今私にできること
颯花は良さげな雰囲気の二人に囲まれたまま、
話しかける事も出来ずとても気まずくなっている。
どうにかしろと言うような目で美鈴を見つめるも、
目が合った瞬間彼女は何故か颯花に笑顔を見せ、
そのまま何事もなく隠れ家の奥へ入っていった。
微笑ましいですね、なんて言っているようで、
颯花の状況を二人と同じく完全に無視している。
「(…そんな輝いたような目で会話されるとなぁ…
いや確かに微笑ましい、いい雰囲気だけど…
頼む…せめて私を降ろしてくれよ…)」
例え降ろされたとしてももともと身体が無いので、
どちらにしても結局何も出来ないままの颯花だが、
それでもずっと抱えられているよりはマシだ、
そう思った理由はあまりうまく言葉に出来ないが、
この二人の雰囲気を壊すのはちょっと勿体ないな、
久しぶりに見た人の笑顔で颯花はそう思った。
二人の会話をこっそりと目を閉じて聞いている間に、
無意識の内に意思に反して眠ってしまった。
しかし、それから次に彼女が目覚めたときは、
何故か軽く二日を過ぎ、そして日が暮れていた。
それは当然ながら周囲に心配されないはずもない。
颯花は呼吸もせず、食事もとっていないままであり、
それに普通なら二日も寝る事は気絶等でなければ、
死んでしまったと思えても仕方ないだろう。
「…?」
「あっ…おいお前!心配したぞ!
いつまで寝てれば気が済むんだよ!」
「へ?何の話だ。
あとにとり、頭痛が酷い。手短に頼む」
自分が二日寝込んでいたことは彼女に言われるまで、
当然ながら颯花は全く分からなかった。
寝ている間は流石に颯花でも当たり前に意識はなく、
その間に起きた出来事は当然全く知らない。
颯花がいる場所はおそらく雛がいる方の隠れ家だ。
天井に電気が通らず光らない豆電球が埃を被り、
薄暗い周囲を小さく照らすのは溶けかけた蝋燭。
人数が多いと狭苦しかったが少し我慢すれば平気で、
まだ電力が残っていてある程度の生活ができた、
諏訪子達が元々いた隠れ家より住み心地が悪い。
それでもこちらの隠れ家に居るということは、
向こうではもう電力が尽きたのだろう。
「お前は二日も寝込んでいたんだよ、
これじゃ本当に死んだかと思っていたんだ」
「そんな簡単に死ねるものか。
しかし…二日か。かなり長く寝ていたな」
「なーがいどころじゃないぞお前の場合は。
お前は人として普通の事をしていないからな」
「呼吸、食事…その他いろいろね。
でも私は人じゃないし人になる気もないわ」
その訳の分からないことを前にも聞かされていて、
それからにとりは今まで疑問に思っていた。
突然言われてもまともに理解できないような事を、
言われて理解できる訳も当然ないだろう。
「好きだよなそれ。じゃあ聞くけどさー、
お前にとって人ってなんなのさ?」
「それに気づかなければまだ人だよ」
「答えになってないぞ」
「気づかない方が楽でいい」
「は…はぁ」
更に困ったような顔をするにとりとの、
そんな奇妙な話を途中でやめさせた。
本当は颯花はただ返答に困っていただけで、
話しても理解してもらえないだろうと、
だだそんな風に思っていたからだった。
「この話は終わりだ。今度はお前が寝ろ」
「これまた自己中なことを」
「鏡を見ろ、顔があきらかに疲れ切っている。
この義体はまだ完成はしてないらしいが、
私はお前が作っている姿をずっと見ていた。
だからある程度なら私も作れるはずだ」
「不器用そうなお前が出来るのか?
それにみんな疲れているんだよ。
私も雛もお前も、ここにいる全員が」
「…」
正直なところ颯花は周囲の事をあまり知らない。
雛が昼間に外へ出て身を危険にさらしてまで、
どこに行って何をしているということも、
他の名前の分かっていない生存者の日常の行動も、
今限りある食料の量さえも理解していない。
それは彼女が二日眠っていたせいでもあるが、
その情報を把握できる機会は何度もあった。
それを無視して今まで行動していた、
颯花自身が一番の原因でもある。
「私は周りのことを全く知らない。でもな、
だからって意味なく意地張って休まなかったって、
そんなの更に疲れてしまうだけだ。
休めるときは素直に休んでくれないか?
私はお前の疲れた顔はあまり見たくない」
「大丈夫、終わったらちゃんと休むから。
でも今出来ることは今やった方がいいんだよ。
何かあった時じゃあ手遅れになっちまう」
「…。分かった。じゃあこうしてくれ。
先に腕を作ってくれ。そこから私も手伝う」
「お前はこれが完成したら忙しくなるんだから、
それまでゆっくり休んでいていいって」
「…」
もしも何かあった時のためにできるだけ早く、
義体を作っているのを手伝おうとしているのに、
お前は何を言っているんだと言いたくなったが、
彼女が頑なに休めと言う事の理由がよく分からず、
そっちに疑問を感じてしまい思わず黙ってしまった。
そのせいでにとりは颯花が了承したと思ってしまい、
手伝わせろと言える機会が無くなってしまった。
でも少し疑問に思ったことがあった。
いつもここの隠れ家が静かだが、多少会話はする。
一人が話していれば隠れ家全体に聞こえるほど、
音響が良いというのにほとんど静かだった。
それに1度隠れ家全体を見回った時に見た少年が、
大事そうにいつも抱えていた何か文字の書いてある、
野球のボールが部屋の隅にそっと置かれていた。
その瞬間、全身に悪寒を感じ身震いしてしまい、
義体をにとりが作っている途中で動いてしまった。
それに颯花は反射的にすまないと言ったが、
何故か彼女は下を向いたまま頷き、それを続けた。
これは気付かれたな、颯花は勘で分かった。
悲しい事をなるべく思い出させないようにと、
颯花はそれを聞き出そうとしたのをやめた。
「食料はこのままだとあと3日も持たない。
颯花、無理を出来るだけしないで欲しいが…」
「大丈夫、この前は私の判断ミスだ。もうしない。
お前達をこれ以上死なせる訳にはいかないから」
「…。……ああ頼む。」
夜が開け、太陽がそろそろ顔を出す頃、早朝に、
颯花とにとりは出入口の扉の前で話している。
あの完成途中の義体は今は完璧に仕上がっている。
前と同じ紅と黒の色合いの綺麗な色をしている。
外の物音がしない内に外へ出てしまおうと、
颯花はすぐに振り向き扉の取っ手に手をかけた。
「…死ぬなよ、颯花」
「…お前もな、にとり」
颯花はゆっくりとその扉を締め、そして駆け出す。
外は相変わらずの空模様、人間をやめた傀儡達。
終わりが見えないこの四角い世界の戦いは、
彼女達はいつか終わる時が来ると信じるしかない。
人は弱い。時の流れとともに次々と死んでいく。
死んでいく定めの生命に優劣なんかない。
颯花はいつまでもそこで彼女達の為に戦い続ける。
それは自分がただ周りの悲しい顔を見たくない、
そんな自己満足の為だけの行動かもしれない。
颯花がどう思っていようと、周りがそれを知って、
どう思ったかがその答えになるだけしかない。
全ての元凶が自分の罪を薄くする為だけの偽善行為、
そう思われれば周囲が同調し、やがて答えになる。
でも、たとえそう思われていたとしても、
颯花は今出来ることは今やるしかない。
今を精一杯に生き、そしてこれからも必死に生きる。
死んでいった者達の為に、今も前へと進み続ける。