幼馴染と友達を作ろう
「けっこんしてください!」
それが僕と彼女の出会い。
普段あまり大きな声で話すところを見たことがない彼女の舌っ足らずにも
大声で叫ぶところをみたのはこのときが初めてだった。
彼女の小さな小さな手は、必死に僕の服を握り、年相応にふっくらとして丸みを帯びた頬を真っ赤にして。その目尻には恥じらいからか、きらきらと光るきれいな涙が浮かんでいた。
かつてのおぼろげな記憶の大半には、うっすらと白い靄がかかっているが、それでもその光景だけは一度たりとも忘れたことはなく、彼女のそのかわいらしい仕草は鮮明の僕の記憶に残っている。
それは桜の舞う季節だった。
きれいなピンク色の桜吹雪が彼女の恥ずかしげに震えるその姿を引き立てていた。
思えば、幻想的な出会いだった。
衝撃的な出会いでもあった。
僕は彼女とのこの出会いを、生涯忘れることはないだろう。
十年たっても。百年たっても。
仮に彼女が、僕以外の人のことを好きになったとしても。
だってこの日が、僕たちが幼なじみになった日だから。
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side 恋
「友達を作ろう」
「・・・・・・」
何を言ってるんだろう、彼は。
私はオレンジ色の夕日が、まだ低い角度で差し込んでくる教室の中。
まだまばらながらも人が残っている教室の中で、パソコンのブルーなライトに彩られた四角い画面に映る可愛い女の子の出てくるゲームをひたすらかちかちやっていた。
そんな中、私の前の席に座って、ただにこにこと私のその姿を見ていた彼は、突然そんなことを言い出した。
そしてもう一度。
「友達を作ろう」
二回も言われて無視したら、さすがに可哀想だし、何か答えなくちゃと思った。でも、私の口をついて出たのはあまりにも冷たく、彼を突き放す言葉だった。
「・・・・・・イヤ」
「まあまあそういわずにさ」
「いま、いそがしいから」
とか言っちゃって。
はぁ・・・・・・可愛くないなぁ。私。
彼は困ったように私の方を見るけど、めげずにまたはなしかけてくる。
こんな私をどうして彼は構うんだろう。こんな可愛くもない私を。
私が友達いないから?
彼が優しいから?
幼なじみだから・・・・・・?
それとも・・・・・・。
ダメだ。その先は怖くて考えたくない。
そんな私の頭の中の考えを知ってか知らずか、友達を作ろうなんて言い出した彼。彼は困ったような顔で続きを紡いだ。
「そんなにその・・・・・・美少女ゲームが大事?」
「うん。命より大事」
それは言い過ぎかな?
でも、それくらい言わないと彼は私に友達を作らせようとするだろうから。
「そんなにっ!!?」
「うん。だって私なんかが可愛い女の子と遊べるゲームだから」
そう、私何かが友達なんて作れる訳ないし。
「・・・・・・何で女の子が女の子と遊ぶことに喜びを覚えるんだろう」
「それは・・・・・・私、友達いないから」
「だったらなおさら友達作ろうよ!」
「それだけは無理・・・・・・!」
「がんばればできるよっがんばれば!」
簡単に言うけど。
「無理だもん。それに、友達なら・・・・・・この中にいるもん」
私はすねたようにパソコンの画面に指を指して言う。
そんな私に、彼はできるだけ優しく微笑みかけてきた。
「名前も知らないネット上の人はお友達とは言わないんだよ」
「な、ななな名前なら知ってるもん!」
急にエキサイトしていすから立ち上がったせいでメガネがずり落ちてしまった。その様子を、未だ教室に残って談笑していた人たちがぎょっとしたように見ていた。
私は恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じながら彼をにらみつけ、メガネを直す。
「と、とにかく、名前なら知ってるもん・・・・・・」
「えっどんな名前なの?」
「漆黒の紅さんとか、夜の太陽さんとか・・・・・・食べられないチキンさんとか」
「それ本名じゃないよね?」
「で、でも困ったときに助けてくれるし・・・・・・」
「あのね、ネットのお友達はね・・・・・・紗ちゃんのお友達じゃないんだよ。あの人達は可愛い可愛い恋ちゃんのことをあの手この手で手に入れようと・・・・・・」
「やめてよ!! わ、私は可愛くなんて無いもんっ!!」
「あ・・・・・・」
また・・・・・・やってしまった。
私は昔からこの言葉が嫌いだった。
自分が可愛い。そういわれることが。
だって、本当に私は_____。
ハッとなって周りを見回すと。
放課後とはいえ、突然大声を上げた彼女のことをあざけるような笑い声が聞こえる。くすくすくすくすと。
嫌らしい笑い声が。
そんななか、何人かの女子のうちの一人が私たちの方にあるいてくる。
「恋~あんたさぁ、そんな風に教室でそんなオタクゲームやるのやめてくれない?」
恋。それが私の名前。
可愛くもない私の、可愛すぎる名前。私はその名前すら嫌っていた。
自分には合ってないから。
自分にはもったいない名前だから。
「・・・・・・」
私が困って俯いたままその言葉には応えないと、彼が助け船を入れてくれる。
「佐藤さん。悪いけどあんまりいじめないであげてくれないかな?」
私はいつもダメだ。
彼以外とまともに会話することすらできない。すぐにテンパって頭が真っ白になってしまい、言葉を返すことすらままならない。
これじゃあ友達なんてできるわけ無かった。
作れるわけもなかった。
「・・・・・・はぁ、まあいいけど。まったく可愛くもないのにあんまりキモいことしないでほしいんだよね~うちらはさ」
「いや、恋ちゃんは____」
「わ、わ、わかって、ます。おとなしく、して、ます。おとなしく、してますからっ・・・・・・!」
いつもみたいに、彼が助け船を入れてくれる。
でも、ダメなんだ。このままじゃ。
いつまでも彼に頼ってばっかりじゃ。
彼には、良いから黙っててと鋭い視線をたたきつける。
私の言葉を受けて、佐藤さんは何かを気に入らそうに、あるいはつまらなそうにしながら小さなつぶやきを漏らした。
「まったく、あんたなんか須島くんと幼なじみじゃなかったら絶対・・・・・・」
「ぇ、す、須島、君・・・・・・?」
なんで、須島君の名前が出るんだろうか。
私の幼なじみ。目の前にいる彼の名前。
彼女は憎々しげに私を見下ろしているが、その頬は少しだけ赤い。
それを見て、分かった。
分かってしまった。
ああ、そっか。
この人も・・・・・・須島君のことが好きなんだ。
仕方ないよね、かっこいいし。
優しいし。
学年でも、何人か彼のことを好きな人がいるらしい。
だけど、彼はそんなことに気づかず。
「僕が何か・・・・・・?」
とか聞いてしまう。
「と、とにかく! ただでさえ状況が状況なんだから、アンタはホントに大人しくしときないよねっ! わかった!!?」
「・・・・・・は、はい」
佐藤さんは長い髪をふわりとたなびかせながらかすかなシャンプーの香りと憂鬱そうなため息を残して去っていった。
彼女の去っていった後、他の子達もつられるように帰路に就いた。
ぞろぞろと、ちらりと横目で私のことを見下しながら。ゲラゲラと笑って去っていった。
皆がいなくなった教室の中で、また彼が話しかけてくる。
今は話したい気分じゃないのに。
「皆、帰っちゃったね・・・・・・?」
「・・・・・・」
「帰っちゃったね?」
「・・・・・・」
「・・・・・・ええと、あの、佐藤さんがこのクラスのヒエラルキーのトップに立ってるみたいだからさ、佐藤さんと仲良くすれば・・・・・・」
「・・・・・・話しかけないで」
彼から先ほど話しかけてきた娘の名前が出たことが、なぜかもの凄く気に入らなかった。だからよけいに辛く当たってしまった。
でも彼はそんな私ににこにこと笑いながら。
「話しかけないで、なんて言っておきながら、僕に話しかけてもらえていることがうれしいんでしょ? 口元がにやけてるよ?」
「うううう自惚れないで・・・・・・!!」
言われて初めて気づいた。話したい気分じゃないのに、彼の声が聞きたい、彼と話がしたい。内心ではそう思っていることに気づいてしまう。
顔がすごく熱い。
耳まで真っ赤になってる気がする。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・にやにや」
にやにやじゃない。
「・・・・・・にやにや」
「・・・・・・・・・・・・ああもうっ!」
「どうしたの? にやにや」
「か、帰るっ!!」
「うん」
「帰るの!」
「? うん・・・・・・帰れば?」
「・・・・・・・・・・・・か、帰る、もん」
いつもみたいに一緒に帰ろう。そういってくれない彼に、なんだか無性に腹が立って、寂しくなって、目に涙がたまっていく。
ゆがんだ視界の中で前を見ると、先ほどまで私のやっていたpcの画面の中から美少女ゲームのキャラが画面にうっすらと映り込む私の悲しそうな顔に向かって満面の笑みを向けていた。
「帰るならパソコンしまわなくちゃダメだよ」
「・・・・・・わかってるもん」
ぐすっ、ずずっ、と言った感じに鼻をすすりながら、のろのろとした動作でパソコンをシャットダウンしようとする。
「あ、それまだセーブしてないよ!」
「わわわわわかってるもん!! 別に忘れてたわけじゃないもん! このルートは選択肢間違えたから分岐点からやり直すだけだもんっ!!」
「もん、もん、もん♪」
「・・・・・・うぐっ、ひぐっ・・・・・・」
今日の彼は、意地悪だ。
目からは止めどなく涙があふれてくる。
「・・・・・・あ、ごめん」
だけど、すぐにものすごく申し訳なさそうな顔で謝ってくれるから、何となく感情が行き場を失ってしまう。
「ぅうう、もう、いいもん! ひどりでがえるもんっ!」
「ごめんごめん。いじめすぎたから、僕が悪かったから、一緒におうち帰ろうね? 早くかえってお菓子でも食べようね?」
「うぅああああ~ばかぁ~! ううっ、いじめっこぉ! 意地悪な須島君なんか嫌いなんだからぁ~!!」
とかいいながら彼に泣きつく私を誰か笑って。
・・・・・・笑えよ。
「ごめんね。でも、好きな子はいじめたくなっちゃう物なのさ」
「ぅうう、ぐすっ、ずずっもう、すぐそんなこといって・・・・・・! 嘘つきな須島君も嫌いだもん」
「まあ下向いてても恋ちゃんが今にやけてるの分かっちゃうんだけどね?」
「べべっべべちゅにニヤついてなんか無いもん! 真顔だもん!!」
「この状況で真顔だったらそれはそれで問題じゃないかな?」
「・・・・・・意地悪な須島君嫌い。そんなこという須島君とはもう幼なじみやめちゃうから」
それは、心にもない言葉だった。
実際に、幼なじみなんてやめられるはずがないし。彼はきっとそんな言葉気にもしないだろうと、感情のままに口をついて出てきた言葉だった。
だけど。
「・・・・・・」
「須島、君・・・・・・?」
彼は、何も答えなかった。
悲しそうな顔をして、ただ私からそっと目をそらした。
どうして?
いつもみたいに笑ってよ。
そんなこと言って僕のこと好きなんでしょうって聞いてよ。
何でそんな顔するの?
それも、今日にかぎって。
須島君が何を考えているのか分からないよ。
結局。
気まずい空気のまま。
何ともいえない空気のまま。
私と彼は、その後何も言わず、二人で手をつないで帰った。
すごくいやな空気だったけど。手だけは絶対離してやらなかった。
だってそれが、彼との唯一のつながりに見えたから。
お読みいただきありがとうございます。
この小説は小説一冊分の文字量で終了させるつもりです。
つまり……すべては終わりに向かっているのさ。
っとそういえば、実はこれ、「一週間フレ〇ズ」というアニメを見て、あんなのいいなぁって思ってそんな雰囲気を出したかったんです。ええ? 全然そんな雰囲気ないって?
ε- (´ー`*)フッただの作者の力不足ですよ。
まあ、SS的な感じで気軽に読んでいただければ幸いです。
※SSとは「ショートストーリー」の略だぞ。
知ってるわそんなもんっ! ですか?
ふふふ、でしょうねぇ。
ではまた明日。