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分岐点

「本日は、陛下の妹君にあらせられるフェリス様がご家族で陛下のお見舞いにいらっしゃいます」


昏睡から目覚めて約2ヶ月。

だいぶ体調も良くなった私は、徐々に通常の生活に戻っていた。通常とは言っても、リリアナ姫の普段の生活は私にとっては不慣れなもので色々大変なこともあった。

国内の色々な施設の慰労訪問に駆り出されたり、どこぞの貴族令嬢とのお茶会に招待されたり、よく分からない嘆願に耳を傾けたり……とりあえず、王族の責務というものがなかなかしんどいことはわかった。


そして今日はというと、親族が王宮を訪問するらしい。フェリスという初めて聞く名前の相手についてシュリルに聞くと、色々と教えてくれた。

まず前提として、国王陛下の妹にあたるフェリス様夫妻との関係は微妙なものだそうだ。隣国の第三王子に嫁いだフェリス様だが、なかなか肩身の狭い思いをしているらしい。


それもそのはずで、フェリス様が嫁いだその国は、我がフォンテーヌ王国と幾度も戦争を繰り返してきた歴史がある。今だって、関係は良好とは言い難い……というか王位継承問題のこともあり、やや悪化している。これは作中でも語られてきたことだった。


双国の関係の緊張が高まっている今、こうしてフェリス様一家が来訪するのは一年ぶりのことだそうだ。


「姫様は、ご息女のロザリア様とはあまり馬が合わないようでしたね。会うたびに泣かされてました。私も正直、あの性格ブスはきらいです」


「シュリル、ちょっとは言葉を選ぼうね」


パタパタとせわしなく部屋の掃除をするシュリルは、でも今の姫様も絶対同じ感想を持ちますよ、と悪びれず言う。左様ですか。そこまで言わしめるとは、相当な相手なのかもしれない。

ちなみに、今日はミイナはお休みだ。その分負担がかかっているせいもあってなのか、シュリルはあまり機嫌が良くないようでだった。


「姫様の記憶がないことをここぞとばかりにからかってきますよ、きっと。あれで姫様と同い年の16歳なんて驚きってくらいの精神年齢ですから」


そう言い切るシュリルの言葉に不安を感じずにはいられなかった。













そして、その不安はやはり正しかった。


「ごきげんよう、ロザリア様」


踏ん反り返るようにしてソファに座るのは、陛下の妹の娘……リリアナから見ればいとこにあたるロザリア嬢だ。どぎついピンクのドレスが目に痛いものの、顔立ちは整っている美少女だった。ただ、性格が顔にでるのだろうか、酷くきつい目つきをしている。

いやいや、見た目で判断するのはよろしくない。そう自分に言い聞かせた。


「リリアナ様、記憶喪失なんですって?だいじょうぶなのぉ? そのうえ、50日間も原因不明の病で寝込まれていたって……国王様同様お体が弱いのかしら?」


前言撤回。見た目は性格からだ。

国王や姫の体調に関わる話をそんな風に振るなんて、不敬にもほどがある。その上、表情もニヤニヤと底意地が悪い。

調子にのるなよ、と凄みたいところだったが、相手は隣国の姫君だ。苛立ちを外には出さないように努めて笑みを作る。ああ、クロウにでもなった気分だ。


「ご迷惑をおかけしないよう注意しますね」


「っていうかぁ、記憶喪失なんて嘘じゃないの?国王様に心配してほしいだけとかぁ」


思っても言わないだろう、普通。

背後に控えたシュリルからも怒りのオーラが伝わってくる。うん、見えないけど絶対怒ってるよね。

言いたいことは言う派を自称している私だが、さすがにここまで露骨な嫌味に言い返すほど子供じゃない。中身は三十路だしね。


「そんなことありませんよ。本当に記憶がなくて」


「ふーん。じゃあ、私のことも覚えてないのね」


「ええ、もうしわけありませんが」


そこで、おもいっきりにやあといやらしい笑みを浮かべるロザリア。

何かをしようとしているのは明らかだった。

ああ、嫌な子。ほんの数分でこんなにも人を嫌いになれるなんて思わなかった。


「あなたはいっつも私に無礼だったのよねぇ。せっかくだし、謝ってもらおっかな」


「すみません、記憶にございませんので」


どういう理論だ。そもそも、無礼なのはどちらだと言いたくなる。隣国の姫君でさえなければ、叩き出すところだ。

苛立ちにこめかみをひくつかせていたら、シュリルがそっと肩を支えてくれた。その表情はこの上なく冷たい。元がきつい目つきなことも相まって、寒気すらするほどに。


「何よ、つまんない女。……あれ?そのメイド、まだ雇ってたの?」


私のそばに立つシュリルに気づいたロザリアの興味が移る。

話題に出されたシュリルは、一瞬ぴくりと体を揺らし、深いため息をついた。もちろん、目の前の愚鈍な姫様はそんなことに気づきもしない。


「そんな奴さっさと解雇しなさいって忠告したのに。あ、そっか、解雇する前に記憶なくなっちゃったのね。」


貧民奴隷。その言葉に僅かだがシュリルの瞳が揺れた。それの意味するところはわからないが、シュリルを傷つけるようなものであるのは明らかだった。


これ以上、我慢する必要なんてあるのだろうか。

私自身に無礼を働かれるのならば別に構わない。けれど、自分の大切な人を傷つけられるのならば話は別だ。言いたいことは言う。その主義を発揮するしかない。


「シュリルは私の大切な友人です。侮辱するのはおやめください」


リリアナらしからぬはっきりとした物言いに、ロザリアは目を見開く。うん、そうだよね、驚くでしょう。私は、黙って俯くしかできないリリアナ姫とは違う。


「友人?そいつが?嘘でしょ!そのメイドが何なのかも忘れたの??」


「あいにく、記憶がありませんので」


その言葉を聞いたロザリアは、ピンクのドレスの裾を振り乱して苛立ちをあらわにする。

世の中全てが自分の思い通りになると信じて疑わない子どもだ。悔しげに唇を噛んだかと思えば、はっと思いついたように顔を上げ、口の端を歪めて嬉々として言う。


「じゃあ、私が教えてあげる!その女は、」


「ロザリア様、おやめください!」


何かを言いかけたロザリアは、シュリルの腕を掴んでメイド服の袖をまくりあげようとする。そこに何があるのかなんて知らないけれど、人目に触れさせたくないのだろう、シュリルの抵抗によってロザリアは振り払われ、尻餅をついた。


「ったい……何よ、汚らわしい悪魔の子のくせに!」


ぎゅっと腕を握りしめ、顔面を蒼白にさせているシュリルに対し、ロザリアが叫ぶ。悪魔の子。そう呼ばれて、シュリルの瞳が大きく揺れた。


それを見たとき、私の頭の中で光が弾けた。


をう、同じ光景を、私は見た。

真っ白な顔で瞳を揺らし、腕を抱くシュリルと、傍のロザリア。

まだ、今よりもずっと幼い頃の記憶。


『あくまの子っていうのよ、そのアザ』


『あくまなんかじゃないもん…』


『あくまのしょうかんのイケニエなんでしょ? けがらわしい!』


『ちがうもん…そんなの、知らないんだから…!』


『きもちわるーい。近づいたらけがれがうつるよー。ねえリリアナ、あっちにいきましょ』


『え、でも……』


『リリアナもあくまの子になりたいのー? なりたくないなら、こっちおいで!』


『う、うん……。ご、ごめんね、シュリル…』


そうだ。そうして、シュリルは、ぎゅっと手を握って、真っ白な顔で必死に涙をこらえてた。

私に、リリアナに、見捨てられて。


「っ……リリアナ様!?」


気がついたら、私はシュリルを抱き寄せていた。

強く強く握りしめた袖をまくりあげる。抱き寄せられたことで混乱したのか、シュリルの抵抗は一歩遅く、真っ白な肌が晒された。

そこには、赤黒い刺青で幾何学的な紋様が描かれている。そう、あの記憶の中と同じように。


慌てた様子で袖を戻そうとするシュリルを制し、その刺青に触れる。

ぐらりとシュリルの瞳が大きく揺れ、涙が零れ落ちる。


「ごめんね、シュリル。汚くないよ。怖くないよ。置いていってごめん、ごめんね」


これは、シュリルの過去の傷跡だ。私は知っている。思い出した。

孤児だったシュリルは、ある貴族の家で悪魔召喚の儀式の生贄にされたんだった。その後保護されて、でも儀式の刺青があるせいでどこにも行けなくて、王宮で引き取ったんだ。

シュリルは何も悪くないって、知っていたのに。弱い私は彼女を庇えなかった。

そんなのは、もう、繰り返したくない。

強く願って、シュリルの手を握る。


「私の友人を傷つけるのは許しません」


「友人?悪魔の子よ、そいつ」


「いいえ、シュリルはシュリルです。私の大切な友であり、家族です」


ぎゅっとシュリルを抱き寄せる。ぽろぽろと涙を流すシュリルは、呆然としつつ私を見た。

ちょっとだけ思い出したの。呟くと、見る見る目を見開き、そして、笑った。


「ロザリア姫。あなたみたいな、人の秘密を暴き立てて喜ぶ意地悪と同じ部屋に居たくありません。今すぐこの部屋を出てください。」


シュリルを庇うようにして抱きしめ言い放つ。

怒りで顔を真っ赤にしたロザリアは、地団駄を踏むようにして抗議の意を示す。


「なっ、何よ、偉そうに!」


「あら、身分は私の方が上だったと思うけれど。勘違いかしら」


「っ……なによ!いいわ、宰相に直接進言しますから」


「いい加減にしなさい。本気で怒るわよ」


「真実を伝えて私の意見を述べるだけよ。何か問題でも?」


ふん、と鼻で笑うロザリア城は、本当に意地の悪い顔をしていた。宰相に訴えるということがこの国ではどういう意味を持つのか、十分に知っている物言いだ。


今の私ならば、クロウがそんなに酷いことはしないだろうという思いも多少はある。けれど、あくまで多少だ。確信には程遠い。


思わず私が押し黙ったせいか、ロザリアは不敵な笑みを浮かべ言い放つ。


「宰相任せのこんな国、すぐにでもうちの国が滅ぼしてやれるのに。お父様にお願いしてみようかしら。そうしたら、あなたは私のメイドにしてあげても良くってよ!」


そう言い切った直後、パチンと乾いた音が響いた。

私もロザリアも、目を丸くしてその音を出した相手を見る。怒りに顔を歪めたシュリルが、右手をぎゅっと握り締める。ロザリアの頬を叩いた、右手を。


「この……メイドごときが!許さない!王族の私に手を出したのよ、絶対に許さないわ!処刑よ処刑!!」


ほおを真っ赤にしたロザリアが喚く。思いっきり平手打ちが決まっていただけに、頰にはくっきりと手の跡が残っていた。


「処刑でも何でもご自由にどうぞ。リリアナ様に友人だと言っていただけただけで私はもう満足ですから。」


満足げに笑むシュリルを押しのけ、ロザリアが走り去ろうとする。

このまま、シュリルだけを悪役にするわけにはいかない。そう思い、とっさにロザリアの手を取った。


「待っ……!!」


腕を掴んで彼女を引き寄せた際、突如、真っ赤な光が弾けた。

赤い、赤い光。それは一瞬のことで、瞬きをすればそこは元の光景だった。


私はロザリアの腕を掴んだまま。ただ、肝心のロザリアの様子が違っていた。

ぼんやりとした顔で虚空を見つめている。さっきまでの憤りはどこへやら、だ。

シュリルに打たれた打ちどころが悪かったのかもしれない。心配になり、軽くその体を揺する。


「……………あら。ここは、どこ?私は………あら、えっと……?」


それは、どこかで聞いたセリフ。

ぞわ、といいようのない寒気が背筋を駆け上がる。


「ロザリア様……?」


「……………っは、ぁ、え、っぅ……そう、ロザ、リア……わたしの、なまえ……?」


「ロザリア様、どうなさったんですか。シュリル、宰相とお医者様を!」


「は、はいっ!」


明らかに正気ではないその様子に、慌ててシュリルが部屋を飛び出す。

当の彼女はぼうっとしたまま床にへたり込んでしまった。


「わたし、は、ロザリア……あなたは、……リリアナ……?」


ぞっとするほどに色を失った顔と光のない瞳を向けられ、恐ろしくなる。

あんなにも興奮し騒いでいたというのに。急変した様子について行けない。


そのとき、ずきりと腕に激しい痛みが走った。

切りつけられたような、何かに焼かれたような、今まで感じたどんな痛みとも異なるそれに顔をしかめる。

恐る恐る衣服の袖をまくり、そして、絶句した。


私の右腕に、あの、真っ赤なリコリスが一輪咲いていたのだから。




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