活動に使うのだろうか。スパイクは派手すぎにならない程度にお洒落している。

 校則はそこまできつくないのだろう。

 前回と同じように天王寺駅での乗車だ。この三人は地元が天王寺なのか? それとももっと遠くから来ているのか。さすがにそこまでは知ることが出来ない。

 俺の隣は生憎一人分しか空いていなくて、こっちに目を見やったがそれも一瞬のことだった。

 行き場をなくした三人は吊り革を持って立つことにしたようだ。


「そういや今日だっけ。テストが帰ってくるの」


 まだ覚醒していないのかぼんやりとした口調でバットが呟く。


「そう言ってたね。高校初めてのテストだけど大丈夫かな」

「受験頑張ったし大丈夫だろ」

「いやいやそんなことより!」


 不安を露わにするラケットと気楽に構えるバットの声はスパイクの大声によりかき消された。


「ラケットの件どうするよ?」


 スパイクはニヤっと意地悪な笑みを浮かべると二人の顔を交互に見た。

 何のことだ? と思っているとラケットが二人から目を逸らした。耳元まで真っ赤で照れているように見える。いや恥ずかしがっているのか?


「そうだな。そっちの方が大事だ」


 ラケットの反応を見てバットも意地悪な顔をする。どうやらラケットの案件は実力テストなんかよりも大事らしい。


「では、第一回ラケットの恋路を成功させようの会、開催ー」


 スパイクの宣言を合図にバットが小さく拍手をする。ラケットは何も言わず。

 電車の中で大胆な会合を開くなあ、最近の若者は。

 俺は関係ないがつい周りを見渡してしまう。どうやら彼等以外に学生はいないようだ。


「バットさん意見を伺います!」

「まずは告れ!」

「何でだよ絶対振られるだろ!」


 無反応を決め込んでいたラケットが叫ぶ。


「まあそれは冗談として。最初は友達になるところからだよな」

「それなら俺とスパイクに任せろ」

「急に現実的になるのもやめて」


 リアリティある提案にもラケットが突っ込む。

 なるほどな。どうやらこいつらは高校生らしく恋愛に苦悩しているようだ。悩んでいるのはラケットのようで、二人はその協力者というわけだ。


「それにこういうのは自分で頑張らないといけないって僕思うんだ」


 おおう。一人称が「僕」なのか。見た目にマッチングしているがそんな人が本当にいるんだなあ。

 自分の呼び方は置いておいて、考えは立派だと思う。欲しいものは自分で手に入れないとしっくり来ないのだ。


「ラケットならそういうと思ってたけどな。なーバット」

「そうだな。こういう奴って、俺らは知ってたぜ」


 ニカッと笑う二人に、ラケットは目を丸くしている。


「ありがとう。僕、頑張るよ!」


 彼等の高校生活はまだまだ続く。と言って差し支えない締めである。

 こんな事は電車の中でやることじゃないぞ。

 ほら、同乗しているおじさん達が生暖かい目で君達を見ているぞ。


 それからちょっとして電車は桃谷駅に着いた。

 先週と同じく、彼等はその駅で降車した。

 出来ることが限られている電車の中では彼等の話はいい刺激になる。

 次に会う時にどうなっているのか、楽しみだ。

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