02 手合わせ
「勇者様。今日はこちらでお休みください。……その、お気を確かに」
「いえ、スミマセン。ちょっと取り乱してしまったみたいで……。お気遣いありがとうございます」
メガネ破壊事件から意気消沈し、落ち込むばかりでこの世界の事を説明される間もなく夜が更けた。メガネというものが何なのかという説明と、自分の目の悪さがどれほどのものかという事だけを説明したが、やはり皆の反応は芳しくなかった。
伝承にあるという勇者という存在は神からそれは強い力を付与されているらしい。だが、どれほど強いものであっても、自分がそれ相応の力を付与されていたとしても、目の悪さを引いてプラマイゼロ。むしろマイナスの方に傾きそうだ。
自分の勇者業が始まる前からこのざま。これも全てはあのルナウィとかいう赤毛の男のせいだ。
与えられた部屋のソファにドカリと座り込む。柔らけえ〜なんて思いながら周りを見渡して見るがやはり視界はぼやけたまま。恐らく豪華な客室なのだろうが、このままでは旅に出たところでこの世界の良いところも悪いところも見ることがないまま旅が終わりそうだ。
そもそも、伝承にあるという勇者が神から多大な力を付与されていたというが、視力の回復はその条件に当てはまらなかったのだろうか。見たこともない神にどうか目を良くしてくださいと祈ってみるが、返事なんてものは帰ってはこない。
「はあ、これからどうすりゃ良いっての……」
知らない世界に呼ばれ、メガネを壊され、本当にドッキリだったらどれほど良かっただろうか。
ソファに乗っているクッションに顔を埋めながらぼそりと呟く。何だか眠くなってきた。ベッドまで歩くのも億劫でそのままソファに身を沈めてしまって寝入ってしまおう。考え事も億劫でやめてしまおう。
そうしているうちにいつの間にか寝てしまったらしく、気がつけば朝が来ていた。
「朝か…」
どれほどこれが夢だったなら良かっただろうか。目覚めれば寝心地最高のソファに横たわっていた。メガネを付けようと探すそぶりをするが、一瞬で自分のメガネは殉職したのだと思い出す。
「くそルナウィめ……」
見事にルナウィに殺され二階級特進である。メガネ界に役職があるかどうかと言われたらないけれど。
もそもそと体を起こせば、窓から差し込む光に目を細める。今は何時なのだろうか。結局昨日は食事を断ってしまったために空腹が自分を襲う。腹が減ったなあ、なんて考えているとドンドンというノックにしては乱暴なドアの叩き方。はい。と声をかければ、扉が開かれた。顔を判別することはできないが、見覚えのある赤髪にルナウィだとわかった。
「勇者、いつまで寝ているのだ! 朝食を持って来てやったぞ」
正確には持って来たのは後ろにいる侍女なのだがルナウィのどこか偉そうな物言いに苛つく。
「朝食はありがとうございます。で、他に何かをご用があるのでは?」
まさか本当に朝食だけ持ってきたということはないだろう。質問をすればルナウィはウムと返事をした。
「今日は勇者、お前の実力が見たいのでな。俺と手合わせをしてもらうぞ」
「実力ですか。それは良いですけれど、ルナウィ様、今日は私のこと邪険にしないのですね。昨日は勇者なんていらないって言ってたくせに」
棘のある意地悪な言い方をすれば、ルナウィは居心地悪そうに返事を返す。
「う、うむ。お前があまりにも憐れで…いや! 冗談だ! ゴホン! 正直勇者など眉唾だと思っていたのだが、お前は魔王を倒さねば帰れぬのだろう? 魔王に手出しできない今、全ての可能性であるお前だけが魔王に対抗する唯一の手段。お前の力が必要なのだ。どうか共に戦ってほしい」
憐れだと言われ最大限の睨みを向ければ焦ったような反応をする。だがその後に続く言葉は至極まともなものだった。頭を下げられ、どうしたものかと頰をかく。
メガネの恨みはあるが、ルナウィにとってこの国は大切なものなのだろう。恐らくお偉いさんであろう人がこんなどこにでもいる小娘に頭を下げるなんてよっぽどなのだろう。
「顔を上げてください。わかりました。私でよければ協力しましょう。ただ、だいぶ大きなハンデがありますが」
「その件は本当にすまなかった……。ありがとう。共にこの国を救おう」
正直ルナウィへの恨みは早々消えそうにはないが、真摯に言葉を向けられた手前断ることもできない。今できる範囲でできることをやろう。と、その前に。
「世界を救う前に朝御飯食べても良いですかね? 昨日から何も食べてなくて……」
「……ああ、いくらでも食べると良い」
ルナウィの声色から若干呆れが見て取れた。ぐうと腹の音を鳴らしながら、遅い朝食を食べる。
朝食を食べ終えると身支度をしてからそのまま寝っ転がってしまいたい欲を抑えて部屋を出る。ルナウィについていくだけだが。
昨日泊まった客室は神殿の一部だが、通されたのは夜になってからだったのでどれほどの広さがあるのかイマイチわからなかった。
今も視界はぼやぼやでイマイチわからないが、随分と広いようであるようだ。
「ルナウィ様も昨日はお泊まりになったんですか?」
「いや、俺は城から来た。お前にもいずれ城に来てもらうぞ」
城。まじかー城かよ。偉い身分だとはなんとなくわかってはいたが、城という単語で王族の可能性が出て来たぞ。メガネを壊される前のルナウィを思い出す。赤髪に赤眼。赤髪だけならともかく元の世界にはいないような色の組み合わせ。
今じゃ顔も見えないが随分と男前だったように思う。キリッとしたつり目気味の目元に、通った鼻筋、薄い唇に色気を感じた。若そうだが威厳ある面構えで、一般人とは違うオーラを放っていた。
王族ならもっとかしこまった方がいいのだろうが、なんとなくメガネを壊された恨みからあまり丁寧に扱いたくなかった。
そうこう考えているといつの間にか広い広場へとやって来たようだ。
「ここで今から手合わせをしてもらう。お前の実力を測るがいいな?」
「はい、異存ありません」
いつの間にか持っていた木刀を受け取り、ルナウィを正面に向き合う。
正直剣術などに覚えはないが、勇者に付与される力とやらをここで知っておこう。話が本当なら自分はルナウィとも対等に戦えることだろう。ルナウィがどれほどの実力なのかは知らないが。
「いきます!」
「来い!」
初歩は大きく踏み込み、ルナウィへ木刀を振り下ろす。木刀を受け止められ弾かれるが、体制を崩すことなく後ろへ飛ぶ。継いで懐に飛び込み突きをくらわそうとするが、それも受けられ、横っ腹に一発食らう。勇者強いんじゃないんかい!
再び後ろへ飛ぶが、本来の自分の脚力よりも力があるようで、思ったより遠くへ飛ぶ。体は軽い。自分の体ではないようだ。痛みも思ったよりも少ない。
再び剣を交え、ルナウィに一太刀、二太刀と加えて行く。恐らく本来の自分だったらそんなことはできないだろう。身体強化、これが神のから付与された力なのだろうか。視界は相変わらずぼやぼやだが、ここまで動けるのなら問題はないのかもしれない。とか思っていたら太刀を浴びて吹っ飛んだ。やっぱ駄目かもしれない。距離がイマイチ掴みにくい。
「動きはいい。剣筋も素人にしては冴えている。荒削りだが今は剣の振るい方を知らないだけで、型さえ学べば化けるだろう」
「……ありがとうございます」
神様は型のインプットまではしてくれないんだな……。能力付与というからそういうところまで手が回っているのかと思えばそんなことはなかった。自力で頑張るしかないな。
「よくもまあ、俺に太刀を浴びせたものだ」
「失礼ながら……ルナウィ様はどれくらいお強いのですか?」
「これでも副騎士団長を名乗っている。もっと誇ってもいいぞ」
副騎士団長だと!? おうおう随分位の高い役職名乗ってるやんけ! これはもっと自惚れてもいいのでは?
恐らく二十代後半くらいだろう。その年で副騎士団長とはかなり実力があるのではないだろうか? 元々勝負ではなく実力を測るための手合わせだが、ルナウィにそう言われちょっとばかり鼻高々になる。
「勇者よ。これからは我が城で稽古を付ける。生半可な気持ちでは取り組んでくれるなよ」
「自分の世界に帰れるかかかっていますからね。中途半端な気持ちで取り組むつもりはありません」
「フッ、期待しているぞ。勇者よ」
吹っ飛ばされてから地べたに座り込んだままだったが、見兼ねたのかルナウィが手を差し出してくる。その手を取り立ち上がると顔が近くなる。くっ、このイケメン顔も顔が近くなけりゃ見えないのかと思うとちょっとがっかりだ。眼福眼福と今のうちに男前を味わっておく。ドキンッなんて少女漫画チックなトキメキは無い。
「ん? 顔に何か付いているか?」
「いえ、なんでも」
見すぎて不審に思われたようだ。あぶねーあぶねー。
「そういえば勇者。お前、名はなんというのだ?」
「あれ、自己紹介してませんでしたっけ」
「していないな」
「そうでしたか……私の名前は彩子です。県彩子」
「俺の名はルナウィ・ファルファリア。ファルファリア国第四王子だ。今一度よろしく頼むぞ。勇者アヤコよ」