薄暗い町で
「さあどうするんだ?野宿か?」
「馬鹿言わないで、もう夕方なのよ」
「分かってるよ、まったくお前は…」
辺りの空模様は青空から綺麗な夕景色に代わり、
いまにも日が徐々に沈んでいっている。
しかしそんな呑気なことは言っていられない。
生活に欠かせない資金が圧倒的に足りていない。
全員小銭程度の金額しか持ち合わせておらず、
それは全員が分かっていたことであった。
薄暗くなりつつある町の中を歩きながら、
これからのことをとにかく考えていた。
「…野宿か?」
「魔理沙、あなたさっきからふざけてる?」
「冗談に決まってるだろ?全く…」
宿に泊まれるような金額にも全然足りず、
食事も全員分では一週間も持たないだろう。
しかし、正直食事は問題はなさそうであった。
なぜならこの辺は幻想郷に似た自然環境なので、
ずっとそこで暮らし続けていた霊夢達は、
見慣れた植物であり食用かどうかも判断できた。
しかし、その周辺で暮らしていないさとりは、
そんなものが食べられるんですかと難色を示す。
「大丈夫よ、任せなさい」
「…本当に大丈夫なんですか?
とりあえず食べないと死にますから、
一応は食べてはみますよ…一応…」
しかし、まだ暮らせる場所が見つからない。
このままでは魔理沙の言った通りになるが、
それに意地を張っているのかは分からないが、
現状がどうであれ野宿に頑なに霊夢は拒否した。
そこら辺の空家に住み込むのもひとつの手だが、
本当に空家であるのかなど分かるはずもない。
それに住み込んだ家を間違えれたとすれば、
倒壊して潰されそうなほどのボロ屋もあった。
一日程度ならそのくらいは大丈夫そうだが、
あまり推薦は出来ないなと見た目で判断した。
「野宿は絶対嫌、空家も危険よ」
「この状況で嫌々言っていられないだろ?
とにかくこのまま怪我した奴らを、
手当もせず放置しておくのは嫌だぜ」
残り少ない資金を包帯や薬品を買うのに、
抵抗や勿体なさは微塵にも感じていなかった。
しかし怪我の処置の方法が分からないと、
魔理沙が続けて困ったように言うと、
まるでそれを待っていたというような顔で、
ひとつの薄汚れたノートを取り出した。
「持ってきておいて正解だったわね。
その点については地下構造の隠れ家にあった、
この医療関係の書かれたノートがあるわ。
この程度の傷なら大きな病院に行かなくても、
まあある程度なら大丈夫よ」
「なんか汚いな、拾い物みたいだな」
魔理沙は霊夢が言い終わった直後に、
中身を確認せず外見だけの感想を言った。
魔理沙に偉そうにできることが出来たと思い、
悔しがる姿を予想していた霊夢に対して、
特に意味のない外見だけの感想を言われて、
逆に霊夢が精神的なダメージを受けていた。
いきなりキレるのはおかしいなと思いつつ、
何か他に思ったことはないかと聞き出した。
「他に思ったこと?特に無いな」
「魔理沙…あなた私が教えた事覚えてる?
これほとんどあなたに教えたわよね?」
「えっそうだっけ」
魔理沙の隣りに寄りそれを覗き見しつつ、
アリスは呆れたようにそう言っていた。
彼女はそのノートのほぼ半分の内容を暗記し、
ずっと前に魔理沙に教えていた。
結局彼女は覚えていないがここにはそれを、
ほぼ丸暗記している人物がいる。
つまりこのノートは必要ないということだ。
そんな状況に霊夢は口を開き唖然としながら、
まるで魂が抜けたように固まっていた。
「自分が怪我した時どうするのって…
まあいいわ。この機会に覚えてよね」
「母親みたいなこと言うなぁお前は」
「心配してるのよ、一人の時とか怖いし」
これでもう必要のなくなったノートに対し、
どこからともなく愛着さえも感じてきた。
それはただ単にこれがなかったとすれば、
重傷だった桐柄や早苗の怪我に対応できず、
放置することになってしまったことや、
このノートを書いてくれたある人物との、
懸け橋になると思っていたからだ。
霊夢が書かれている文字を見ただけで、
すぐに誰が書いたのか分かっていた。
その人物は八雲紫だった。しかし結局、
その話をできずに終わってしまっている。
いつかその時までは一度も肌身離さずに、
大切にしながら持ち歩いているだろう。
「…おいどうした霊夢?」
「…何でもないわ。さっさと探すわよ」
しばらく同じように町の中を歩き続けるが、
電気が点いた家はひとつも見当たらず、
とうとう明かりは街灯だけになってしまい、
足元もよく見えないほど日が沈んでいた。
この状況には流石に霊夢も懲りたらしく、
真横にある空家がいいわと勝手に決めていた。
魔理沙も自分勝手過ぎると突っ込む気力もなく、
霊夢に続いてその建造物に入っていった。
「暗い、照明の電源はどこだ?」
「あったわ、今点けるわよ」
外があんなに暗ければ当然中も真っ暗で、
外にはまだ月の光がある分まだ良かったが、
家屋の中ではそれ以上に暗いのは必然だろう。
全員で暗闇を壁伝いに電源を手の感触で探し、
そして見つけたそれを人差し指で押した。
たった一つの照明だけでかなり明るくなり、
それ以外の光源が無い事が良く分かった。
それからは全員が妙に礼儀正しくしつつ、
生活感が残った家屋の奥へと入っていった。