01 メガネを壊された勇者
「もし。起きてください勇者様」
「ううん? ……どちら様?」
目を開ければ白装束に身を包んだ男が一人。蒼い瞳がこちらを見据えていた。
自分は確かパソコンを前にネットサーフィンに勤しんでいた筈だった。寝ていたと言うことは寝落ちをしたのかと思ったが、寝ぼけて霞がかった頭では良く考えることが出来ない。
この男は誰だ? それにここはどこなのだろう。
「あの、ここはどこでしょうか? あなた方は?」
「ここはファルファリア。あなたはこの国を救うために神に選ばれた勇者様なのです」
この男は何を言っているのだろう。ファルファリアなどと言う国の名前は聞いたことが無かった。それに神に選ばれた勇者とは一体なんなのか。
メガネを取って目を擦る。まだ寝ぼけているのかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
メガネをかけ直し、場をよく見てみる。周りを見渡せばそこは白を基調とした神殿のような場所で、声をかけて来た男と同じような法衣のような白装束に身を包んだ人々が私を取り囲んでいた。
足元を見れば魔方陣のようなものが彫り込まれている。溝には赤い液体が流れており、微かに鉄のような臭いがする。もしかしなくても血、だろうか。こんな一般人へのドッキリにしては随分金がかかっている。
それに、ドッキリにしては悪趣味だなあなんて思いながら、男の話を聞くことにした。
「ここファルファリアは今危機に晒されているのです。北に本拠を構えるを魔王軍が攻め込み、国境での小競り合いが続いていて、敵軍勢も拡大し、国内に攻めこまれるのも時間の問題。そこで神のご加護を賜った勇者様のお力をお借りしたく、勇者様を召喚させて頂いた次第です」
なんだかゲームにありそうな世界設定なんだなあ。どこでドッキリネタバラシになるのかと思いながら男の話を聞く。この分だとまだまだ先になりそうだが、面白そうなので話に乗ってみることにした。
「勇者ね。勇者、いいですよ。私でよければいくらでもあなた方のお力になりましょう」
「ほ、本当ですか勇「おい! 勇者を召喚したと言うのは本当か!」
男が喜びを含んだ声を上げようとしていると、後ろから力強い声が聞こえて来た。
見れば紺を基調とした軍服のようなものに身を包んだ赤髪の男がズカズカとやって来た。周りを取り囲んでいた白装束の男達は、それこそモーゼの十戒のようにその男を避けて行く。
「ルナウィ様! 今勇者様にご説明をしている最中なn「何が勇者だ! 勇者などに頼らずとも、この国にはまだ力があるだろう! 勇者など要らぬ!」
ルナウィと呼ばれた男は、私の目の前に立つとキッと眼力の強い目で睨みつけて来た。顔立ちも鼻筋が通っていて精悍で気品が漂っているような気がする。偉丈夫という感じだ。お偉いさんなんだろうか。イケメンかよ。
「お前が勇者か。女ではないか! おい勇者!我が国はお前の力など要らぬ! さっさと自分の国へ帰れ!」
「帰れるなら帰りたいですが……帰れるんですか?」
「ことを終えるまではなんとも……神の啓示がなければ不可能だと思います」
「だ、そうですが」
「お前達神殿の力はそんなものか! 呼び出せたのだからさっさと返送の儀で返せ!」
「そ、そのようなことを言われましても」
「まあまあ、そんなに怒ることないじゃないですか。要らないと言うなら大人しくしていますから」
仲裁にはいればルナウィは私の胸倉を強く引っ張ってきた。苦しい。
「お前の存在事態が目障りなのだ! 勇者が召喚されておいて戦に出ぬとは士気に関わる!」
「なら戦に出ますから」
「出さん! お前のような女に何が出来ると言うのだ!」
バッと乱暴に手を離されたかと思うと、バランスを崩し地面に叩きつけられる。その反動でメガネがどこかに転がっていき、どこかで小さなパリンッと言う音が聞こえた。
「え」
「なんとかせんか! お前達神殿は何の為にいると思っている!」
「ちょ、ちょっと失礼!」
嫌な予感がした。急いで起き上がりメガネを探せば、ルナウィのブーツの下に変わり果てた相棒の姿がそこにはあった。
「あ、あ、私のメガネが……」
「何だこれは、ガラスか?」
ルナウィが拾い上げたメガネを奪い取る。そこには両レンズがパラパラと割れた相棒の無残な姿があった。
「何してくれとんじゃお前ー!!!!!」
「なっ?!」
ぼやける視界でルナウィに掴み掛かると、ルナウィは動揺したような声を上げる。
「私の! 私のメガネがお前のせいでこんな姿になっちゃっただろうがあ!!! どうしてくれんじゃワレエエエ!!!」
「な! 何なのだお前は! そんなガラスがはめ込まれたもの、すぐに作れるだろう!」
「ただのガラスなわけねえだろうが! さっさとメガネ屋さんに連れてけ!」
「メガネ? メガネとは一体何なのだ」
「メガネは視力の矯正器具だよ!! ……え、メガネを知らない? 嘘、やめてくれ、まさかメガネありませんとか言うんじゃないだろうな! やめて!」
「メガネなど知らぬ! 何なのだお前は怒ったり冷静になったり、忙しい奴だな」
「嘘だああああ!!! 私は一体これからどうすりゃいいんだああああ!!! ドッキリでしょ! ドッキリだって言ってくれ!!」
酸いも甘いも共に過ごして来た相棒を破壊され途方にくれる。自慢じゃないが私の視力はそこそこ悪い。歩行に問題はないが、ものを判別するのにはそれなりの近い距離が必要だ。
この馬鹿ルナウィの胸ぐらを掴みながら相棒の死に慟哭する。私はこれからどうすればいいのだろう。
「う、うう」
「おい、お前……泣いているのか」
「う、うええ」
「す、すまない、そんなに大切なものとは知らず……」
「うう、勇者になってやる」
「は? ぼほッ」
「勇者になって世界救ってさっさと帰る!! お前が何て言おうが絶対そうする!!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で決意を叫ぶ。新たな相棒を手に入れる為にはそれしか方法がない。ルナウィに最後にビンタを食らわせ涙を拭く。決意を胸に、今歩き出す。