自己犠牲
異常なほどの歯ぎしりの音を大きく鳴らしつつ、
スカーレットに戸惑いの混ざったような殺気を放つ。
この後に及んで未だ彼女は姿に躊躇いを感じていた。
その事で自身がこれ程まで咲夜という存在に、
感情等のあらゆる部分が束縛されていたのかと、
今のこの現状から改めて実感している。
「何もしないのなら…してもいいのね?」
「ふざけんな…!ギ…そんな訳ないだろ…クソッ!」
弱っているにとりを慈悲なく頬を殴り続け始めた。
勿論それを止めさせる事さえ出来るはずもない。
痛々しく血は流れ続け時と共に死へと近付いていく。
私やこいつの身体と違って彼女は生身の身体であり、
大怪我で出血し続ければ死ぬのは生物にとって、
当たり前の事であった。それは逆にこいつや私が、
生物であれば有り得ない存在と決め付けられる。
やっぱり私はただの化物、こいつと同じく、
何かを一方的に壊す事しか出来ない存在だと。
大切な何かを生み出せる、見つけられるのは、
純粋でか弱く信念のある人間でなければできない。
私みたいな単純に壊す事しか答えを見つけられない、
世界にとって無駄な存在、化け物や鬼には不可能。
それが、例えどんな事であろうとも。
「やめろ…これ以上私のせいで苦しませるな…!」
「そうよ、全部あなたが悪いのよ。
あなたみたいな存在が、どれほど害悪だったか…!」
「…」
前にも言われたような責任の押しつけの言葉。
それは相手の身勝手でありながら間違いではない、
当然の事を颯花に改めて話されただけの言葉。
そうして同じように彼女もいつもの反応を示す。
その言葉は偽り無い正答なのだと思っているから。
「害悪…?そんな程度のものじゃないわ…」
「否定しないのね、自覚がある事は褒めてあげる」
「そんなもの…言われる前から分かっていたわ…!
だからってもう後戻りなんか出来ないの…!
私が今出来る事は前に向いてひたすら進むだけ…」
「それで、どれだけの相手を不幸にしてきたの?
無自覚なあなたがそんな事を言える資格はない…!」
スカーレットは殴り続けた拳を突然止めた。
彼女とにとりや周囲を鮮血で深紅に染め上がり、
その拳に付いた血を舐め、身体に取り入れている。
もう食事も不要となった彼女の今では不要な、
吸血鬼特有の吸血をわざわざ見せつける為だけの、
目の前の相手を弄ぶ為だけの行動だった。
それに彼女が思ったような反応を颯花は示した。
ただ単純に、怒りや憎しみの感情を放っていた。
「でも、あなたは大事なものを持っていない。
それは手に入れる何かの為に、何かを失う覚悟よ」
「ッ…!」
「まだ分からないなら…教えて上げる…!」
そして怒り狂った颯花の目の前で躊躇いすら無く、
出血した肩に噛み付き勢い良く引きちぎった。
そこからまるで雨のように噴き出した彼女の血を、
まるで恵みの雨のように全身で受け止めている。
爽快そうな表情でその行動が間違っていないと、
言い放つような、ゴミを見るような目で見つめる。
その彼女の行動が、颯花を吹っ切らさせた。
「なあ咲夜…ギ……こんな事を見せられてよ…!
頭に来ない奴は居るはずがないだろッ……!!!
無様に躊躇って遅くなったがやっと理解したッ…!
こんな事すら迷うほどの…こんな馬鹿野郎が…!
コイツは絶対に殺した方がいい奴って事をなぁ!」
「良いわね……その顔…凄くいいわ……!
もっともっと…苦しませてあげるから……!」
頭の中で何かが弾けたような感覚に襲われ、
そして颯花の頭部が徐々に真っ赤に燃え始めた。
炎はすぐに義体と共に全身を燃やし始める。
自分を燃料にするという文字通りの自己犠牲で、
それは義体に搭載されていた機能ではない。
まるで誰かが自分に可能性を託してくれたようで、
普通なら有り得ない、偶然に起きた出来事だった。
感覚が麻痺しているだけなのかもしれなかったが、
全身が燃えているのにも関わらず熱くはなく、
むしろ誰かが暖かく包んでくれているようだった。
「今咲夜、お前が一番殺したいのは私だろうな…!
余計な事をされて…周りに多大な被害をさせて…
でもこのままじゃ収まりが付かないんだ…!
自分ができる精一杯の事を全てやり遂げてッ!
笑いながらお前に殺されてやっと私は終われるッ!
こんな腐りきった殺し合いは私から始まって!
そして……最後の終止符は私で完結するッ…!」
「あなたはただ自分の理想郷が作りたいだけ!
そんな傲慢なあなたが成せる代物じゃないわよ!」
動き始めた義体は颯花の意志で前へ進み出す。
一歩一歩瓦礫の大地を踏み締め相手へ迫っていく。
まるで故障していたのが嘘のように復活し、
失った左腕を除く殆どが正常に機能し始めていた。
スカーレットは颯花の行動に対応するかのように、
にとりを横へ投げ捨て自身も進み出す。
その行動で怒りは更に増し、颯花の殺気は増大する。
少々冷静さを失っているものの、勘は鈍らない。
今の彼女は目を瞑っても相手の攻撃を回避できる。
それほどまでの自信も怒りと共に湧いてくる。
「(にとり……すぐに終わらせる。
雛との関係を…あのままで終わらさせないから…)」
「逃げずに向かって来るとはいい度胸ね」
「やる事には気が済むまでやる派なんでね…
今の私の気が済む時は…お前を殺した時だ…!」
互いの距離はほぼ至近距離、攻撃は動かずとも、
移動しなくとも殴り蹴りは当たる距離だ。
そんな距離であればスカーレットの攻撃速度は、
0.1秒も掛からずに颯花へ直撃するだろう。
そしてその僅か0.1秒で、彼女は颯花を攻撃した。
しかし、腕は真っ直ぐ颯花へ伸びている筈なのに、
身体へ当たった感じが全くしなかった。
恐る恐る腕を引っ込め、自身の目で確かめた。
腕はそこから無くなっていた、斬られたのでは無く、
まるで削り取られるようにその部分が失っていて、
同時に自身の心臓周辺に巨大な穴が空いていた。
肺も一緒に削り取られ、うまく言葉を話せない。
彼女は焦りと困惑で膝をつき全く動けなくなった。
そんな彼女を颯花は上からゴミを見る目で見下ろす。
「か……かはッ…一体何が起きたっていうの…!?」
「テメーの場合なら傷は何秒で治る?5秒か?
起き上がったら…もう一度死を味合わせてやる」
「…調子に……乗るなよ…お前…!」