第12話『女子高校生』
春。
窓の外に見飽きるほど見せられた桜の木が移ろう。周囲が新環境になり盛り上がっている中、俺だけは変わらない事実に億劫になっていた時だった。
一人の女子中学生が森ノ宮駅で乗車した。休日だというのにありふれたセーラー服を身にまとい、空いている席にポスッと座った。セミロングの黒髪に、小ぶりな顔立ち、鋭い眼を気だるげに装備している。想像ではあるが、彼女は低めの声をしているだろう。所謂、クール系美少女というものだろうか。
この間来たときは親と一緒だった。そのときも制服で、母親はスーツを着ていた。どこかに外出していたのだろう。いや、電車にいる時点ですでに外出しているといえるからこの場合は別の言葉を使うべきだろう。例えば、法事とか。
うん、まあ、彼女の母親が塾のチラシをいくつか持っていたので、そこに向かっているのだと思うけど。中三のなんちゃら、と書かれた部分を凝視していたので彼女は受験生であると推測できる。
その時は天王寺駅で二人は下りた。その瞬間まで、いやおそらくその後も二人の間には会話はなかったのだろう。どちらに問題があるのかは知らないが、仲があまり良くないみたいだ。
そして今、彼女は再び制服で電車に乗っている。どうやら彼女は塾に行く時も制服を着用することが普通であるようだ。
じっと見ているのもなんだか犯罪のようで後ろめたく思い、ちらちら様子をうかがっていると、やはり天王寺駅で彼女は降車した。
予想が的中したことにわずかな満足感を獲得し、自然と口角が上がってしまった。にやにや。
◆ ◆ ◆
それからしばらくした、とある日の午後、学校で言うところの放課後に当たる時間帯。
クール系美少女が現れた。戦闘準備に入ってみたが誠に遺憾だが向こうにその気は無いらしい。
珍しいことにその日は隣に髪が茶色がかった少女を携えていた。頭が茶色いだけでなく、薄く化粧を施しているみたいだ。
珍しいというか、彼女が母親以外の人間といるところを見るのは初めてじゃないだろうか。
「優凛ちゃんさん。お願いだから私の勉強に付き合って下さいよー」
なるほどねー。クール系美少女の名前は優凛というんだね。優しくて凛々しい。ぴったりの名前だ。優しいは違うかも。
まあこんな感じで、ストーカーって生まれるのかな。いやでも、俺の場合近づいてきたのは向こうだしセーフ……ということにしておこう。俺が犯罪者だなんて、そんなわけない。
「やだ」
俺が初めて聞いた彼女の言葉だった。初めてが拒絶の声とは、幸先が悪い。
彼女の声は予想通り女子にしては低いと言える音程だった。音の高さもだが、声の調子の方が低かった。テンション低めだ。
「そんな冷たくしないでさ、ちょっとは仲良くしようよ」
「やだ」
「安田のこと紹介するからさー」
「やだ。というかなんで安田なの」
「モテるから」
「どうでもいい」
「えー」
言っちゃ悪いが、二人の様子が異様で、とても似つかわしいとは思いない。きゃいきゃい声を上げる茶髪の少女に対し、彼女は適当に相槌を打つだけでまともに取り合おうとしていない。
人見知りでもなさそうだし、単に「ああいう人種」が苦手なだけなのかもしれない。しかし、中学生で茶髪はどうなんだ? 主に校則の面で心配である。や、他に心配はしてないけど。
「ところであんた、友達いんの?」
沈黙が間を埋めるかと思ったが、流れが途切れる前に茶髪がぱっと顔を上げた。
最近の若者は友達と話すこともせずスマホを弄ることを優先させる風潮があるらしい。そんな無駄なことをせずに、話しかける茶髪は健康的だと言えるだろう。見た目はともかくとして。
髪色が校則に違反しているだとか、スカート丈が短すぎるとか、制服を気崩しているとかそんな些細なことは社会に出たらなんの意味も持たない。
いやごめん嘘です。ルールは守ってください。
「いるよ、舐めんな」
「えっ」
意外にも、人を突き放すような言動しか見て取れない彼女にも友と呼べる者はいるらしい。まあ、俺も彼女が誰かといるところを見るのは母親を除き茶髪しか知らないのだから、その一面だけで決めつけるのはよくないかもしれない。
「意外そうな顔しない」
「男? 女?」
「女の子」
「なんだ女か。つまんない」
質問してきたのは自分だというのに、茶髪は身勝手に彼女の返答に落胆する。
「別にいいでしょ」
「違うクラス?」
「そうだけど」
「あー、そっか。そういうことか。可哀想に……」
「いや、よく一緒に帰ってるから」
「そっかー」
何かに納得したような物言いの茶髪に対して、彼女は若干の動揺を見せる。茶髪は多分、「友達だと思ってるのは彼女だけで、相手はもう友達だと思ってないけど彼女はそれに気づいていない」ことを察したつもりなんだろう。
よっぽど彼女の交友関係を狭めたいようだ。俺から見ても彼女には友達が多くいそうにない。
「あ、止まった」
「まじかよ。めんどくさい」
二人が話しているのを見て、俺も気づいた。言った通り、電車は止まっている。駅に着いていないのに停止してしまっている。
急な出来事だが、車内に動揺の気配はない。いつもの事でみんな慣れきっている。またか、とため息を吐く人もいる。
「塾に連絡しなきゃ」
「私もお願ーい」
「自分でやれよ」
ああなるほど。全く関わりのなさそうな二人がどうして放課後に一緒にいるのか納得いった。塾が同じなんだ。わざわざ森ノ宮から天王寺まで塾に行く中学生は他にそういないだろう。
知っている顔がいたから話しかけたのがきっかけだろうか。その場合、間違いなく話しかけたのは茶髪だ。
「あ、もしもし。岡崎です。はい、今日の授業なんですが電車が止まってしまって遅れてしまいます。すみません。え? 明後日に振替ですか? ……そうですね。それでお願いします。ありがとうございます。はい。あ、ちょっと待ってください。江藤さんも一緒にいるので彼女も明後日に振替でお願いします」
「は?」
「はい。それでは明後日によろしくお願いします」
サッとスマホをしまい、茶髪の方へ振り向いた。
「お礼は?」
何か異論のありそうな茶髪をよそに、彼女は強引に話を進めた。
予定を聞かずに振替日を決められた茶髪はもちろん不満顔だ。それに気づいていて、なお感謝を求める優凛ちゃんの態度は矯正する必要があると思われる。
「あんたさ、私の予定聞いてからにしなよ」
「空いてないの?」
「空いてるけど」
「ならいいじゃん」
「結果はね。でも過程がだめ。人の予定を勝手に決めるな」
「はいはい」
「全く。私が説教なんて、あんた以外にしたことないのに」
「気にしないの。勉強教えてあげないよ?」
「はいもう気にしてませーん」
とかなんとかいいつつ、二人は席を立った。
って今どこだ。
二人の様子を観察している間に着いた駅内を見回すと、すぐに天王寺駅であることがわかった。
視線を戻すと、彼女たちの姿はなく階段の方に目を向けると、ちょうど上がっていくところだった。
やはり、茶髪は優凛ちゃんの塾仲間なのだろう。
しかし中学生の受験でわざわざ天王寺まで塾に行くことなんてあるのか? 高レベルの高校を目指しているならともかく、失礼だが茶髪がそんなところに行けるとは思えない。
まあ、特別仲がいいとは言えない二人が放課後に出かけるとなれば塾ぐらいなものではないだろうか。
その塾がよほど優秀で、わざわざ遠出する程の期待を持てるのなら話は変わってくるが。
そんなわけで、岡崎優凛ちゃんはこんな女の子でした。見た目はなかなか可愛らしいのに友達は少ない。女にしては低い声で、茶髪の扱いは微妙。
今回わかったことと言えばこの程度だ。
しかし、茶髪の名前は何なんだろう。名字は江藤だったか。




