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孤児院を訪問しました

「……という訳なんです。ひどいと思いませんか。」


訪問先の孤児院へと向かう馬車の中、私はぐちぐちと兄であるアルフレッド王子に宰相の文句を言いつづけた。処刑のこと、その対象者が不審な死を遂げたこと、城下の視察に同行させてくれないこと。不満を漏らし続ける妹に、王子は少し困った顔で笑った。


「うーん、そうだね。でも、宰相の決めたことだから。」


おおう、宰相の権力はここでも健在だ。宰相が決めたことは正しいことという図式がアルフレッド王子の中にも染みついているらしい。


「リリアナに処刑の話を聞かせるべきではなかったね。僕の方からも言っておくよ。」


そんなことを咎めて欲しいわけではないのだけれど。優しい兄の顔で王子は私の頭を撫でる。見た目は十代だが、中身は三十路だ。妙に恥ずかしい。


「ほら、もうすぐ孤児院だよ。嫌なことは忘れて子供達と遊んでおあげ。」


目前に迫る建物の前には、たくさんの子供達が並んでいる。王族の訪問を今か今かと待っていたのだろう。こんなイベントはゲームにはなかったから、大きな事件も起こらないだろうし、とりあえず気分転換に子供を構い倒してやろうと思う。

外を見つめる私を見て、アルフレッド王子がくすっと笑う。そんなに楽しそうな顔でもしていたのだろうか。機嫌が直ったと思ったのか、王子はもう一度優しく頭を撫でてくれた。









その後、施設の子どもたちとおにごっこやらかくれんぼやらで散々遊びまわった私は汗だくで、王子はものすごく驚いた顔をした。うん、リリアナ姫らしくない行動だったかもしれないが、もう後の祭りだ。

とりあえず一休みしようと、子供の群れから抜け出て木陰のベンチに向かう。

そこには、先客がいた。他の子どもより明らかに年長の、もしかしたらリリアナと同じくらいの年齢の、赤毛の少女。分厚い本を手に、背中を丸めてベンチに座っている。

そおっと近づいてその隣に腰掛けると、こっちを見てまん丸の目を見開いた。


「ひめさま…?」

「こんにちは。休憩したいんだけど、お隣いいかしら?」


こくこくと頷いている少女の顔は真っ赤だ。いきなり王族が隣に座ったら、こうなってしまうのも無理はないのかも。中身は庶民なんですけどね。


「私はリリアナ。あなた、お名前は?」


「ミイナ…」


恥ずかしそうに俯く姿はなんだかとってもかわいらしい。

色々と話しかけたいけれど、話しかけたらもっと緊張させちゃうかしら。

うずうずしていると、そんな私の様子を気にしたのか、遠くで施設長と話していた王子がこちらに視線を向けた。

その視線に気づいたのか、ミイナは一層背中を丸めて、緊張した様子だ。


「そんなに縮こまらないで。私、さっきまで他の子たちとかくれんぼをしてたのだけど、樽の中に隠れたときだってそんなに小さくはならなかったわ」


何かとっかかりを、と選んだ話題は他の子どもたちとのかくれんぼをトークだ。ゴミ入れになっている樽に隠れたのは、我ながら名案だったと思う。


「樽……に隠れたんですか?台所の、あのボロボロの?姫様が?」


「ええ。おかげで最後まで見つけられなかったの。髪はボサボサになっちゃったけど」


そう言って手櫛で髪を引っ張る。ミイナはまじまじと私を見つめ、そして。

思いっきり吹き出した。


「うっそ、あの、樽…あれ、ゴミ入れなのにっ、お姫様が入る!?普通!」


「ゴミはちゃんとまとめて物置に移動したもの。ミランダさんに許可も取ったし」


「ママの許可までとって隠れたの?本気すぎ!」


ケラケラと笑うだけ笑って、目尻に涙まで浮かべている。そんなに笑うとかちょっと失礼じゃない??いや、咎める気はないけどね?


「リリアナさまって、面白いんですね。王族の方って、もっと気難しいのかと思ってました」


ひとしきり笑ったミイナの背中は、もう丸まっていなかった。ほんのり赤い頰はそのまままっすぐに私を見つめている。樽に隠れたくらいでこんなに笑われるとは思わなかった。


「全然気難しくなんてない、普通の人間よ。アルフレッド兄様も、とっても優しいの」


「アルフレッド様がお優しいのは噂通りですね。でも、ミランダママは言ってたわ。アルフレッド様は優しすぎていい王様にはなれないよって。」


噂になるほどの優しさとは、さすがは攻略対象。ただ、優しいからと言って完璧に民衆に慕われているわけではないらしい。その優しさ故に、王様にはふさわしくないという意見もあるようだ。


「ミイナは、優しい王様は嫌?」


「優しくないよりは優しい方がすき…。でも、優しいだけじゃ国はうまく回らないわ。」


「じゃあ、ミイナはウィルフレッド兄様が王様になるといいって思ってるの?」


「そう思ってる人は少なくないですよね。でも、私はウィルフレッド様が王様になるのも不安。」


「どうして?」


「ウィルフレッド様は、クロウ様のことをあまりよく思ってらっしゃらないもの。王様になったら、きっと別の方を宰相にするわ。そうしたら、この国の政治は崩壊すると思う。」


なるほど、宰相の政治手腕は民衆も認めるところだということか。だからこそ、国王陛下も宰相を信頼しているし、アルフレッド王子も同様だ。

ただ、ウィルフレッド王子はそうではない。ウィルフレッド王子はクロウを信頼していない。これは、ゲームの設定とも相違がない。

帰ったら、今度はウィルフレッドに話を聞いてみよう。宰相について何か有益な情報を得られるかも知れない。


「ごめんなさい、好き勝手話して。姫様を相手にする内容じゃありませんでしたね。」


「ううん、いいの、素直な意見が聞けてうれしい。私は、何も分かってないから……また、ミイナとはいろいろお話ししたいわ。」


主に庶民の情報収集先として重宝しそうだ。もしかしたら、宰相を落とすためのヒントが得られたりするかもしれないし。

もちろん、それ以前に普通に楽しく話せそうなので、ぜひ仲良くしたいところだ。


「んー……それは難しいかも。私は来月で16だから、ここを出なくちゃならないの。」


「そう……残念。」


どうやらこの孤児院には年齢制限があるようだ。ミイナ以外は幼い子が多いのもそこと関係しているのかもしれない。


「なんて言いつつ、居座ってるかもしれないけどね。さっさと仕事を見つけなくちゃいけないんだけど、孤児院出身にはなかなか厳しくて。」


売れ残りなの、とちょっぴり寂しげにミイナは笑った。普通の子は10歳前後で養子に貰われたり、職人見習いとして働き出したりするらしい。けれど、ミイナには貰い手がなくまもなく16を迎えそうだというのだ。

困った顔で眉を下げるミイナの手を取り、私は力強く微笑んだ。そういう事情なら、できる提案が一つあった。


「仕事を探しているのなら……いい働き口があるわ!」












「という訳で、明日からメイドを1人雇うから。」


帰るなり執務室に飛び込んだ私に、クロウは軽く頭を抱えて微笑んだ。どう見ても作り笑いだ。口の端が軽く引きつっている。

シュリルが新しいメイドの増員を希望していることとミイナが働き口を探していることを説明すると、今度は眉間にシワが寄った。微笑みは崩さずに、器用なものだ。


「……姫様、事情はわかりましたが……先に私にお知らせくださいませんか。」


「あら、どうして。私の世話係を決める権限はあなたにあるの?」


「いえ、そうではありませんけれど」


「お兄様にはその場で許可をいただいたわ。その上で宰相にも許可を取る必要はあった?」


これは嫌味だ。自分が最高議決機関だとでも言いたげな宰相を黙らせ、ふふんと笑う。

この宰相を攻略しなければならないのだけれど、どうにも喧嘩腰になってしまう。まあ、とりあえずはいいだろう。細かいことは気にしていられないたちだ。


「王子が許可されたのでしたら、私に許可を取る必要はございませんよ。……ですが、お給金や制服等の支給、使用人室の準備などもありますので、事前に報告をとお願い申し上げたのです。ご気分を害させたのでしたら申し訳ございません。」


「そう。次からはそうするわ。」


「ご理解いただき、ありがとうございます。それでは、後ほどメイド長へ報告しておきましょう。」


微笑みを絶やさない宰相は、これ以上私に何かを言っても無駄だと思ったのだろう、早々に会話を切り上げた。勝った。ふふふ、と笑いがこみ上げるが、私はこんなところで油断はしない。


「クロウ」


「はい、姫様。なんでございましょう。」


呼び止められ、宰相の声色にほんの僅かに苛立ちの色がこもる。特に、ひめさま、のあたりに。

私は、できるだけ冷静に、静かに微笑んで見せた。勝利の興奮は胸の奥にそっとしまって。


「ミイナが働き始める前に不慮の事故で亡くなったり行方不明になったりしないよう、気をつけてあげてね。」


働き始める前にミイナを殺したりしたらただじゃおかないから。言外に、でもわりと露骨にそういう意味を含めて言えば、宰相の双眸はすっと冷えた色を湛えた。引きつっていた口元の笑みを深くして、冷ややかな視線を隠そうともせず


「……ええ、もちろん。貴女のお心のままに。」


そう言って、じっと私を見つめる。

底の知れない深い紫の瞳に見つけられて、やっぱり思った。


ーーこの宰相、攻略したくない。


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