帰投
「さあ帰るぞ」
「へ?」
スカーレットを倒して、彼女が完全に消えた時、
ほぼ同時に颯花は空気も読まずに、そう呟いた。
あまりにも気を移すのが早くにとりは返答に困り、
その為にこんな気の抜けた声が出たのであった。
「何がへ?だよ…武器も持たずにここに居て、
何事もなくいられると思ってるのか?」
「いやその、手ぶらで帰る気か?」
「帰れなければ元も子もないぞ」
確かにここ一面は先ほどの風圧で平地になり、
ある程度ではあるが周囲の危険が無くなっている。
一緒に傀儡達もかなり吹き飛ばされているからだが、
それはほんの少しの間だけ安心できる程度だろう。
彼らは何故か音に敏感に反応を示している。
それにこれだけ大きな音を立てれば半日もすれば、
この辺りは彼らで埋め尽くされてしまうだろう。
こんな危険な状況に食料を探せるはずもない。
もう武器は一つもなく、ただお荷物ひとり。私だ。
そして彼らに遭遇して盾にされるのも嫌だ。
「ぅぅ…飢え死ぬ…」
「また次なんとかするから…ほら歩いて!
餌を探す前に餌にされちゃ嫌だろ!」
「少しは休ませろこの鬼!悪魔ぁー!……はぁ…」
「そんな悲しそうな溜息しないでよもう…
一週間なら飲まず食わずでいられるはずだから…」
「お前に言われても説得力がない…」
「私だって食欲くらいはあるわ!
ただ食わなくていいってだけの身体なの!」
「訳の分からない身体しやがって…もぉ…」
2人、いや颯花を担いだにとりは真っ直ぐ帰る。
逆にほかに行く宛もない。時刻は既に昼は過ぎ、
暗いままだが夜に近付いているのがはっきり分かる。
電気は当然通ってない。街頭があったとしても、
それはもはやただのオブジェクトに過ぎない。
暗くなれば足元は見えず、立ち往生をしてしまう。
ここは何としてでもどちらかの隠れ家には着きたい。
「なあ颯花…あそこの自転車があるだろ?」
「義体を捨てる気か?」
「また取りに来ればいい…あれなら日が暮れる前に…」
「また作るのに数日掛かるんだぞ?」
「構わないよ…けど…
お前をカゴに入れるから段差の時痛いぞ?」
「大丈夫、痛みには慣れてる」
風圧で吹き飛ばされた瓦礫の残骸に紛れて、
錆びて前のタイヤが外れそうな自転車を見つけた。
右のハンドルが上に曲がってはいたものの、
ぎこちないがまだ使える為、それを利用する。
義体から颯花を切り離し、彼女をカゴに入れる。
素材は鉄で錆臭く、凹凸で入れられただけでも痛い。
恐らくにとりに颯花のこの心の声は聞こえている。
とりあえずさっさとその機能を切って欲しい、
颯花はそう強く念じるが、彼女は何も返さなかった。
恐らく、先ほどの戦闘で壊れたのだろう。
「こいつなら全力で1時間も掛からないな!」
「申し訳ないが過度な期待はNGで頼む」
「あっ…すまん」
「…本当に大丈夫かな…あんな場所行って…」
「そう簡単に死ぬような人じゃないですよ。
でも貴女が他人を心配するなんて珍しいですね」
「別にそこまで心配してないわ!
ただ食料が少ないから早めに欲しいだけ!」
隠れ家の入口の前で雛は颯花の帰りを待っている。
それはただ食料の問題が深刻になっているからで、
多分心配でじっとしていられないからではない。
少し寒い廊下で1人で待つのは可哀想だと、
美鈴は寄り添うように彼女の隣りで座っている。
彼女の最近の楽しみは雛の物事に対しての、
態度の変化といつも通りの修行、睡眠らしい。
逆にそれくらいしかこの状況ではする事がなく、
また颯花と戦いたいとか思っているほどである。
「!…静かに……!」
「ふぐっ……んん…!」
扉の外からの小さな足音を聞き取った美鈴は、
咄嗟に雛の口を押さえ、物音を最低限にさせた。
再び彼女に触ったせいなのか頭上から豆電球が落ち、
美鈴の頭頂部へ直撃した。割れた音が響き渡るが、
本人はその痛みを涙目になりつつこらえた。
しかし、外の足音は徐々にこちらに近付いていた。
まだ人数までは分からなかったものの、
能力を使わずともある程度なら戦えられる彼女は、
扉の前で待ち伏せながら戦闘の構えを取り、
右手で雛を自分から離れるように指示をした。
「(来る…2人…?いや傀儡には沢山足生えてたし…
やっぱり目視じゃないと分からないですね…)」
「(待って!何開けようとしてるのよ!)」
「(生存者か判断を出来ないんです!
大丈夫、絶対中に入れさせませんから!)」
美鈴はそっと取っ手に手をかけようと伸ばした。
しかし、触れた途端その取っ手はひとりでに動き、
外の人物は今にもこの扉を開けようとしていた。
美鈴はあえてその取っ手から手を離し、開かせる。
その相手の顔面に蹴りを食らわせてやろうと、
タイミング良く脚を振り上げ、一気に振りかざす。
「今ね!はぁあああッ!!」
「うわっ何だっ!!」
外から見れば急に中から脚が飛び出てきた状態で、
大抵の人なら動けずそれをまともに食らうだろう。
しかし、手元に手頃な身を守れるものがあれば、
咄嗟にそれで身を守るのが普通だろう。
外の人物はそれで自身の頭を隠し、身を守った。
「待て待て待てやめろ!いっ痛ッ!!」
「あっ……傀儡じゃない」
「当たり前だ!奴らに扉を開けれる脳はない!」
「あっ颯花すまん、つい咄嗟に」
「全くだ…ここで盾にされるとは思わなかった」
外に居た2人組の足音の正体は颯花とにとりだった。
判断を誤ったのだろう攻撃の脚は止められず、
声を聞いたにも関わらずそのまま攻撃してしまった。
にとりは両手で抱えていた颯花の頭を使って、
その攻撃を受けまいと無意識に防いだのだった。
そんな事よりも、二人のそのボロボロな姿を見て、
1番反応が大きかったのは雛であった。
もちろんそれはにとりに対しての反応であって、
ほぼ頭だけの颯花は完全に無視られていた。
「にとり……貴女なんでそんな状態に…!」
「こういう時はそうじゃないだろ?
ほらほら、昔みたいにあれを言ってくれよ?」
今にも泣き出しそうな顔で見つめている雛に、
その反応は違うだろと教えるようににとりは言った。
彼女が聞きたかったのは心配の声ではなかった。
昔と同じようなやりとりをまたしあいたいと、
にとりは彼女に会ってからそう思っていた。
雛は左手で涙を拭い、右手をにとりへ差し出す。
それににとりは答えるようにその手を握った。
「もう…。…おかえり、にとり」
「ふふっ。ただいま、雛」