導く物/金髪少女:1
「うわぁぁ!今度こそ、死ぬってばちょ(」
ドン。では無かった。
運良く木の枝を掴めたので地面への直撃は回避出来た。
体のあちこちを触ってみて確かめたが、骨折も無い。
しかし全身にかなりの衝撃が響いていたのは確かで、
その痛みに耐えるようにその場で少女はうずくまり、
しばらくの間、一歩も動くことができなかった。
そして時間は経ち、少女がようやく動けた頃である。
「いったぃ……あいつ…慈悲がないのか?」
もう一度身体を確認したが特に怪我をした痕は無い。
切り傷程度は絶対あるはずのに何もないという事に、
何故か不思議な感じに思ったが特に気にもしなかった。
そんな事よりももっと気になることが彼女にあった。
それはあの赤白が特に鍛えているように見えない脚で、
何故あんなに同じ体型の自分の事を蹴り飛ばせたのか、
彼女はその事に不思議で不思議でたまらなかった。
あの脚には体を通して出る力でもあるのか、なんて、
変な考えを色々考えても結局彼女は分からなかったが、
ましては理由のありそうな脇の空いた服装の巫女が、
人気のない山奥の奥底でなぜ神社を構えているのか、
次会ったら怒らせない程度に質問をしようと思う。
少女が次に考えたのは、
『自分は今まで何をしていたか』
だった。
「とりあえず自分の個人情報からだね!
もしも何かあったら大変だし…ね!
ほら頭が馬鹿になってたりとか…あるじゃん?
まあこの私にとって馬鹿になるなんてまずないわね」
彼女は独り言が得意であった。
得意いいつつ得意という訳でもなく話しているだけで、
それが何を意味するのか、どんな理由があるのかを、
じっくりと考えても特に深い意味は無いだろう。
そして少女は理由もない独り言を再び始めていた。
「まず名前から!名前は!…名前…名前…?
待て待て、名前が分かない…あれ、ちょっと待って、
身長、スリーサイズ、利き手、利き足、好きな事…
全部分かんない……?…なんで…?」
どんなに思い出そうとしても思い出す事ができず、
まるで何かで閉ざされていたような感じだった。
彼女の頭の中には空から落ちた前の記憶が無かった。
自身の親や生まれや育ち、ましては自分の事さえも、
これっぽっちも記憶がなかった。いやそうじゃない。
忘れっぽいだけなんだ、そう前向きに考えていても、
訳も分からずに混乱し頭がどうにかなりそうだった。
何を言ってるか分からないと思うが私も分からない。
ひたすら彼女はひとりで独り言を言い放っていても、
結果も結果でとても自分がみじめに思えていた。
「ま、まあそのうち思い出すでしょ!
次は『何故こうなったか』を考えよう」
と言いつつも、その答えは先ほどで分かっている。
目が覚める前の記憶が完全に無いというのなら、
何故こうなったかという事も分かるはずもなかった。
試しに周辺の木々に聞くも何も教えてくれない。
聞こうとするも相手は木だ、そりゃあ喋れないだろう。
そもそも私に微塵も興味も示してくれない様に見えて、
状況も相まって、少女は心が虚しくなった。
「もう終わりだ!終わり!考えるのやめよう!…
埒があかないですね、何か今出来る事は…」
辺りを見渡す。周囲は木々が立ち並ぶ薄暗い森林で、
整地がしてあるのか道のようなものがあるだけだが、
それ以外にそこには先ほど落ちた衝撃のせいなのか、
大地に立派にまっすぐ突き刺さった木の枝があった。
いつの間にか少女は理由なくひたすらそれを見つめた。
彼女は何故か不思議で運命的なものを感じていた。
その大地に根も生やさずそびえ立つ勇ましいその姿は、
こんな私の事を勇気づけてくれているようにも見えて、
そして生命の神秘を教えてくれているようだった。
...しかしそれはただの妄想である。
「これだ!」
彼女は地面にその刺さった枝を引き抜き、空高く…
ではないが投げた。ただ腕の力がなかっただけだった。
ただ単純に腕の力の全力を使って思い切り投げた。
しばらくのあいだ木の棒は空を舞った。そして、
少女の頭に直撃した。真上に投げたのが原因だった。
その後、弾かれるようにその木の棒は地面に落ちた。
彼女はその枝を確認した。
「…右に行けばいいのね!」
これから自分が向かう方向をただの枝に任せていた。
自分でも流石にこれは馬鹿みたいに思っていたが、
する事が無いから仕方ない、と自分に言い訳していた。
そしてその枝を拾いつつ、右の道を歩いていった。
この先に自身に降りかかる数多くの悲しみを知らずに。
とにかくその方向へ歩いた。30分くらいと予想しよう。
周りには変化は無かった。薄暗い森林のままだった。
ふと彼女は無意識のうちに自然と空を見上げた。
その時にやっと彼女は異様な状況に気付き驚いた。
たとえ彼女の頭の中に普通の記憶がひとつもなくとも、
流石にこれは有り得ないだろと驚くほどの変化だった。
「なんだありゃわ!?…いてっ……」
舌を噛んだ。そのくらい不思議と思っていたからだ。
そこには先程までの綺麗な青空とは正反対になり、
彼女や広大な森林を眩しく照りつける太陽も消え失せ、
夕焼けみたいな完全に成りきれない赤色ではない、
狂気を感じさせるような不安になる不気味な紅い空。
眩しく輝く太陽は無念にも大地を照らす事が出来ず、
その代わりに薄暗く大地を照らし続けていたのは、
血のように紅く染まっていて明らかに普通ではない、
不気味で奇妙な雰囲気を醸し出す満月なのであった。
奇妙な風景だった。ただただ不気味で不思議だった。
まるで血の雨が降りそうな恐ろしく思える雲の色、
人の欲望とやらを全てかき集めた集合体のような、
毒々しい色を放つ純粋なほどまで紅い満月。
そんな景色を見ながらボケたように彼女は口を開けた。
「見とれていた。惨敗だ、私よりも美しい」
思わず口を塞ぎ、恐る恐る周囲に気を配って確かめた。
もしも他人に聞かれていたら人生終わっていたな、
そんな事を彼女は思っていた。そりゃそうだろう。
勘は鋭いほうだった彼女は妙に嫌な感じを感じつつ、
自分の言動に色々な意味で少しビビっていた。そして、
聞かれていた。
自分の不注意だ。他人に責任を追わせるつもりもない。
普通は登れなさそうな背の高い木の枝の上に座る、
可愛い見た目で小さな背丈の金髪の少女がそこに居た。
まずは今のを聞いていたのかを聞こうとしていた。
だが目先のこの奇妙な体験の方が更に聞きたかった。
自分の事よりも、不思議な体験に魅力を感じていた。
ただそれだけの事だった。
「ねえ?」
少女は相手に第一声を発した。気付いていない。
彼女の様子を深く観察しなくとも分かる事だったが、
相手もこの原因に見とれているのだろう。たぶん。
「ねえ!」
その子は少女の方へ振り向いた。
見た目は後ろ姿と同じく普通の少女ではあるが、
顔はもっと幼い雰囲気を醸し出していた。かわいい。
とりあえず、あの件を早速聞いてみようと思っていた。
「あの満月といい、空といい何あれ?」
お互いに相手を見つめ合う。何この子結構可愛い。
など思っていたが、彼女からは特に返事はなかった。
そんな空気に気まずく思いつつ、良く分からないが、
自分よりも小さな子に聞くのもなんだかなぁと思い、
軽く相手に謝り、更に先へ進もうとした時だった。
「あなたは食べてもいい人類?」
「は?」
少女がそう言った振り向いた瞬間即座に振り向き、
それに即答した、が一言だった。1つの言葉だった。
カニバ…何とかだったかな?それなのかなと思ったが、
少女の言ったことが何かのアニメの台詞と思って、
「うおー、食えるもんならくってみろー!」
と少女は言った。それが間違いであった事はその後、
充分理解した。少女はそれを理解せざるを得なかった。
そして、後々後悔をせざるを得なかった。
「フフフ♪」
辺りの鮮やかな紅が消え失せ突然暗黒が視界を覆った。
急に夜空が暗くなったとは彼女は流石に思えず、
何かを自身の上から覆い隠されたような感じだった。
なんだこれ…?自分の腕も見えずに戸惑い混乱する。
辺りには少女の可愛らしい笑い声が聞こえてくる。
しかし颯花はそれにやたら不気味さを感じている。
ザシュッッッ!!
何かが彼女の左腕を切り付けた。相手は少女だろう。
その傷口に触ってみた。血が流れている。いや、
血が少し出ている程度だった。傷は浅いぜ。
「なっなによ!刃物を持つのはアウトでしょ!」
「持ってないよ〜ん♪」
可愛い声とは思っているが、恐怖感が勝っていた。
逃げる?無理だ周りが見えない。足元が暗く歩けない。
戦う?相手の場所がどこかさえも分からない。
更に混乱する。例のあの素数も全く数えられない。
身を構えながら、呆然とするしか出来なかった。