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攻略対象が揃いました


 医師の診察結果は、「いたって健康、記憶以外はなんら問題なし」だった。

 さすが私、乙女ゲーマーはまず体から。健康診断で一度も引っかからなかっただけのことはある。そうは思いつつも、私の頭の中は混乱しきりだ。


 まず、鏡に映った自分を見て恐れ慄いた。


 日々の重労働(引っ越し業者のバイトやコンビニの品出しはなかなかしんどいものだ)で、そこそこ筋肉質だったはずの腕はほっそりとしているし、無駄に高かった背丈(学生時代のあだ名は竹。ひどいと思う)は、ほどよくちんまりと可愛らしい高さになっている。釣りあがってきつい印象を与えていたはずの目(しかもくっきりクマ付き)は、くりくりとした大きな瞳で、深い海のように青く澄んでいる。染色する余裕すらなかったはずの頭髪(もちろんぼさぼさ。とりあえずゴムで括ってた)も栗色でふわふわ、肩のあたりできれいに整えられてゆるくカールしている。


 どこをどう見ても、自分の知っている自分とは全く違う自分が鏡の中にいる。わたしはだあれ。ゲシュタルト崩壊とかそういうレベルじゃない。何なのこれ。




「気分はどうだい、リリアナ。」




 そう言って部屋を訪れたのは、これまた麗しい外見の青年だった。


 先ほどの宰相が綺麗系なら、こっちはカッコイイ系。金髪に青い瞳の、いかにも王子様な青年だ。二十歳くらい……「私」よりは年下だけど、この体よりはきっと年上。どういう関係性か想像もつかず、とりあえず曖昧な笑みを浮かべて対応する。




「大丈夫です、もう落ち着きました。ええと……」


「アルフレッドだよ。君の兄。本当に何も覚えてないんだね……」




 「いかにも王子様」は、本当に王子様だったらしい。姫扱いされている私にため口なのも頷ける。確かに、瞳の色や雰囲気は鏡の中の私によく似ていた。だが、兄だと言われても何ら感慨はない。イケメンを目の前で見れちゃった、ゴチです。せいぜいそんなものだ。

 いや、そんなことより、アルフレッド。うん、アルフレッド。

 その名前に、私は、聞き覚えがあった。

 まさか、そんなはず。




「アルフレッド……兄さん。その、何も覚えてなくて……ごめんなさい……」


「謝るようなことじゃないよ。一番心細いのはお前なのに、謝らせてしまってごめんね。困ったことがあったら何でも言ういいいといいよ。宰相はよくできた人だから、お前の憂いを必ず取り去ってくれるさ。なあ、クロウ」




 青年の背から宰相が姿を見せる。いつの間に現れたんだろう。全く気がつかなかった。

 王子と並んでなお見劣りしない、いや、もしかしたらこっちが王子様?なんて思うくらいに美形だ。うん。まだどこかこう幼さというかあどけなさというかそんなものが残る感じがあるアルフレッド王子より、こっちの宰相は落ち着きがあり堂々としていて、うん、まあ、とりあえずイケメンすぎる。

 クロウ。その名前を、口の中で小さくつぶやく。アルフレッド。クロウ。私の名前は、リリアナ。

 偶然、だ。ただの、偶然。きっと、そう。




「医者の話では、やはり一時的なもの。記憶もじきに戻るでしょう。それまでは、私がお側でお仕えいたします。」




 いやいや、お側は勘弁。こんなイケメンがいては落ち着かない。宰相の手を煩わせるわけにはいきません、とほんのり姫様チックな口調を意識して固辞するが、宰相はそれをスルーして、私の傍らについていたメイドと打ち合わせ始めた。うん、姫様なのにまさかの選択権なし。




「リリアナ、入るぞ。」




 どうしたものかと心の中でうんうん唸っていると、部屋のドアが乱暴に開かれた。

 力強いノック音とともに入室してきたのは、アルフレッド王子よりやや若い、鏡の中の自分とはそう変わらない年頃の少年だった。


 無造作にカールしたダークブラウンの髪、濃いグレーの瞳、ほどよく筋肉質な体。そしてやはりこちらもイケメン。ワイルドというか何というか、宰相のクロウやアルフレッド王子とはまた趣の違ったかっこよさがある。


 つかつかと靴を鳴らして入室した少年は、勝手に私のベッドに腰掛けた。うん、姫様のベッドに勝手に座っちゃだめじゃない?心の中で突っ込むが、誰もその行為を咎めないということは、そういう間柄なんだろうか。


 いや、その前に、気になることがある。

 彼の、名前は?




「ウィルフレッドだよ、リリアナ。僕の一つ下の弟で、お前の兄」



 

 ウィルフレッド。

 通称、ウィル。 

 ああ、やっぱり。私は、彼を、彼らを、よく知っている。


 動揺が顔に出たのだろうか、アルフレッドは、こつんと軽く少年の額を叩き、無作法を咎めてくれた。少年……ウィルフレッド王子は、素直に従って立ち上がり、今度は私の前に屈み込んだ。




「ウィルフレッド…………兄さん……?」


「お前に兄さんなんて呼ばれると、照れくさいな。」


「リリアナはいつもウィルって呼び捨ててたからね。これを機に、きちんとした呼び方に改めるのも悪くないと思うよ。」




 注意したアルフレッド王子は、くすくす笑っている。どうやら、こんな関係が彼らにとってはスタンダードらしい。何とも微笑ましい王子兄弟だ。そう思いつつ、私の胸はどくどくと激しく脈打っている。だって、私は、彼らを知っている。彼らを、そして、彼らの未来を。




「リリアナ、大丈夫?ウィルフレッドは妹に固執しがちだから気をつけてね」


「アルフレッドだって、リリアナに過保護だろ」




アルフレッド、ウィルフレッド、リリアナ……そしてクロウ。


この名前の並びに対する既視感。それは、幾度も見た、聞いた名前だった。よくよく考えるまでもない。最近では、家族より職場の同僚より、何だったら毎日通ってるコンビニの店員の名前より、下手をしたら自分の名前より、彼らの名前を聞くことの方がずっと多い。


 アルフレッド、ウィルフレッド、リリアナ、クロウ。そう、それは最近ハマっている乙女ゲーム「漆黒のリコリス」の登場人物たちなのだ。




(まさか、そんな。ここは、乙女ゲームの世界だって言うの!?)




 思い至った瞬間、頭の中で真っ白な光が駆け抜けた。


 そうだ、あの日、私は、この「漆黒のリコリス」をプレイしていて……ヘッドホンもして、完全に世界観に入り込んでいた。仕事は辛いし私生活はカラカラに乾ききっているし。そんな私のカンフル剤の乙女ゲーム。最近大ハマりの一作。ほとんどのエンディングをコンプリートし、スチルも集めまくった。久々にグッズも買い漁った。来週には、設定資料集も発売される。初回限定特典付きで予約した。


 その、「漆黒のリコリス」をプレイしていて、私は。




 死んだんだった。




 ゲームに夢中になっていた。暑いなぁと思って振り返ったら、部屋の入り口は炎に飲まれてた。暑いじゃない、熱いじゃん。逃げなくちゃ。思ったけど、もうどうしようもなくって。そう、そうだ。思い出した。私は、あの時、炎に焼かれて……




「リリアナ?リリアナ、大丈夫かい?」




 はっとして見ればアルフレッド王子が心底心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 自分の死の瞬間を思い出したことで、すっかり血の気が引いてしまった。




「医師を呼ぼうか。それとも、俺が連れて行って……」


「大丈夫です、ウィルフレッド兄さん。ちょっと、めまいがしただけ、ですから」




 今にも私を抱きかかえようとしているウィルフレッド王子を制し、思考を整理する。

 そう、私はあの日、ゲームに熱中しすぎて焼け死んでいる。死んだ瞬間は覚えていないけれど、死んだという自覚がある。

 けれど、今の私は息をしていて、心臓はドクドク動いている。生きている。ただ、環境だけが決定的に違う。

 信じがたいけれど……私は、「漆黒のリコリス」の世界に転生したということなのか。


 漆黒のリコリス。それは、悲恋をテーマにした乙女ゲームだ。

 売り文句は、「99%の悲しみと1%の幸せ」。主人公のリリアナ・フォンテーヌと実の兄や身分違いの宰相との禁断の恋。しかも、その先に待ち受ける退廃的なバッドエンド。大人気とは言わないが、甘々な乙女ゲームに飽きつつある一部の女子に強い人気を誇っている。そして私も、それにハマった1人だ。




「あまり無理をしてはいけないよ、今日はゆっくりと休むといい。」




 そう言って、私の顔を優しく覗き込むのは、アルフレッド・フォンテーヌ王子。

 こうして意識して見れば、そう、確かによく見知った顔だった。




 アルフレッド・フォンテーヌ、20歳。

 「漆黒のリコリス」の攻略対象の1人で、王位継承権第一位の次期国王候補。性格は温厚で品行方正、やや真面目すぎる面もあるが、裏のない好青年。

 リリアナのことは妹としてよく可愛がっていて、距離が近いものの本当に兄妹愛としか思えない態度で接してくる。けれど、その内には妹に対する劣情を抱き悩んでいて……そんな設定だった。

 彼とリリアナと乗った馬車が襲われた際、その身を呈してリリアナを救い、恋に落ちていく。兄妹という枷を負いながらも、微笑ましく仲を深めていく。そんな優しいストーリーを思い出す。


 それだけに、反国家勢力の貴族によってリリアナを殺害されるバッドエンドは、悲愴だった。目の前で愛する人を失ったアルフレッドが絶望に駆られ自ら命を絶つ姿に、プレーヤーは打ちひしがれた。




 もっとも、さらに酷いのはトゥルーエンドで、バッドエンド後でなければたどり着けないそれでは、アルフレッドの手でリリアナは殺されてしまう。兄妹での恋が国民に知られてしまい、国王を惑わせた罪でリリアナに処刑命令が出たためだった。処刑されるならいっそ自分の手で苦しませずに。追い詰められたアルフレッドと死を受け入れるリリアナが抱き合うスチルもあった。

 物語はリリアナの死で終わらない。リリアナが命を落とすまさにその時、ウィルフレッドによる嘆願で、リリアナは国外追放に減刑されていたのだ。それを知ったアルフレッドは、ウィルフレッドの腰の剣で自分の喉を突いて自殺してしまう。バッドエンドよりバッドなトゥルーエンドは、バッドエンド好きにはゾクゾクものだった。



 そのアルフレッドが、今目の前にいる。「いいお兄ちゃん」の顔で。

 ゲームの設定どおりだとするならば、その胸の内には、私、リリアナに対する欲望を秘めながら、優しい兄を演じているはずだ。じっと見つめると、その視線に気が付いたアルフレッドがふっと微笑み視線をそらした。

 意識しなければわからないけれど、ほんのりと頬が赤い。なんだこれ、たまんないんですけど。




「何だったら、オレが添い寝をして、いてっ」




 変なことを言ってはアルフレッド王子に咎められるのは、ウィルフレッド・フォンテーヌ王子。

 当然というか何というか、彼もまた、攻略対象だ。


 明朗快活、少し粗雑な面もあるものの気さくで気取らないウィルフレッドは、アルフレッドとは違いリリアナに対する好意を隠さずに表す。

 そんな彼をリリアナは純粋に兄として慕っていたが、彼の秘密を知ることで物語は動き出す。

 彼の秘密、それは、彼の血にあった。彼は、国王とは血が繋がっていない。

 リリアナの母親でもある王妃の不貞によって産まれた王子。その事実は、彼とその母である王妃だけの秘め事だ。その出生ゆえに、王位継承権を有しながらも、彼自身は王位を欲することはない。

 リリアナに秘密を知られ、脅迫まがいの行為で秘密を隠そうとするウィルフレッドに、リリアナは普段通り接する。そして、ウィルフレッドはリリアナにより惹かれていく。


 しかし、これは悲恋を売りにしたゲーム。バッドエンドでは、ウィルフレッドはその秘密が公になり王位継承権を剥奪されて処刑命令が下る。処刑される前夜、ウィルフレッドを逃がそうと牢を訪れたリリアナは、秘密をバラしただろうと疑われ、ウィルフレッドの手で殺されてしまう。


 トゥルーエンドでも同様にウィルフレッドは投獄されるが、リリアナがアルフレッドの知恵を借りることで脱獄に成功、二人での逃避行が始まる。そのさなか、人間不信に陥ったウィルフレッドは幻覚や幻聴に悩まされ、肉体的にも精神的にもリリアナを傷つけ続ける。……最後は、椅子に座った人骨に話しかけ続けるウィルフレッドのスチルだった。明言されていないが、確実にリリアナは死んでいる。正直、これバッドエンドじゃね、とネットで論議されていた。



 こちらも、じっと見つめてみると、笑みを向けてくる。アルフレッドとは違い、裏表のない、行為前回の笑顔がかわいらしい。抱える闇なんて一切感じさせない。


 そのウィルフレッドの隣には、私の額に手を当て思案顔の宰相がいる。




「姫様、顔色がよろしくありませんね。今日はもうおやすみになられたほうがよろしいかと」




 そう言いながら手早くベッドメイクを済ませていく宰相のクロウが、最後の攻略対象だ。


 私が前世で死んだのは、彼のルートのバッドエンドをプレイしているときだ。あまりのバッドエンドに、目も意識も釘付けだった。迫り来る炎に気づかないくらいに。


 彼は孤児のところを先代の宰相に拾われた養子で、先代の死後、宰相としての手腕を遺憾無く発揮してこの王国になくてはならない人物となっている。国王の信頼は厚く政治に関わる最終決定権を有しているし、次期国王候補のアルフレッドも至る場面で彼の判断を仰ぐ。有能な宰相は、見方を変えると外様でありながら権力を握った危険人物でもあった。


 そして、主人公のリリアナは、王位継承に関わるありとあらゆる事件を通じて攻略対象との仲を深めていくことになるのだが……それらを含むフォンテーヌ王国で起こる事件や民族問題、果ては隣国との戦争までが宰相の策略であることがバッドエンドで明かされたのだ。宰相クロウのバッドエンドは、王国を乗っ取ったクロウが王宮に火を放ち、国王とその子息……いい雰囲気になっていたはずの主人公のリリアナをも焼き殺すエンディングだった。


 ゲーム画面には、燃え盛る玉座と冷笑を浮かべたイケメン宰相。背中にはガチ炎の海。酷い絵面だ。


 


 ああ、彼のトゥルーエンドをまだプレイしていないことが悔やまれる。

 ここが本当に、「漆黒のリコリス」の世界だとしたら……主人公のリリアナに待っているのは、限りなく100%に近い確率での死だ。今のところ、回避の手段は不明。すでにプレイした全てのルートでリナリアは死んでいる。




(勘弁して!こうなったら……クロウのトゥルーエンドに期待するしかない!)




 ゲームの攻略対象は三人。唯一、未プレイのシナリオは、クロウのトゥルーエンドだ。「99%の悲しみと1%の幸せ」という謳い文句を信じるならば、最後のシナリオにはハッピーエンドがあるに違いない。……と、信じたい。というか、他に縋れるものがない。




 こうして、リリアナ・フォンテーヌに生まれ変わった私は、黒幕宰相の陥落に励むことになったのだった。

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