第01話『帰らぬ人』
環状線という言葉を知っていますか?
西日本旅客鉄道株式会社、通称JR西日本が運行している鉄道路線。その一つに大阪環状線というものがあります。21.7kmもの距離を19の駅に分割して毎日忙しなく、その名の通りぐるぐると回っています。
春だろうが、夏だろうが、秋だろうが、冬だろうがそんなこと気にも留めずに走り続けます。
その献身さに心を打たれてか、利用人数も並大抵のものではありません。
記録によると一日の利用人数は20万人を超えるとか。
しかしまあ、これだけの人数が利用していれば、当然文句も出てくる。やれ遅延するなだの、やれ男性専用車両を作れだの、やれ運行本数を増やせだの。
まったく、使わせてもらっている身で何様のつもりなんでしょう。
とまあそんなことは話の本筋とは関係ありません。
私が伝えたいのは、その環状線で出会った数人にお話です。具体的には、一、二、三……あれ、何人でしたっけ? まあそんな細かいことは置いておいていいでしょう。
数人と言っても、どれも二、三人のグループで出来ています。
申し訳ありませんが時間を追って話していくと、私の頭がこんがらがってしまいます。
なので、恐れながらグループ毎に話していきたいと思います。
それでは。
この話し方疲れるなあ……。やっぱり今からこんな感じで話していこっと。俺って敬語嫌いだし。
◆ ◆ ◆
1957年 12月25日
今日はクリスマスだ。
冷風が体に突き刺さる中、道を歩けばクリスマスツリーがでかでかと置かれた、自己主張の激しい店が並んでいる。
最近の街では、耳をすませばジングルベルの曲が流れてくる――ことはないが、道行く子供や男女のペアがどこか浮かれた空気を放っている。
そんな中でドス黒いオーラを放っている哀れな人間がちらほらと点在する。察するに、そんな人々はクリスマスだと言うのに聖夜に過ごす相手もおらず、仕事に勤しんでいるような人間だろう。
何を隠そう俺がその一人だ。
でも悲しむ必要なんてない。だってほら、見てみろよ。俺の周りには同じようにスーツを着た人で溢れている。幸せそうな顔をしている人もいれば、俺と同じように怨念を込めた顔つきで夜が待ち遠しそうな幸福な連中を睨みつけている人もいる。
二種類の人間がいるが皆の目的地は一様である。朝早いということで、社会人は自分の会社へ行かなければならない。その手段として、駅に向かっているのだ。いつもなら学生もいるはずだが生憎、クリスマスの日は冬休みに飲み込まれてしまっている。
若干快適になったと考えればありがたい限りだ。
それでもわざわざ外に出て嫌な顔を振りまいているのはなんでだろう。
しかし、クリスマスというのは何故にこう幸福者と不幸者の差を現実に示し出して来るのだろう。この行事いらなくない? 大体、クリスマスはカップルがイチャつく口実の日ではなくキリストさんの誕生日を祝う日ではないのかね。
「はあー……」
何万回と言われてきた独り身の言い訳を呟いていると(心の中で)ホームの一番前に立っていた。
そのころには、肌寒さと情けなさと怨念でイライラは実感できるぐらいにまで溜まっていた。
「死ねばいいのに」
「死ねばいいのに」
だからまあ、愚痴るぐらい構わねーよな――って一つ多いぞ。
驚いて隣を見ると、相手の方も同じように驚いた顔をして俺を見ていた。
可愛い女性だった。ショートボブというのだろうか、そんな髪型に整った顔立ち。抱きしめやすい身長にグラマラスと言うには若干足りない肉付き。女にしては珍しくスーツを着ている。
男に困らなさそうな容姿をしているが俺のような残念な人間が吐くセリフを使う女だ。内面に問題があるんだろう。
だけどまあ、何かの縁でこうして顔を突き合わせているわけだし、挨拶ぐらいはしておこう。
「い、いやーきぎゅうですねー」
うっわー最悪だ噛んだ。
「ええ、『きぎゅう』ですね」
可愛らしい笑顔を浮かべそう言った。目だけが笑っていない。噛んだ言葉をそのまま返すなんて嫌な女だ。だから独り身なんだよ。
「良いですね、貴女みたいな女性は大抵の男なら楽々ゲットでしょう? 俺のような奴の敵ですね」
「何言ってるんですかー。貴方だって結構かっこいいお顔をなさってますよ? まっ、私ほどではありませんがね」
イライラ。どうしてだろう。仲間だと思ったのに敵対心が心から湧き上がる。
初対面だとか関係ない。この女に負けたら……負けたら負けだ!
「見た目はよろしいのに一人ぼっち何ですかあ? 可哀想ですね。相当性格に問題があると思われます」
「貴方こそいきなり人を貶すのはどうかと思いますよ? そんなんだから誰も一緒にいてくれないんですよ」
「はあー? なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないんだよ。俺は自覚があるからいいんですー。あんたももっと自信もっていいよ。これからも高嶺の花という名の相手にされない可哀想な女性を続けてろ」
勝った。これは勝ったぞ。相手も何も言わない。
勝利を確信していると、相手は俺をじっと見ていた。可哀想なものを見る目で。
「初めて会った人にそんなこと言えるんですか……。独りなわけです。可哀想だから私が一緒にいてあげましょうか?」
「待て待て! 本気で哀れむのをやめろ! くそっ、これじゃ俺が負けたみたいじゃないか! ――今なんて?」
最後のセリフがよく聞こえなかった。
「そんなんだから独りなんですよ」
「そっちじゃないわ!」
「私が一緒にいてあげましょうか?」
一緒に、いてあげる? 社会人となって五年目の俺と、女っ気一つもなく親からお見合いの催促が来るようなこの俺と、いてくれると言ったのか?
改めて見ると、俺好みの容姿をしている。性格に難ありな気がするがそこに目を瞑れば願ったり叶ったりだ。ここは素直に応じよう。いやそうすべきだ!
「お、」
「お?」
「お願いします……」
「素直でよろしい」
◆ ◆ ◆
家から外に出ると身震いするような寒気が俺を襲う。そんな俺を甲斐甲斐しく見送るのは愛しい妻。
「いってらっしゃい!」
「行ってくる」
「今日は結婚記念日だから早く帰ってきてね」
十二月二十五日。
出会った日と同じ日に俺達は結婚した。
「七年目だよな?」
「違うよ今日から八年目だよ! これからもよろしくねー」
「そういうのは帰ってから言ってくれ」
「あいあいさー」
照れたせいか冗談がいよいよ強くなってきた。
「じゃあ行ってくる」
「あ、待って」
出鼻をくじかれた気分だ。ちょっとドア空いてるぞ……。
パタパタと部屋に行って、戻ってきた手にはカール人形が握られている。娘の物だが俺は正直この人形が苦手だ。普通に怖い。
「はい! お守りね」
「いやでかいわ!」
呪われそうで心配だ。
「いいから、ほら、鞄に入れるの!」
抵抗するも虚しく、強引に鞄に入れられてしまった。うわあ、呪われないかなあ。恨まれないかなあ。
「はい、いってらっしゃい!」
バシンと背中を叩かれ、元気を捻りこまれる。
「ありがとう」
振り向くと、いつかのクリスマスに見せた可愛らしい笑顔を浮かべている。
「行ってくる」
三度目の出発の挨拶を告げ、今度こそ俺は家を出た。
こんにちは奈宮です。
初めに、読んでいただき、ありがとうございます。
この作品はけっこう頑張って書いたので楽しんでいただければ幸いです。長編作品ということで、毎日投稿していこうと思います。
どうかお付き合い下さい。
第1話と銘打ってますがプロローグと思って読んでください